レジで会計を済ませ、財布を鞄にしまう。そしてスーパーを出て二人そろって歩きながら、リナは考える──にこにこと何やら嬉しそうに笑いながら隣を歩く、ガウリイのことを。
大学でガウリイに会いたいと思ったら、刹那にその願いは叶った。こういったことがあまりにも頻繁にありすぎてまともな感覚が麻痺してしまいそうだった。
でも、偶然にしては多すぎる。
普通じゃない、明らかに異常だ。
──あんたは、何者?
見上げた横顔はのほほんとしていた。
リナの視線に気付くとガウリイは微笑みを返し、頭をくしゃりと撫ぜてきた。
「どーした、リナ」
「なんでもないっ」
身元正体不明の男に頭を撫でられて、なぜ自分はこうも安心感を得るのだろうか。リナはぷいっと顔をそらして歩調を速め、ずかずかと歩き進む。
「オレを見てなかったか?」
「見てないっ。いい天気だなーって空見てたのよ!」
そっぽを向いて歩いていれば、ショーウィンドウに映るガウリイの姿が目に入った。彼は不思議そうな表情を浮かべ、リナの機嫌を伺うように後をついてくる。スーパーの買い物袋を提げたそんな情けない構図ながら、彼は傍目にもかっこよかった。
鏡は正体を映すというが、ガラスにもその役目は期待できるものかしら、とリナはふと考えた。それからまじまじとショーウィンドウに映る彼を見てみたものの、いつもと何も変わりはしない。むしろ、ガウリイと一緒に映っている自分の身長の低さだとか、洒落っ気のない服装が目について嫌な気分になってきた。
鏡は現実を映す。
ガウリイと出逢ったあの日以来、背伸びすることをやめたのだが──自分がもうちょっと大人っぽかったら、綺麗だったら、ガウリイと釣合いが取れて見えるだろうか、と彼の正体についてはそっちのけでとりとめのないことを考え始める。
リナはショーウィンドウから視線を外すと、自分の靴先を見下ろして溜息を洩らした。と、そのときガウリイの手がするりとリナの手を握り締めてきた。
「──ガウリイ!?」
目を白黒させたリナが咄嗟に手を引き、それを逃すまいとガウリイが強く握ってくる。
「こうしてないと迷子になるだろ?」
「だ、誰がよっ!?」
「オレが」
ぬけぬけと言ってのけるが、極上の笑みで見詰められては返す言葉がない。
「だからこうしててくれ。な?」
「……しょ、しょうがないわねっ」
ぬくもりが温か過ぎる。てのひらの汗を気にしてぎこちなく手を動かしていると、ガウリイはさらに踏み込んで指を絡めてきた。調子にのるんじゃないわよ、と繋いだままの指先で手の甲を引っ掻くと、彼の指がおどけるようにばたばたと動いた。
言葉も無く続くざれあいが、楽しい。
手で会話をしているようだ。
商店街もとっくに過ぎ、家近くの公園に差し掛かる。ふわふらと心地良い風が頬を撫で、柔らかい日差しが温かい。そして日差しよりも、繋いだ手のほうが温かい。
繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら歩くリナの歩調は、次第に緩くなっていく。ガウリイも何も言わずゆっくりとリナに合わせていた。
ずっと、こうしていたい。このまま家に帰りついてしまうのが、なんだかもったいない。
──こうやって一緒にいられる時間がいつまでも続けばいいのに。
ガウリイを振り仰ぐ。
「リナ」
繋いだ手を微かに引っ張り、ガウリイが身を屈めてくる。持っていたスーパーの袋をがさりと鳴らして、リナの頤にそっと手が添えられる。
何でもないように目を閉じると、必然とガウリイの唇が重ねられた。
呼吸のように自然でいて特別な瞬間。
どうして言わなくてもあたしのして欲しいことがわかるの──問いながら、リナは重ねられる熱にうっとりと酔いしれた。
■ ■ ■
家に帰ってからも、リナが「キスして」と心の中で願うたびにガウリイはおもむろに顔を寄せてきた。玄関で、台所で、寝室で──ガウリイの存在を確かめるようにリナは何度も繰り返す。あまりにも自分の思い通りになるので、まるで夢でも見ているようでかえって不安だった。だから、捕らえるように彼に縋りつく。
そして、そんな自分を抱きしめて無償に嬉しそうにしているガウリイを見ていると、憎たらしくさえなってきたのだった。
彼の頬を指でなぞり──ぐに、と横に引っ張る。
「い、いでで! 何するんだ!」
「じっとしてなさい」
こんな、いー顔してしらばっくれて。
あたしの気持ち、全部わかってるんでしょう?
片方ではあきたらず、ガウリイの両の頬をうにうにと引っ張ってみたが特に何も起こらなかった。頬から手を離してじーっと相貌を見ていれば逆に見つめ返してくるので、リナは顔を赤くした。
「かわいいよなあリナは」
「うっさいわね!」
口を尖らせて、リナはガウリイのシャツに手を伸ばす。
ぷちぷちとボタンを外していくと息づく皮膚が次第に現れる。
「……大胆だな」
「──! だって、だって確かめたいのよ!」
ガウリイの素肌にぺたりと手を当てれば、その鼓動を直に感じることができた。リナの髪を撫でていた手が、背中からぐっと引き寄せてきて腕の中に閉じ込められる。赤く染まったリナの耳に、ガウリイが囁いてくる。
「なあリナ、オレをどこまで知りたい?」
「……全部」
ぴたりとくっついた体、服を通してガウリイと自分の鼓動が早まるのを感じた。
「あんまり知りすぎたら……引き返せなくなるぞ」
優しい声色で、脅すような誘惑をしてくる。
そんなこと言いながら、あんたはもう逃がしてくれるつもりはないんでしょう? ──と心の中で問うと、そうだ、と答えるように激しく唇を吸われた。