「ニンニクはたくさん食べさせたし、アメリアからもらったロザリオも試してみた」
「それで……どうなったんですか?」
「剥いたニンニクにね、こう、とろけるチーズを乗せてオーブンで焼くと美味しいのよ……」
「……リナさんもニンニクを食べたんですね」
ニンニク料理に舌鼓を打つ二人の姿が容易に想像できる。アメリアは食料を使った作戦にはやはり無理が、と腕を組んで唸った。
「ガウリイが『これはうまい』ってぱくぱく食べてるんだもん!
あたしだってつられて食べたくなるわよ!」
「どおりで。リナさん、臭うと思いました」
「えっうそっまだ臭いする!?」
「嘘です。
で、ロザリオのほうはどうでしたか?」
「……あんたねぇ……まいいけど……。
ロザリオは、男のくせにやけに似合っていたわ」
「ガウリイさんかっこいいですもんね~!
何を身につけてもサマになっていそうですね!」
「そうなのよね~」
脳裏に美丈夫の微笑む顔が浮かんで、リナは頬に手を当てて息をついた。そこいらのモデルにも負けないカオ、体躯、目立つ長くて綺麗な髪。でも脳味噌はクラゲ並み。
「──って、じゃなくて!
だからその二つとも効かなかったの!」
「ではこの線はナシ、ということで。
良かったですね~リナさん。
教会で結婚式を挙げることができますよ!」
「なんでそういう話になるのよ!?」
「え、『公園で拾ったガウリイさんを好きになったけど普通の人間ではないようだ、今後の二人のためにも正体を知りたいけどどうすればいい?』という相談なんですよね?」
「違うわぁああ! 勝手に脚色するなぁっ!!」
「照れなくてもいいですよリナさん。
好きな人のことをもっと知りたいと思うのは自然なことですから♪」
アメリアはしたり顔に言って腕を組み、「リナさんにも意外に乙女な一面が……」と一人納得している。やはり相談する相手を選ぶべきだったか、とリナは渋面になった。
何か思い出したらしく、アメリアが弾かれたように顔を上げる。
「そういえば、先週の金曜日に何か変わったことはありませんでした?」
「金曜? ……特に何もなかったけど?」
「金曜日は血湧き肉踊る満月だったんです!
あぁ、月光に暴かれるその野蛮な本性~!
本当に何もなかったんですか?
それとも月を見ないようにしてたんですかね?」
「……月も何も意味がないと思う。
だって夜にあいつとコンビニに行ったし、夜空を見て『目玉焼きが食べたい』って言ってたわ」
「……ではその可能性もナシですか」
「そもそもガウリイがモンスターだっていつ決まったのよ!?
というかアンタ真面目に考えてるの!?」
「真面目に考えてるわけないじゃないですかこんな面白いことっ!」
胸を張ってきっぱりと言ってのけるアメリアに疲れ、リナはぱたりと机に突っ伏した。アメリアにおもちゃにされてるのは悔しいが仕方ないだろう。本気になって考えるのもちゃんちゃら可笑しい相談事なのだから。
リナのパーカーのフードをアメリアがくいくいと引っ張って弄り、リナの頭に被せた。
「う~ん、それではですね……ガウリイさんを水に塗らしたり、太陽光線に当ててみたり、夜中に食べ物を与えてみてはどうでしょう? ひょっとしたら凶悪な性格に変貌して増殖するかもしれませんよ!?」
「雨に降られて二人でずぶ濡れになったことあるし。
普通に昼間歩き回ってるし。
夜中にラーメン食べに行ったりするし」
突っ伏しながらリナがぶつぶつと答えた。
そのまま自分でフードを深くかぶり、頭を抱える。
「もいいわ……ありがとアメリア……」
「あ、ガウリイさんにチョコレートをいっぱい食べてもらって鼻血を出させてみては?
血液の色が赤じゃないかもしれません!」
「んな気持ち悪いことがあってたまるかっ!」
がばっと起き上がってフードを脱ぎ、怒鳴ったが、アメリアはそういったリナの反応すら楽しんでいるようだ。
「不死身で、怪我してもすぐ治っちゃうとか!」
「う、うう……確かにどついてもすぐ復活してくるけどさ……」
言って、リナは考え込んだ──そういえば毎日のようにガウリイを容赦なくどついている。それはガウリイの体力と回復力を見越してのことではあるのだが……リナの攻撃に比べれば空き缶がぶつかるなんてたいしたダメージにはならないだろう。どうしてそれで記憶障害になってしまったのか。よほど打ち所が悪かったか、やはりとぼけているだけなのか。
たとえそうだとしても、そうする理由は?
「……どうしてだろう?」
「復活が早い理由ですか?
次回からどついた時に回復するまでの様子をじっと観察してみては?」
「……ゼミ室で何物騒な話をしてるんだ」
「あっ、ゼルガディスさん!」
アメリアは椅子から立ち上がり、いそいそとコーヒーの支度にとりかかる。「ミーティングだったんですか?」とゼルガディスに質問しささやかにスケジュールを聞き出すあたり、好きな人のことをもっと知りたいと思うのはアメリアの心理をもとにしているらしい。
そんな様子にふっと笑んでから、リナは真剣な顔をした。
「──ちょうどよかった。ゼルに頼みがあったのよ」
「頼みだと?
あんたが俺に頼み事とはめずらしいな」
ゼルガディスがいぶかしむ。リナは借りを作りたがらない性格。こうして正面から頼んでくるとはろくでもない内容な気がして、彼は身構えた。
リナが鞄からチャック付きの小さいビニール袋を取り出し、ゼルガディスに手渡す。
「それ、何か入ってるんですか?」
アメリアの位置からは袋の中に何も入ってないように見えた。近づいてよくよく見てみれば、中に糸のようなものが入っている。
「これは……ガウリイの髪の毛か?」
「そうよ。
ゼルの人脈を見込んでのお願い。これをDNA鑑定して欲しいの」
「DNA鑑定だと!?
そんなことしても身元が判明するわけじゃないだろうが」
「あいつの正体を探るのが先なのよ!」
「リナさん……そこまでして確かめたいんですか?」
「やれることはやらないと、あたしの気がすまない」
アメリアの半ば呆れた顔を正面から見、リナはきっぱりと言った。どれだけ馬鹿げたことをしているかは自分も十分にわかっている。
「おいおい、ちょっと待て。
『正体』とか何なんだ一体?」
理解しがたいだしぬけな進展に、さきほどからゼルガディスは困惑していた。胡乱な目で二人を交互に見る彼に、リナが重く口を開く。
「実は……ガウリイと一緒に住んでてわかったんだけど、あいつおかしいの。変なのよ──とても普通じゃない。
だから、その正体を知りたいのあたしは」
「普通じゃないって……確かに行動はすっとぼけたもんだが、どこらへんがそう疑う理由なんだ?」
ゼルガディスにそう問われリナは一瞬言いよどむ。
ゆっくりと一呼吸置いて、話し出した。
「あいつ……まるで心を読んでるみたいにあたしと気が合うのよ!
言わなくてもわかってくれるって、こんなの絶対おかしいわ!
人間じゃないのかもしれない!」
「………………」
ぽかん、とゼルガディスは口を開ける。思わぬ間の抜けた顔を見せる彼にアメリアが「リナさんは本気です!」と耳打ちした。
「ちょっと。ゼル、聞いてんの!?」
「まったく……どんな深刻な話かと思ったら……惚気か?」
「ちっがーう!! 惚気じゃない!
惚気でDNA鑑定をお願いしたりするかっ!」
机を両手で叩いて、きーっと暴れるリナをよしよしとアメリアが宥める。
「気が合うことのどこがおかしい?
そりゃーよかったじゃないかオメデトウ」
「こっちが怖くなるくらい、思い通りにいきすぎなのよっ!
あたしがちょっと『何かが欲しいな~』とか『何かして欲しいな~』と思えば、ガウリイが聞いてもいないのにすぐ望みを叶えてくれるし! しかも、それがあらかじめ決まっていた運命みたいに」
ゼルガディスが額を押さえ、今のリナの言葉を熟考する。
そして、黙り込む彼につられていたアメリアに、神妙な顔で話しかけた。
「なあアメリア……俺には『自分とものすごく気の合う運命の人に出会ってしまった』みたいな惚気に聞こえてしまうんだが、どう思う?」
「きっとガウリイさんとあまりに気が合うんで混乱してるんですよ。リナさんが納得するまで好きなようにさせてあげたほうがいいと私は思いますが……」
「……あんたらなあ!
だーかーらー、惚気じゃないんだってば!
ほんとーにあのタイミングの良さは異常なのよ!」
「でもあんたはそれで困ってるわけじゃないんだよな?
むしろその状態は万々歳だろうが」
「……ちっとも良くないわよ」
目を伏せて溜息をつく。実際にリナと同じ体験でもしないと、このもやもやした気持ちは理解されないようだ。
「今が楽しければそれでいいじゃないか。
調査してガウリイの正体だか身元だか判明したとして、その時、あんたはどうするんだ?」
「……え?」
知った後、を指摘されてリナはきょとんとした。
ガウリイの正体を探ることに夢中で、後のことなんて考えていなかった。そういえば当初は「謝礼金をふんだくる」と息巻いていたが最近はそのこともすっかり忘れていた。
「ガウリイとあんたはせっかく出逢えたってのに、奴は元いた場所に帰ることになるんだろ」
「……そ、そうね……そうなるわね……」
「ゼルガディスさん、事実はいつかわかってしまうことだったら調べるべきだと私は思います。今がいいから放っておく、というのは逃避ですよ!
リナさんガウリイさんがどうするかということは、わかった後で相談すればいいことじゃないですか」
それもそうだな、とゼルガディスはアメリアに同意してみせた。
「俺は調査しようがしまいがかまわん。
だがそれでいいのかとあんたに聞きたかったのさ。
DNA鑑定したって何もわからないかもしれないがな」
「……調べてみて。知らないままじゃいられない」
不思議な出来事ばかり起きるなかで自分の探究心を抑えておけるわけもなく。それでこうしてゼルガディスに頼んだものの、正体を知った後どうなるかということを考えてリナは塞ぎ込んだ。今の生活に浸りすぎて、ガウリイのいない生活を想像するのが難しい。
朝起きても一人、という生活に戻るだけだ。
とすると、目覚めのあの温かいコーヒーはなくなるのか。
寝ていると髪を梳いてくる、あの優しい手も?
ほんの短い期間だというのに、数え上げればきりがない思い出にリナは胸を突かれた。ガウリイがいなくなるなんて考えられない。もっと一緒にいたい。ずっと側にいて欲しい。
──今すぐ、会いたい。
その時ゼミ室のドアがどばん!と勢いよく開かれた。
「リナー! あ、やっぱりいた」
「――ガウリイっ!!?」
「もう授業は終わったんだろ? 迎えに来た」
「え、あ、ちょっと……!」
ガウリイに肩を押され、リナは慌てて自分の鞄を持つ。ゼルガディスとアメリアはことの成り行きに呆気にとられながら二人を見送る──
「リナ、今日の夕飯はパスタにしないか?」
「うあ、あ、それはスーパーで決め……あっ! ゼル、あの件よろしくっ」
ばたん、とドアが閉められ、慌しく去っていく二人の喧騒が遠ざかる。そして何事もなかったかのようにゼミ室に訪れる静寂に、ゼルガディスはあの連中は台風のようだと思った。
「実際、何者なんでしょうねえガウリイさん」
「あのリナとやっていけるんだ。只者じゃないことだけは確かさ」
ゼルガディスは机に置かれているビニール袋を見て、あたってみるかと呟いた。リナに貸しを作っておくのも悪くない。