Remember my love. 4「うーん、こういうの説明するのはいつもリナの役目だったんだ」 申し訳なさそうに彼が言う。確かに彼の説明はとびとびで進んだかとおもったら急にさかのぼったり、ついていくのが大変だ。内容がまとまらないし要領を得ない。 あたし……じゃなくて、『リナ』が説明役だったというのも頷ける。彼には向いてない。 「つまり、葉月がその世界にもういないことが半年以上わからなくて、無駄に探していたってことなのね」 おばあちゃんが話の前半をまとめて言うと彼は神妙な顔で頷いた。 ある日唐突に『リナ』はいなくなったらしい。『リナ』を探して心当たりを手当たり次第に巡ったが、どこにも彼女が訪れた痕跡がなかったそうだ。 ……その痕跡がないというのがよくわからないんだけど、『リナ』のいるところにはよく騒動が起こったらしく「ちょっと探れば、リナがその街に立ち寄ったかどうかがすぐにわかる」とガウリイさんは言った。どんな行動をしていたってのよ、彼女は!? 「アメリアや魔道士協会にも頼って大掛かりに捜索したんだが、なんにも手がかりが掴めなかった」 「……それなのに、ルナさんとかいう人はあたしが異世界にいるってわかってたの?」 「あの人は特別だからなあ」 肩を竦めて萎縮するようなリアクションをする。無理に着せた作務衣がひきつれて、彼には小さすぎることをまた思い出させた。 「ルナさんはオレがゼフィーリアに来ることさえわかってたようだし。 ……そしてオレに『リナはこの世界から消失した』って教えてくれたんだ」 「消失……」 「死んだ、って意味かと思って最初動揺した」 一瞬暗く揺れる瞳の光が、彼の苦悩を如実に示す――何の手がかりもなく『リナ』を探しながら、彼はその可能性だけは考えないようにしていたのだろう。 いない人をずっと探しているだなんて、悲しすぎるから。 「でも『ちゃんと生きてるから連れて帰って来い』って励ましてくれた」 「あたしの姉さん、かあ……」 あたしにも家族や帰る家がちゃんとあるんだ。 今まで知らなかった自分の過去が、少しずつ明らかになっていく。 待っててくれる家族があることは嬉しいけれど、あたしが何も覚えてない状況じゃ家族もがっかりするかもなあ。あ、記憶がないと戻れないから家族にも会えないのか……どんな人たちなんだろう? 「その、『リナ』の家族は……やっぱり心配してた?」 「心配……してるんだろうな。あの態度。 ――お前さんが無事なことをなによりも信じてるって言ってた」 うわ、家族らしい言葉……じんわりと心が温かくなる。 「あと……そのだなあ、ルナさんが帰ってきたらまず実家に来なさい、って言ってたぞ」 「うん、そうね。あちらに帰ることになったら真っ先に顔を見せなきゃなんないでしょうね」 「怖くないのか?」 「……怖い人なの?」 「いや……思い出せばわかるさ」 首を傾げるあたしに彼はこわばった笑みを浮かべる。どことなく顔色も青ざめているが……そのルナさんは彼や『リナ』がおびえるほど怖い人なのだろうか。 「とにかく――ルナさんに会ったことでだいぶ進展した」 ルナさんは彼へ『リナ』を見つけるためのアドバイスをいろいろとくれたそうだ。 最大のポイントは、『リナ』が消えた街周辺をもっと詳しく調べてみるということ。 それから彼がこちら側に来るまでの経緯を要約すれば、こうなる。 最初にリナが消えた街で……詳しく聞き込みをしてみれば、そこからさほど離れてない所に相当古い地下遺跡があることがわかった。 彼が地下遺跡の道なき道を進み、巣くう怪物を倒しながら最下層に辿りつくと、大昔の魔道士が使っていたらしい古代の研究室があり、そこにはまだ真新しい魔方陣――それこそ『リナ』が空間を渡るために使ったもの――を発見した。 「誰かが作った魔方陣をリナが利用したのか、それとも前もって研究して自分で準備していたのかはわからない。もしあらかじめリナがそれを準備していたのだったら……だいぶ前から計画してたことになる」 「葉月とあなたはずっと一緒に旅をしていたんでしょう? 何か不審な行動に気付かなかったの?」 「確かにあの頃のリナ……いつもと少し違ってた。 でもまさかオレに黙ってどっかへ消えるなんて思わなかったんだ」 がくりとうなだれる。続いて金髪が幾房か流れ落ちた。……昨日洗っただけでここまでさらさらになるとはずいぶん羨ましい髪質だわ。 なんにしても、自称保護者は『リナ』の行動が読めなかったってわけね。 どういった状況であたしは異世界に来ることになったのかしら? 事件・事故・過失? それとも彼にも理解できないオトメゴコロの問題とか? う〜ん、事実は『リナ』のみぞ知る……。 ああ、それから――ガウリイさんが魔法陣を発見してからがまた大変だったらしい。 解読をしようにも内容が複雑すぎて、魔道士協会のお偉いさんの力を借りても解法が見つからなかった。そこでふたたび登場するのがルナさん……この人大活躍ね。 知識、魔力ともに屈指の魔道士である『リナ』の使ったと思われる魔法陣には、大勢の研究者がお手上げだったとか。そうね、あたし元から学問は嫌いじゃなかったもの。その魔法陣もルナさんの助言で少しずつ解読され、判明した内容をもとにガウリイさんがこちらに渡ってきたのが一ヶ月前――。 「……思ったんだけど、ルナさんがそんなにすごい人なら、その人が直接あたしを探しに来たほうがずっと早かったんじゃないの?」 ガウリイさんは、ゆっくりと首を横に振る。 「オレ以外の誰かがリナを探しにここに来るなんて、最初から考えてなかったし、ありえない選択だ」 きっぱりと断言されて、あたしの胸がまた勝手に高鳴り出す……。 この、既視感。 彼の無茶な行動に叱りつけたいような、それでいて……泣き出しそうなほど嬉しくなる。 間違いなくこれは『リナ』の感情。 彼女も、彼が好きなんだ。記憶を無くしても気持ちが抑えられないほど。 ■ ■ ■ 夜、こつこつと穏やかなノックをし、あたしの部屋を訪れたのはおばあちゃんだった。 「葉月、まだ起きていた?」 「うん」 「驚いたわ! ガウリイさんドアの横に座り込んでるのよ」 「昨夜もそうしてたみたい。 やめてって言ってるのに……」 ドアの向こうにガウリイさんがいることがわかっていたら眠りにくい……。 彼の部屋で寝てもらうようお願いしたが、がんとして聞き入れなかった。 彼もあたしも寝不足になるだけじゃないの、まったくもう! ふてくされているとおばあちゃんが口に手をあて、ほほほと笑った。 「まるで番犬――彼、本当に犬みたいね」 「しっ、おばあちゃん。ガウリイさんに聞こえちゃうわよ」 「あらそう?」 おばあちゃんはくすりと忍び笑いを漏らす。あたしもつられて、吹き出してしまった。 そして二人してひとしきり笑った後、おばあちゃんはベッドに腰掛けてぽんぽんと隣を叩きあたしに座るよう勧める。きしっと軽い音を立てて隣に座ると、あたしを見ながらおばあちゃんが感慨深げに言った。 「葉月の季節にあなたが現れて、そしてまた一年後にガウリイさんがやって来るなんてね」 「おばあちゃん……あたし、記憶戻るかな」 「さあ、どうかしら。思い出せるといいわね」 「もしあたしが『リナ』だったことを思い出したら、今のあたしはどこに行っちゃうんだろう? この一年おばあちゃんと一緒にいた『葉月』は『リナ』じゃない別人なのよ? あたし、どうなるんだろう……『葉月』は消えちゃうの?」 ゼロから始まったあたしの――『葉月』の記憶の底には、『リナ』がいる。 無意識のうちの行動や彼への好意も『リナ』がベースなのだ。 『リナ』の記憶が戻れば、たった一年間が全てであるあたしがちっぽけすぎて、かき消されてしまいそうで……怖かった。 「怯えているの? そんなに悩まなくてもきっと大丈夫よ、あなたが消えるわけじゃないわ。 『リナ』とあなたは同じ。知らなかった自分を見つけるだけと思えばいいじゃない」 「あたしの記憶が戻ってもいいの? 『リナ』だっていうことを思い出したら、あたしは帰らなくちゃいけない。 おばあちゃんと離れ離れになるよ……!」 「そうなるでしょうね」 「おばあちゃんはそれでもいいの?」 「もちろん、嫌だけど……葉月がこのままあやふやな状態でいるよりも記憶が戻ったほうがいいと今は思ってる」 あたしはガウリイさんが来るまでは、記憶のない自分がアイデンティティーに欠けているようで、哀れで、可哀相だと思っていた……でも「記憶のない」ことがあたし自身のアイデンティティーになっていたんだ。それを覆すように現れたガウリイさんと奥底に眠る『リナ』に、あたしは押しつぶされそうで……。 ――おばちゃんがうっすらと寂しさの混じる笑みを浮かべる。 「恐れないで、葉月。 あなたの思い出す過去には楽しいことがきっといっぱいあるわ。 ガウリイさんを見てて安心したのよ、私。あなたをまかせても大丈夫だって。 中には辛い思い出もあるかもしれないけれど、ガウリイさんが支えてくれるわ」 おばあちゃんがあたしの肩に手をまわし、そっと抱きしめてくれた。 そのまま力を抜いておばあちゃんにもたれ掛かる。 「あせらないでもいいから……まずは彼を信じてあげなさい」 穏やかな声が、体を伝って直接響く。 ここに来たばかりの頃を、ふと思い出した。記憶もなく言葉も通じず、途方にくれていたあたしをおばあちゃんはよくこうして抱きしめてくれたのだ。 「おばあちゃんの胸ってふかふかしててあったかくていいね……前にこうしてくれた時は言葉が通じなかったけど、あたし『ありがとう』って言いたかったんだ」 「そう……」 ――これ以上臆病になるのはよそう。逃げてばかりじゃ、らしくない。 何もなかったあの頃でもあたしは前進しようとしてた。 あたしと『リナ』はまだイコールで繋げられないけど……少し、信じてみよう。
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