可変のモノ 3「生息場所を探して何日も森を歩き回ってやっと『彼』と会って、あそこまで打ち解けるようになるの、すっごい大変だったんだから!」 街へと戻りながらリナは今までの苦労をガウリイに語っていた。 森で食べ損ねた昼食を二人でつまみながら歩く。 「でもなんでまたオレには黙ってたんだ? 隠す必要ないだろ」 「あんたに言えば絶対ついてきちゃうじゃない。 これはあたし一人でないとできないことなの」 騙していたことを多少は悪いと思っているのか、リナはもごもごとしながら理由をいくつか並べ立てた。 ユニコーンの調査――魔道士協会の依頼で受けた仕事のため、リナは一人で森に通いつめていたのだった。ユニコーンだけではなく、彼の生息するこの森全体の調査も依頼内容には含められている。森の主である彼の信頼と知識を得るため、リナは時間をかけて取り組んでいたらしい。 「ユニコーンはただの馬じゃないわ。どちらかというと精霊に近い存在で知能は高いし人語も操る。でもすっごい男嫌いでね、かわいく〜ってやさし〜女の子としか話をしないの!」 「ただのスケベ馬じゃねーか」 「スケベって言わないでよ!」 「それにかわいくってやさしいって……お前さん、馬を騙くらかしてるのか」 「……どういう意味。 ともかく! あたしはまだグローバと話をしなきゃなんないの。 明日、会ってくれたら謝らなくちゃ……あんたはもうついてきちゃダメ!!」 「ついてくぐらいいーじゃないか。オレ暇なんだし。 ……邪魔しないから」 言いながらなんだか情けなくなる。しかしリナは首を縦に振らなかった。 「だめったらだめ。あんだけ威嚇されたのにのこのこ姿を現したら、また怒っちゃう。 ユニコーンは誇り高い生き物なんだから」 誇り高い生き物が女の頬にすりすりして喜ぶのかよ、とガウリイは仏頂面になった。 あん畜生が、とまさに馬相手にふさわしい悪態を頭の中で呟く。 「いーい? 絶対ついてきちゃだめ。あんたは街で待ってるのよ」 「……わかったよ」 依頼の秘密はわかったものの、退屈な時間は変わらない。 あれからリナは無事に『馬』(ガウリイはあえてそう呼んでいる)と和解したようで、足しげく森に通う日々は続いている。そろそろこの街に滞在して一ヶ月近くにもなるだろうか。ガウリイは以前と変わらず街をぷらぷらとほっつき歩き、彼女が一日の報告に協会に帰ってくるまで時間を無為につぶすしかないのだった。 「ったく、馬とそんなに打ち解けてどーするってんだ。旅についてきてくれるわけじゃないだろうし……」 何よりもリナにべたべたしてくるあの態度が気に入らない。馬とはいえ! 一人、市場をぶらつきながらガウリイはリナがあの馬を誉めそやすのを思い出しては渋面を作った。早いところ切り上げて欲しいところなのに、滅多に接触できないというユニコーンを調査できるとあってすぐには終わりそうにない。 「あーあ。せめて側にいれたら」 女装でもしてついてってやろうか、とやけくそな気持ちさえ湧き起こる。 なじみの果物屋に通りかかり、ガウリイは店先に積まれた林檎を一つ取っておばちゃんにお金を払った。林檎を袖でぎゅっと拭き、そのまま噛り付く。 「……あんたはいつも暇そうだねえ」 「ん〜、連れの仕事が、なかなか終わらなくてさ」 「連れってあの女の子かい? で、あんたは待ちぼうけ? そりゃ難儀なことだね」 「そうだ、なあ、おばちゃんはユニコーンっての知ってるか?」 「知ってるもなにも。この街の旗にも描かれてるじゃないか。ほら」 おばちゃんの指さすほうを振り向く。 街のところどころにかかる旗の紋章には、よく見ると意匠されたユニコーンがいる。 「ぜんぜん気付かなかった……」 「ここらの森の守り神って言われてるんだよ。 滅多に人前に現れないらしいけど、そもそも本当にいるのかね〜?」 「そんな伝説みたいなもんなのか?」 「そらそうよ! それにユニコーンは角から血の一滴までなんにでも効く万能の妙薬だっていうし、その神々しい姿を見るだけで寿命が延びる、ってうちのじいちゃんも言ってたよ」 「へえ、姿を見るだけで……」 うさんくささにガウリイは苦笑する。実際この目で見たが、神々しいどころかリナの隣ででれでれしていただけのただの馬ではないか。それに寿命は延びるどころか、自分は角で突き殺されかけた。『万能の妙薬』というあたりでひっかかるがリナの様子はユニコーンを獲物としてみているふうではなかったので、ユニコーンのそういった噂は今回の調査に関係ないのだろうとガウリイは考えた。第一、こういった民間の噂はデマであることが多い。 「いっぺんくらい、姿を拝んでみたかったけどね〜」 おばちゃんが惜しそうに言う。 「女だったら会えないこともないんだろ?」 「ま! やっだ〜! あたしは4人の子持ちだよ!」 「?」 意味がわからずきょとんとするガウリイにおばちゃんは大きく笑うと背中をばしばしと叩いてきた。むせて、飲み込むところだった林檎が喉にかかりそうになる。 「ユニコーンに会えるのはね、女は女でも穢れのない処女だけなんだよ! 有名な話だけど知らないのかい?」 「へ……」 ガウリイの手から、歯型のついた林檎がぽろりと地面に落ちた。 それを見たおばちゃんが「おやもったいない」と林檎を拾い、水で土を洗い流してくれる。林檎を渡そうとガウリイを振り向くと、彼はどこか感慨深げに遠くを見ながらぶつぶつと呟いていた。 「そうか……やっぱりそうか。そりゃそうだよな、うん。 15の頃からずっとオレがいっしょだもんな」 当然のように思ってはいたことだったが、思わぬ形で裏が取れてしまった。 彼女が未だ誰のものにもなったことがないという事実にガウリイは顔が緩みそうになる。いや、実際ににやにやしてしまっていたかもしれない。 「それってこの街だけじゃなくて、どこでも言われてることなのか?」 「そりゃそうだろうよ。絵にだって必ず乙女とユニコーンはセットで描かれてるもんだし」 「知らなかった……」 世の中はガウリイの知らないことだらけである。 ガウリイはふと、それが一般的によく知られていることならば、リナが依頼の内容を隠していたのはそういった事実を自分に知られてしまうのが照れくさかったからではないかと思い至った。恥ずかしがりやのリナならば、ありえなくない。 「それがどうかしたかい?」 「いや、なんでもない。 しかしそのユニコーンって……変わってるな」 「純潔の少女だけに懐く性分らしいよ。神聖な生き物だからね」 『純潔の少女』――リナにはおおよそふさわしくない響きにガウリイは苦笑した。彼女にはもっと豪快で、聞くだけで盗賊どもがガタガタと震え上がるような呼称が似合う。 ユニコーンの性質を知って驚いたが、よくよく考えてみれば、知識は多岐に渡り豊富で好奇心旺盛、それでいてユニコーンに会うことのできる条件を満たしている人間といえばリナほどこの依頼に適任な人間もいないのだろう。本人も知識欲を満たすために乗り気だし、魔道士協会の選定は間違ってなかったというわけだ。 市場を抜けて待ち合わせの協会に出向く。 目的の場所が見えてきたところで、ガウリイは遠目にリナの姿に気付いた。いつもより帰りが早い。花壇のふちに座り込んでいるリナはガウリイを見つけて小さく手を振った。 「どうした、リナ。早いじゃないか」 「ん、ちょっと、ね」 「……顔色悪いぞ?」 「そう?」 屈んで覗き込もうとするガウリイから顔をぷいっと反らし、リナは勢いをつけて立ち上がると彼を置いて先に歩き出した。 どことなく疲れた様子の彼女の背を見ながら、ガウリイはひいふう、と指を折って納得した。そういえば、そのくらいの時期になる。 いつもより歩みの遅いリナにすぐ追いついて、彼女の荷物を奪うようにして持ってやる。 「宿までおぶってやろうか?」 「いい!」 利用するときにはとことんまで利用する性格なのに、こんなときは自分に甘えてくれない。もどかしさを抱えてガウリイはただ側を歩いた。これがリナ=インバースという少女なのだ。
|