それからというもの、ガウリイはまたリナ姫に会いたくてたまらなくなりました。姫を助けた浜辺に浮かび上がってみても、彼女をみかけることはそうそうありません。そのうちガウリイは浜辺の近くに城があることを知りました。川を上り水路を泳ぎ、城の近くに出て見上げると──いた、いました。リナ姫はもうすっかり元気な様子で、テラスから海を眺めています。しかししばらくすると部屋に戻っていってしまいました。
人間であれば声をかけることもできるのにとガウリイは残念でなりません。素早く海を泳げる自慢の尾びれですが、人間と同じ足が欲しいとガウリイは強く思いました。
海へ戻ったガウリイは、深すぎて日の光も届かない暗い海のはずれへ向かいました。そこは行っていけないと王様から言われている場所ですが、前にこっそり探検した時に変わり者の魔法使いがいることをガウリイは知ったのです。
「おや、お客様とはめずらしいですね」
「ようゼロス」
にこにこと人当たりよく笑う魔法使いのゼロスですが、それが底知れないものであるとガウリイにはわかっています。それでも、ガウリイはゼロスに人間と同じに陸を歩きたいのだと相談しました。
「その姫のためにどうしても人間になりたいと?
方法はあります……が、ただではないですよ。僕と取引する覚悟はありますか?」
「もちろん!」
「……少しくらい悩んでくださいよ……」
間髪入れず応えるガウリイにゼロスはつまらなさそうにしましたが、その決心が固いものを知ると仕方なしに小瓶を取り出し、ガウリイに手渡しました。
「この薬を飲むと尾びれのかわりに足がはえてきま──ってここで飲まないでください! ここは海底なんだから人間になったら生きてられないんですよ!?」
「あ、そーか。いや~あぶなかった」
「というか人の話は最後まで聞いてください。
この薬の効用ですがね、足を得ても姫の愛を得るまでは完璧な人間とはいえないのです。そして、もしその姫の愛を得ることができなければ……あなたは泡となって消えてしまいます」
「海のもずくになるのか……」
「それを言うなら藻屑です。
で、その場合、泡になるのを回避するには──方法は一つ。彼女の心臓を刺し貫いて、その血を浴びればあなたは元通り海に帰ることができます」
それを聞いてガウリイは眉を顰めました。自分が彼女の心臓を刺し貫くなんて、想像したくもありません。
「そんな方法、知らなくたって大丈夫だ」
「知っておくにこしたことはないですよ。何が起こるかわかりませんからね」
ゼロスは意味深な笑みを浮かべましたが、ガウリイは首を横に振りました。もはや海には二度と戻らない覚悟で足を得ようとしているのです。それも姫に会うために。その彼女を殺すなんてこと出来るはずもありません。
「地上で何があっても、オレが海に戻ってくることはないさ」
「健闘を祈ります。
それからお代ですが──ガウリイさんの声をいただきます」
「声?」
「そうです。ちょっとした呪いみたいなものですよ」
少し驚きましたが、ガウリイは承諾しました。自分がしゃべれなくたって、リナの声や歌声が聞ければ十分と思ったのです。
ゼロスとの取引を終えたガウリイは小瓶を握り締めて浜辺へとやってきました。そして薬を一息に飲み干したところ、全身に激痛が走ります。あまりの苦しさにガウリイはゼロスに騙されたのかも、と疑いながら意識を失いました。
ざざ……と波の音がします。
ガウリイが重いまぶたを上げると、砂を洗う穏やかな波が目前に見えました。自分が生きていたことにほっとしていると──その砂浜を歩いてくる人影が目に入ります。
なんという偶然でしょう! こちらに向かって歩いてくるのは、砂浜を散策中のリナ姫だったのです。
幸運に感謝しながら、ガウリイは立ち上がるとリナ姫に向かって歩き出しました。まだ不慣れなのでふらふらとした足取りですが、砂を踏む感触は足裏にくすぐったく、感動的でした。
そして突如目の前に現れたガウリイにリナ姫は目を丸くし──
「ぎっっやぁぁぁぁあああ! 全裸の変質者!!」
リナ姫のアッパーカットが見事に決まり、ガウリイは砂浜に沈みました。