灰鎖 12

 帝都の市街をゼルガディス率いる隊が駆け抜ける。
 既に先発隊が過ぎたあとで、エルメキアの戦力はそがれているのだが、それにしても敵の数が少ない。違和感に首を傾げつつ、ゼルガディスは城を目指した。

 城壁や市街の建物は投石機の攻撃であちこち破壊され、今も放たれ続ける火藁に火の海は確実に広がっていた。負傷して倒れている者はいても消火や応戦をする敵の姿はほとんどない。無数の瓦礫と次々に立ち上る火の手に、ゼルガディスはエルメキアの終焉を見た。



「──抜け道はまだ探せないか!」

 城を目の前にしてゼルガディスが声を荒げる。
 深い堀に架かる跳ね橋が壊されていた。籠城のために侵入に必要な橋をエルメキア自らが落としたと思われる。

「だめです、跳ね橋はこの一箇所しかありません! 抜け道があるかは不明で……足場を組むなりしないと。侵入はすぐには無理です」

「くそっ」

 焦るゼルガディスに兵士たちは疑問を抱く。城へはまだ侵入できないものの、ここまできたら慌てる必要はなんらない。押し寄せた大軍が帝都を取り囲み、エルメキアはもう落ちたも同然なのだ。
 それに、城には一足先にあの恐ろしい魔道士が侵入しているはずで。

「城には魔道士殿が入って行ったんですよね?
 だったら我々が急いで助勢に行かなくてもいいのでは……」

「今までの戦場と違ってここは敵の城なんだ。敵の懐に一騎駆けだぞ?
 いくらあいつでもこんな突入は無理がある」

 ゼルガディスが言うと同時に、城の城壁の向こうから小規模の爆発音が聞こえてくる。断続的にいかずちの光もちらちらと見えた。どうやらリナが戦っているらしい。

「あの魔道士殿だったら俺たちの出番はないんじゃないですか?」

 さもありなんと他の兵士たちも頷く。
 ゼルガディスは一人、焦れて城を見上げた。


 防御城壁を越えて侵入したリナは外苑から城の内部を目指していた。
 やけに遭遇する兵士が少ない。最小限の人員で城を守っている様子だ。それでもときおりリナを目掛けて矢が襲い来るので、兵が潜んでいそうなあたりに呪文を見舞い、牽制しながら広場へと抜け出た。そこは中隊程度の待機場所としても使えそうなほど広いが、今はがらんとして人気はない。広場の向こう側にそびえ立つ城がよく見えた。壮麗な城は城下に広がる炎に赤く照らされている。

 広場に数歩踏み入ると、その奥──リナの正面に、男が一人現れる。
 リナはああ、とため息とも呻き声ともつかない声を漏らした。

 会えるような予感はずっとしていた。
 またガウリイに会えて嬉しい。でも、もう再会を喜び合うような状況ではないのだとエルメキアの軍服を纏う彼を見てリナは思う。
 銀の軽装鎧、白と深い群青の軍服が長身に似合っていて、よく映える。その腰には立派な装飾の剣を佩いていた。王家に伝わるという魔法剣かもしれない。
 かたや、リナは黒を基調にした魔道士のいでたち。炎の熱気にはためくマントからは煤が舞い散り、煤の黒と灰の灰色がリナに纏わりつく。

「さしずめ、軍神と死神の戦いってところね」

 自嘲の笑みを薄く浮かべ、リナは腕を組んだ。
 二人は真正面から対峙する。いつも間近から見てばかりだったガウリイをこうして遠目に見るとどれほどの長身と体躯だったかがよくわかり、ますます雄々しく見えた。

「──都や城に残ってた人間はほとんど逃がした。近隣国に難民として受け入れてもらうつもりだ。リナに教えてもらった情報のおかげでうまく逃げることができたんだ。ありがとな」

「そう」

「もうここに残ってるのはほんの少しの兵士と……オレの言葉に耳を貸さなかった、父や他の取り巻き連中くらいだな」

「あんたも逃げればよかったのに」

「いや。まだやることが残ってる」

「馬鹿ね、ほんとに」

 リナは半分呆れながらガウリイの実直な眼差しを見る。数日前に別れたばかりなのに、その表情も声も、泣きたくなるほど懐かしい。

「リナにまた会えて良かった」

 ガウリイが頬を掻きながら微笑んだ。

「こうして、リナと対等に話したかった」

「対等って……あんたはいつでも対等でいてくれたじゃない。鎖に繋がれていても、あたしをまっすぐに見て、あたしに臆することなく、全て思うままに言ってくれたわ」

 二人は恋人のように見詰め合いながらも、ゆっくりと距離を測る。
 リナは深く息を吸って意識を集中させた。集中が高まるにつれて指先までぴりぴりと緊張が張り詰めてくる。

「リナ……まだゼフィーリアのために戦うか?」

 どこか悲しげなガウリイに構わず、リナは呪文の態勢に入る。続く台詞は自分で聞いても冷え冷えとしていた。

「ガウリイ、決着をつけましょう。互いの誇りをかけて。あたしは今までのあたしを否定することができないの。あなたが邪魔しても……最後までやり遂げるわ」

 呪文の詠唱を始めると、ガウリイはいつの間にか抜き放った剣を身構える。穏やかだった青い目に狩る者の鋭い光が宿る。

「オレがリナを解放してやるよ」
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