灰鎖 11

 黒煙を頼りに追っ手の兵士たちがその場にたどり着くと、リナが倒木に腰掛けて焼け跡をただ見ているところだった。高密度な爆発だったのか、地面は真っ黒に変色し、周囲の木々や草はところどころ小さく炎を上げてまだくすぶっている。

「……ご無事でしたか。あの奴隷は?」

「『ここ』にいたけど、消し炭になったわよ」

 焼け跡を指差し何の感慨も含まずに言って、リナは立ち上がると兵士の馬へすたすたと歩き出した。言葉を失う彼らに、機嫌悪い表情で尋ねる。

「指の一本でも残してやればよかった?」

「いえ、そんな必要は……」

「そお」

 リナはまだ煙の立ち上るあたりを一瞥する。
 ガウリイと別れた場所からはかなり離れている。
 このまま兵士たちと陣地に帰れば、彼も逃走した痕跡も見つけられることはないだろう。
 ──頬の傷を撫ぜた。血のかすれた赤が指先に残る。


 ■ ■ ■


 奴隷の逃走騒ぎがありはしたが、馬を一頭失ったというだけで、全軍進撃の前には瑣末な出来事としてそれは片付けられた。
 そして作戦の全ては予定通りに進められ、数日後にはゼフィーリアの軍勢が帝都を臨む丘陵へ姿を現す。

(これが、エルメキアの帝都。ガウリイの住んでいた都)

 リナは布陣から帝都を見下ろす。まだ遠くて細かなところまでは見れない距離だ。
 西側に森、東側には大きな川の広がる地形。ゼフィーリアよりは平べったい建造物が多い国だが、帝都らしくここではどれも大きい構造のようだ。そして、この距離でもはっきりとわかる、中央のひときわ大きな建造物。あれがエルメキアの城。あの城を制圧してしまえばこの戦争は終わるのだ。

 渡された地図から城の周囲の堀や塔、跳ね橋などをリナはチェックしはじめた。突入すればこのようなものを見る暇などはない。城はこれまでに落としてきた領主たちのものとは違い、侵略に備えてさすがに複雑な構造になっている。大勢でむやみに突入しても混乱してしまいそうな迷路状の回廊が多くある。

「──先駆けを希望したらしいな」

「あら、ゼル。あんたの部隊も本隊合流になったの?」

 準備、進軍と慌しかったのでゼルガディスと顔を合わせたのは久しぶりだった。決戦が終わるまで会う機会もないかとリナは思っていたが、どうやら近いところに編成されたらしい。

「作戦伝達の任務は終えたからな。また本隊の戦闘に加わる。
 だが、あんたはもう先駆けまでしなくていいんじゃないのか?」

「そんなことないわよ。あたしが出たほうが手っ取り早く終わらせられるでしょ」

「市街戦になると大きな魔法が使えないぞ」

「まあね。でもそこらへんの頼りない部隊が出るよりも、あたし一人が先駆けしたほうがよっぽどマシよ。
 それにここまで引っ張ってきた戦じゃない? この戦、最後まで特等席で観させてもらおうと思ってね」

「……あんたは特等席に座る客じゃなくて舞台に立ってる人間だろ」

「そうかしら?」

 リナはくすくすと笑う。どこかふっきれたようなリナの笑顔を見て、ゼルガディスは逆に眉をひそめた。

「それから……俺は報告を受けただけだからどういう状況だったか詳しくはわからないが。本当にあいつを殺したのか? あんなに気に入ってたのに」

「ああ、そのこと」

 懐疑的なゼルガディスに悟られることのないよう、リナはさもつまらないことを思い出してしまったという態度をとった。

「面倒見てやったのに反抗したのよ、あいつ──もういらないって思えたから、処分したの。それだけよ」

 落ち着いて言えているはずだ。今でもガウリイを思い出すと胸が苦しくなるが、リナはそんなことは素振りにも出さず、冷酷な笑みを浮かべた。
 しかし気付けば、ゼルガディスの視線はじっとリナの顔にある。

「どうしてその頬の傷は治さない?」

「へ……」

 リナは自分の頬に手を当てた。すっかり乾ききった傷がそこにはある。

「……別にいいじゃない。こんなかすり傷。魔法なんて使うまでもないわ」

「へえ」

 ゼルガディスは含んだ視線で見てくるので、リナは耐え切れずに目線をそらした。
 何か勘付かれてしまったかもしれない。

「まあいい。先駆けの件だが、今までと違って敵との距離が近くなるぞ。あとエルメキア兵は抵抗する気力ももうないかと思ってたんだがな、偵察によるとそうでもないらしい。覚悟の固まった人間は侮れん。鼬の最後っ屁とも言うしな、気をつけろ」

「わかったわ」

 ゼルガディスはエルメキアの情勢を伝えたあとに、神妙な顔で短く続けた。

「……死ぬなよ」

「どうしたの。そんな心配してくれるなんてめずらしいわね」

 いつもは必要最低限のことのみを伝えてくる彼にそんなことを言われると、かえって不吉にも感じてしまうではないか。

「これが終わったら不自由な生活からおさらばなんだ。たらふく飲み食いして、ふかふかのベッドでゆっくり眠れるぞ。それにあんたは誰よりも戦ってきた。だから誰よりも称えられなきゃならない。そのためにも、勝って堂々とゼフィーリアに帰ろう」

 リナは目を丸くした。
 ゼルガディスは不器用なりにもリナを心配して、励ましてくれているらしい。
 そんな気遣いは自分には不要だとも思ったが──

「ありがとう」

 リナは微笑む。素直に礼が言えた。
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