灰鎖 13

 リナは距離を保ったままガウリイに向けて火炎球を放つ。それは轟音を上げて爆発し、あたりに無数の火炎と火の粉を振り撒いた。ガウリイを狙ったが直撃した様子はない。このあとの彼の出方から実力を測るつもりでいると、爆発の衝撃が止む前にリナの眼前に影が躍り出る。

(早すぎるっ!?)

「炎の矢!」

 動揺する暇はない。素早く呪文を唱え、出現した十数本の炎の矢をガウリイに向けて撃ち放つ。数本は命中する前に信じられない身のこなしで避けられ、残りは彼の剣に容易く薙ぎ払われる。
 打ち落とされた矢は火の粉を巻いて四散し、いくらかガウリイの服を焼いたが、彼自身はまったく無傷のようだ。

 やはり魔法剣、と唇を噛み、リナは浮遊で距離を取る。接近される前にと爆煙舞を叩き込んだ。どどっと土煙が捲き起こる。しかし魔法剣は相当に性能が良いようで、ガウリイの腕と相まってリナの魔法の連打をものともしない。そして、その太刀筋はリナには追えないほどの速さがある。

「振動弾!」

 弾けた呪文がガウリイのいたあたりを吹き飛ばす。
 直撃は諦め、リナはガウリイの足元を集中的に狙って攻撃を繰り返してみたが、ただ壁や地面を破壊するだけだった。爆風に煽られ、瓦礫が飛ぶ中でもガウリイはすぐに反撃してくる。そうこうするうちにいつの間にかすぐ近くにまで接近されている。

「くうっ」

 聞きしに勝る強さ。腰のショートソードを抜いて迎え撃つが、ガウリイの剣は重かった。最初の一撃でリナは足が縺れそうになる。たたらを踏みながらも口元を歪めてにやりと笑うと、迫るガウリイに唱えておいた呪文を放った。

「雷撃破!」

 激しい雷撃がリナの眼前でガウリイに向けて襲いかかる。絶好のタイミングで、とても避けられるものではない──はずだった。ばちいっと激しい音を立てて雷が弾け散る。ガウリイが素早く投げた短剣で雷撃をかわしたらしい。しかも、一瞬の間もおかず反撃してきたので、リナはまた爆煙舞を放ちながら慌てて距離を取る。

「すごい……!」

 ほんの少し戦っただけで感嘆の息が漏れた。この一連の反応は考えてできるものではない。ガウリイは天賦の才としか思えない動きで防御、反撃を反射的にやってのけている。まともに切り結んでは絶対に勝てないだろう。
 だがガウリイは、リナ相手にどうしても本気になれずにいるせいで防戦一方だ。付け込むようだがそこに勝機がある。
 リナは頬を紅潮させて笑った。

「驚いたわ。強いのね」

「お前さん、本当に容赦ないのな」

 ガウリイが言いながらさきほど投げた短剣を拾う。見覚えがあると思ったら、それはリナの短剣だった。
 まだ持ってたの、と小さく呟く。

 がらっと音を立てて広場の城壁が一部崩れ落ちた。戦ううちに魔法の直撃や余波で壊され、次第に城下から広がる炎にも囲まれて広場は無残な姿になっていた。ときおり、遠くから風に乗って兵士たちの怒号が聞こえる。猛攻を続けるゼフィーリア兵だろうか。

「ここにもすぐにゼフィーリア軍がきそうだわ」

「それまでには終わらせる」

「そうね」

 誰にもこの戦いを邪魔されたくなかった。
 油断のできない応酬に体はかっと熱くなっているのに、心は凪いでいる。あの、天幕に二人きりでいたときのような感覚すらする──。

 浮遊で城壁の高所に降り立ち、リナはガウリイに向けて振動弾の連打を見舞う。爆煙の隙間に見え隠れするガウリイを目で追い、進路を予測して炎の矢を降らせた。

「まだまだっ! 地霊咆雷陣!」

「……ぐうっ!」

 広場一帯に雷の雨が降る。広範囲を一度に攻撃する呪文だ。ガウリイがどんなに素早くともこれは避けきれるものではない。雷撃が止んだ広場にリナは降り立った。少し離れたところにはガウリイが伏している。致命傷には至らない威力の魔法なので、そうダメージにはなってないはず。

「……氷窟蔦!」

 地面に手をついたリナから氷の蔦がガウリイに向かって走る。到達する直前で跳ね起きたガウリイは氷を斬り払おうとしたが、魔法剣に蔦がからみ、そこから澄んだ音を立てて凍り付いていく。ガウリイが慌てて柄から手を離した。

「やった!」

 魔法剣を封じることができたのは大きい。リナは重ねて魔法を叩き込もうと呪文を唱える。

(この勝負、もらった)

 遠目にガウリイを見詰める。
 ──そのとき、ガウリイがはっと表情を変えた。

「リナッ!!」

 切迫した叫びと同時にリナの足元に幾本かの矢が突き立った。続けて、どん、と背中を強く押されたように感じる。リナは数歩よろけ、それから肩口を振り返るように横を向くと視界に矢羽が見えた。自分の背中に矢が突き立っている。

「……あ?」

(射られたんだ、あたし)

 矢の放たれた後方から兵士たちの声が聞こえた。

「ガウリイ様ー! ご無事ですか!?」

 数少ないエルメキア兵がリナの隙をついてガウリイの助けに入ったのだろう。
 リナは──こんなふうにあっさり終わってしまうのかと落胆した。



 楽しかったのに、ガウリイと戦うの。
 初めて、自由に戦ってるって思えたのに。
 もう終わりなのかな。



「やめろーっ!!」

 ガウリイの声に重なるようにして、また何度か背中と足に衝撃を感じる。もう避けることもできなかった。

(ここで終わりなんだ)

 ああそうか、とただ現実を受け止める。どさりと簡単に地面に崩れ落ちた。
 視線の先に土を掻く自分の手が見える。

「リナ、リナッ!」

 一瞬気が遠のいたが、陽光か炎か、光が目を焼く。天地がよくわからないままなんとか瞼を開くと、いつの間にかガウリイに抱えられていた。

「リナ、しっかりしろ、大丈夫だ、大丈夫だから!」

 さっきまで戦っていた敵のリナにガウリイは必死の表情で励ましてくる。強がりでも言ってみようかとリナは口を開いたが、意思に反して息が詰まり、言葉を紡ぐのが難しい。
 顔が土で汚れてないか気になった。あまりみじめな顔は、見られたくない。

 リナはゆっくりガウリイを見上げた。
 激痛が体を走るが、最期としては悪くない。彼の腕の中で死ねるなら十分すぎるほどだ。

(いっぱい、たくさん、人を殺した割りには悪くない死に方じゃないの)

「リナ、しっかりしろ! まだオレたちの決着はついてないじゃないか!」

「……も」

「リナ?」

「もう、いい」

「ダメだっ!」

 ガウリイが叫ぶ。

「いいの」

「医療兵を呼べ!」

 こんな、エルメキアが滅ぶという戦いのさなかに敵を治療するなんて到底無理だろう。
 優しい男だ。リナはじっとガウリイを見る。力をふりしぼって口を開いた。

「好きよ」

 微笑もうとしたけれど、うまくいったかどうかわからない。
 黒い闇に意識が沈んでいく。深く、深く──
 これが、死、だろうか?
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