Remember my love. 5







あたしの斜め後ろからぴったりついて歩くのは、どうやらガウリイさんの癖らしい。
ちゃんとついてきてるのかと振り返ると彼は物珍しげに周囲を見回していた。立ち並ぶビル群や、絶えなく続く人と車の波に驚きつつもあたしたちから離れないようにしている。

「すごい都市だなー」

「そうね、ここらでは一番の市街地だから」

へえと呟きながら真上を向くようにビルを見上げる。
スモッグがかった空よりも、ガウリイさんの瞳のほうがはるかに青い気がした。
大勢の人ごみの中でも彼はとにかくよく目立つ。いやむしろ人ごみの中だから余計に目立ってるんじゃないだろうか。金髪長身という人目をひく容姿が一番ではあるが……なんというか、その……彼の……適当なロゴの書かれた適当なTシャツ、フリーサイズの半パン、そして草履という『だらしのない大学生』以下の服装も一因だろう……。

「さて、ガウリイさんにはどんな服が似合うかしらね〜」

「おばあちゃん……ここまで来なくても近所の商店街で買えばよかったんじゃ?」

「何言ってるの葉月!
 ガウリイさんこんなにかっこいいのに、垢抜けない服やウチの人のつんつるてんの浴衣ばっかり着せるのはもったいないわ!」

あ、ああ……おばあちゃんすごく張り切ってる。
そういえば一年前、あたしがここに慣れてきた頃にもこうしてデパートに連れてこられ、着せ替え人形よろしく試着させられて服をたくさん買ってもらったっけ。
……確かそれに、まるまる一日かかったような……。

……可哀相にガウリイさん。
同情を禁じ得ないが、あたしも今日一日それに付き合わされるのか……なんだかデパートに到着する前からげんなりしてきた……。

「ガウリイさんはどんな服がお好み?」

おばあちゃんが問いかけるが、彼はまだぼけーっと田舎者の鑑のように辺りを見ている。

「ねえちょっと、聞いてる?」

「え? ああ、聞いてなかった」

「……あのねえ……」

あたしがはあぁと溜息をつくと、すまんと彼は謝った。
いつものように呆れるあたしといつものように謝る彼。
これにも既視感を感じて、ちょっと笑ってしまった。彼も自然な笑みを浮かべる。
……昨日おばあちゃんに励まされてから、あたしはガウリイさんとプレッシャーなく話しができるほど気持ちが楽になってるみたいだ。

「……でかい建物が多くてさ、すごいなって見てたんだ。まるで城みたいだよな」

「あたしたちがいた世界の城と似てるの?」

「いや、規模や形は全然違うけど、頑丈で壊れなさそうな所とか」

「ふうん……」

彼が見渡していた辺りをあたしも眺めてみた。
見慣れてしまった風景だけど……確かに、高く細長い箱のようなビルが所狭しと並ぶ様は、見たことがない人からすると異様な光景に映るかもしれない。

「なんでこんなまっすぐに高く立ってられるんだ?
 倒れてこないか不思議だよなあ。
 それにガラスがむちゃくちゃたくさん使われてるぞ!」

「ガラスがそんなにめずらしいの?」

「めずらしいも何も……お前さんも向こうでかなり盛り上がってたぞ。ガラスに」

……ガラスで盛り上がるって一体……。
ま、まあとにかく建築技術やその話からすると、向こうの世界はこちらよりも文明がいささか遅れているようだ。

「でもこんだけの建物を作れても治癒とかは無いんだよな。
 便利なのか不便なのかわからん、変な世界だ」

「『治癒』? なにそれ」

「怪我を治す魔法。リナがよく使ってた」

「魔法……ねえ。
 それがいまいちよくわからないのよね」

「葉月〜、信号が変わるわよ」

前からおばあちゃんの声がかかる。
あたしたちは慌てて小走りしながら横断歩道を渡る。
ガウリイさんは自分の持つ風呂敷に包んだ細長い荷物が通行人とすれ違いざまにぶつからないよう、器用に持ち替えた。

「……さっきから気になってたんだけど、それ、おばあちゃんの荷物を持たされてるの?」

「あ、これか。これはオレの剣だ」

「剣ですってえ!」

大声で叫んでしまってから、はっと口を閉じる……が、この喧騒の中ではあたしの言葉に気を留める通行人はいなかったようだ。よ、よかった……。

「弥生さんがこれで包んで隠しなさい、って」

弥生さんというのはおばあちゃんの名前である。
ガウリイさんもあたしに倣って「おばあちゃん」と呼ぼうとしたのだが、おばあちゃんは露骨に嫌な顔をして「あなたのおばあちゃんにはなってないのよ」と彼には名前で呼ばせるようにしていた。なんでも男性からはいくつになっても名前で呼ばれたいのだそうだ。
……名前についてはさておき。
ガウリイさんの剣……それって銃刀法をかなーり違反してるんじゃないの?

「私も止めたんだけどね、どうしても置いて行けないって言うから」

「あ、あのねえガウリイさん!
 向こうではどうだったか知らないけど、剣なんてこの世界じゃ必要ない物なのよ!」

「えー……でもリナと見つけた大事な剣だし」

「……いくら大事だからって!
 ここで何を斬るっていうのよ!?」

「何をって……これ、斬れ味がかなりいいから何でも斬れるぞ〜」

「そういう問題じゃなくってね……」

「魔族だって、斬れる」

「だーかーら、根本的に……って、魔族?」

魔族――魔物とか怪物みたいなもののことを言ってるのかしら?
だとしたら、なおさらここでは必要ない物じゃないの。
『リナ』とガウリイさんが一緒に見つけた大事な剣、だとしても……。

「ここには、あなたの言う魔族なんてものはいないわ……。
 伝説とか御伽噺にはそれっぽいのもあるけれど、実在しないのよ」

「そんなことないぞ」

……え?
彼の目がうっすらと細まった。
初めて見るその鋭い表情――日常的な戦いに身を置く者の見せる、顔。

「ここに来てからも、時々見られている気がする」











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