可変のモノ 2リナはまず露店で食料を買い込んだ。 結構な量だ。これはリナの昼食だろうとガウリイは予測した。ということは、リナはどこかの店や家で昼食を食べているというわけではなさそうだ。 ナップザックに詰め込んでブーツの紐を締め直し、リナは歩き出す――街の外へ。 (ずいぶん遠出するんだな) リナを豆粒ほど遠くに見ながらガウリイはこっそり後を追う。街道を進むのかと思ったらそこからそれて高原を突っ切り、森へと入っていく。 どうやら、盗賊いぢめではなさそうだ。 その森についての話を小耳に挟んだことがある。 確か地元の猟師も踏み込まないほどの深い密林で、盗賊すら居ないと聞いた。だから街に来た当初、リナは「その森に用はない」ときっぱり言い切っていたはずだ。 何かの調査だろうか。 木立に見え隠れするリナは迷うことなくどこかを目指して歩いている。 森は静かでそして不思議な清らかさがあった。 密林ではあるが猟師が立ち入らない、というほどの危険は感じない。 (わからんなあ。聞いた話とは違う感じがする……でも) でも、ただの普通の森のようで、どこかが違う。何かを隠すような気配を纏っている。 ガウリイは高く太くそびえるいくつもの大木を見上げた。きらきらと梢から差し込む陽光は優しい。 「あれ、リナは……」 視線を戻すと先を歩く彼女の姿が見えなくなっている。慌てて進むとすぐに湖が現れた。薄いヴェールのような霧がたちこめ、静穏すぎるほどの雰囲気にガウリイはますます気配を殺した――ここには、何か、いる。 湖のほとり、木々の向こう側からリナの笑い声がする。 上機嫌の時の声だ。 誰かと会っている気配にガウリイはぴくりと眉根を動かし、そしてそれから思わず眉間に皺を寄せた。 しかめっ面になったガウリイの耳に聞こえてくるのは楽しそうに会話を交わす声。 一つはよく知ったリナの、もう一つは――男の声だった。 自分よりもいくぶんか低い、落ち着いた雰囲気の男の声。 (誰だ……誰と話してるんだ?) リナが自分に隠し事をし、人目を避けて森で誰かと談笑しているこの状況――理由はわからないが例えようもなく、不快、だ。 足音を潜ませ吐く息も風に溶かし、ガウリイはアサシンのように忍び寄った。 この木立の向こう側すぐに『リナと誰か』がいるという距離にまで近寄ると、会話の内容がつぶさに聞こえてくる。 「リナは、ほんと賢いな」 「あなたほど物知りじゃないわ」 微笑を含んだリナの声。 相手への尊敬と打ち解けている様子が、その声を聞くだけでもわかる。 「私は今までリナほど賢くて可愛い女の子には、会ったことがない」 「まぁった〜。口が上手いのね。どこでそういうの教わるの?」 「本当のことを言ったまでだぞ――さ、リナ、いつもみたいに膝を貸してくれ」 「きゃあっ」 リナの小さな声にガウリイの手が動いた。いつの間にか自分でも気付かぬうち、剣の柄を握り締めている。掌に汗がじわりと滲む。 見えていない木立の向こう側からどさり、と地面に倒れるような音が聞こえ―― 「もう……えばりんぼかと思ったら、急に甘えんぼになったりするのよね」 「リナの前だけだよ」 くすくすと、リナの甘やかす笑い声が聞こえる。 それをこっそりと聞くガウリイは混乱していた。 誰だこれは? こんな会話でリナは喜ぶような柄だったか? 頬を染めて、その膝に見知らぬ男の頭を乗せている? 「もうっ、顔にすりすりしないでってば……」 顔? 顔って、顔だよな。 誰の。そりゃもちろん、リナの顔で――あの、白くてマシマロみたいな頬の、リナの顔に見知らぬ男が――何したって? 理解、できない。 「でもリナは私の鼻が触れてくる感触が好きだって言ってくれただろう?」 「きゃう」 ガウリイは自分の頭のアキレス腱がぶちんと切れる音を聞いた。 後をこっそりつけて来た後ろめたさとかリナの恋愛を責められる立場にないこととかもろもろの理屈はすべて捨て置いて、木立の影から飛び出す。 頭を占めるのはただ一つ。 『そいつ』の鼻をすっぱり斬り落としてやりたい! 「リナッ! そいつから離れ……って、ぅう!?」 ガウリイは仰天して目をむく。 驚いているのはこちらを振り向いた二人も同じで――というか、一人と『一頭』だけども。 リナの側に寝そべっていた白馬は素早く立ち上がると、ぶるる、と鼻を鳴らした。敵を見る、警戒する鋭い目つきでガウリイを見据える。 その馬の額からは――真っ白い、長い角が一本。 「ガウリイ! どーしてここに!?」 「う、馬? 馬だけ? リナ、お前誰かと話してたんじゃ……」 確かにリナは男と会話していたはずだ。しかし、この場には他に人の姿が見えない。この一瞬でどこかに隠れたとも思えない。 意味がわからず立ちつくすガウリイに、白馬は蹴り飛ばす勢いで前足を振り上げてくる。慌てて避けたところに長く鋭い角が襲い掛かり、これも紙一重でなんとかかわす。 ガウリイをさんざん牽制し、いななくと、激昂した白馬はリナに視線を一度やってから森の奥へ走り去っていった。 「待って、グローバ!」 「な、なんだ、あの馬は?」 「ああ〜怒らせちゃった……ガウリイのバカっ!」 去る白馬を見ていたリナは振り返ると、ぽかんとするガウリイに向かって怒鳴る。そして、がっくりと肩を落とした。 「もう会ってくんないかも……」 「な、なんなんだ? お前さんはさっき馬としゃべってたのか?」 「ただの馬じゃないわよっ! 角を見たでしょ、角を。彼は『ユニコーン』よ」
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