リナちゃんの告白大作戦 2

 部屋には空き箱や紙袋が散乱している。
 あたしは部屋に備えつきの鏡台に向かい、ピンクのルージュを唇に重ねた。
 唇の輪郭に沿ってなぞると光沢のあるピンクが唇を潤す。

「──さぁっ! これで準備はおっけ~よ!」
 鏡の中にいるのは、普段はめったに着ないスカートを履き、薄く化粧をしたあたし。
 昨日はあっさりフラレてしまったがそれは準備が足りなかったせいよっ!!
 白いスカートは膝上までの長さで、あたしの健康的な細い足を強調している。上着はフェミニンなフリルのついたものを選んだが、肩まで大きく開いた少し色気のある構造だ。
 髪は高い位置で結んであたしの首の白さを見せるようにした。
 そして派手すぎない化粧と、ほのかに香るフレグランス。
「……完璧!完璧だわっ! こんなかわいい美少女に告白されて惚れない男がいるだろうか!? いやいるわけがないっっ! アラウン! 首を洗って待ってなさいよ~~~!」
 鏡に向かって高笑いすると、鏡の奥に映るガウリイが呆れた顔をしていた。
 空き箱やらのゴミが散乱する中、椅子に座りながらあたしに言う。
「この服とか靴とか小物とかさ、予想外の出費ってやつじゃないのか?」
 ぐっ……そこをつっこんでくるか……
「報酬にこの分上乗せして請求すればいいのよ!」
「んじゃこの依頼果たさないとマイナスになっちまうなー」
「あたしの告白が失敗するって言うの!?」
「すでに昨日あっさり失敗してるじゃないか」
「あれは前哨戦! 告白大作戦はこれからなのよ!」
 そう……あたしの女のプライドを賭けて、昨日のリベンジをしなければ気がすまない。
 フェシーとはりあった格好をしてもしょうがない事だし、ここはあたしの持つ魅力で奴を絶対に惚れさす!!

「あのなぁ、リナ。俺は格好の問題じゃないと思うぞ?」
「……どゆこと?それ」
 指で頬をぽりぽりと掻いて、ガウリイは話し出す。
「昨日聞いて思ったんだが……リナの告白は気持ちがこもってない」
 気持ち? ……そりゃそうよ。
 別にアラウンの事好きなわけじゃないし……ということは。
「それって演技に問題があるってこと?」
「そ。告白してくる人の、決意というか怯えというか……なんかそういうものがない」
「なんであんたなんかにそんなことが──」
 そこまで言ってあたしははたと気が付く。
「そっか。あんた年がら年中告白されてるわよね」
 ガウリイと一緒に旅していてこいつが告白される場面を何度見たことか。
 身長が高くて、細すぎずゴツすぎず、金髪碧眼の美男子──
 スライム並の脳味噌は置いとくとして、ガウリイのその外見でまいってしまう女の子の多いこと多いこと。
 確かに数えきれないくらい告白されている彼からしたら、あたしの演技と本気の告白との違いが分かるのだろう。
「うーん、そっかぁ……演技に問題ね」
 しばし、考えて。
 あたしはあることを思いつく。
「よ~しっ、ガウリイ! あたしの演技の真骨頂を見せてあげるわ!」
 狭い部屋の中、ガウリイへと数歩近寄る。
「ん? どうするんだ?」
「立って。あんたで告白の練習すんの!」
 ガウリイを唸らせるような告白の演技ができれば、アラウンも絶対惚れるに違いない。
「できるのか~? まぁ、判定してやるよ」
 むかっ。
 見てなさいよ! 演技とは思えない告白をしてやる~!

 あたしは大きく息を吸い、深呼吸をした。
 そして真摯な表情でガウリイを見上げる。
「あたし……ずっと前から、あなたの事が……」
 そこでわざと言葉を途切れさせる。
 ──しかし、ガウリイはあたしの演技を楽しむように、にやにやと笑っていた。
「本気だから、ちゃんと聞いてガウリイ」
 目を潤ませて、困ったような表情をしてみせた。
「一度しか言わないから。だから……」
 ……あれ?
 なんだか演技につられて、あたし、心拍数が上がってきたみたい?
「あたし、ずっと前からガウリイの事が……」
 なに、これ……?
 言葉の先を続けようとすると、口が痺れたように何も言えなくなる……っ!
「……ガウ、リイの…事がっ…す……」
 息が洩れるように「す」と言ったっきり、何も話せなくなるあたし。
「──リナ?」
 ガウリイが心配そうな表情であたしの顔を覗き込む。
 余裕しゃくしゃくだったガウリイも、あたしの変な様子に調子を崩しだす。
「す、す、す……」
「す?」
「あの、その、ガウリイの事がっ……」
 ──顔をあわせられなくて、あたしは俯いてしまった。
 どうして? どうして『すき』って言えないの?
 『ガウリイがすき』ってこんな、簡単な言葉なのに!
 言おうとすると……顔が熱くなり、心臓がばくばくと高鳴って、全身が火照り出す。
「ガウリイが…すす、すすすす、すっ、すっ……」
 顔を見ないようにして続けても……だめっ……どうしても、言えない!
「お、落ち着け。リナ、大丈夫か?」
 ガウリイがあたしのむき出しの肩に触れる。
 それだけなのに、びくっと反応して顔を上げてしまった。
 ──ガウリイが、驚くくらい真剣な顔であたしを見ている。
「あ……あのね、あたし、ガウリイの事……」
 やだ。なんだか本気で涙が滲んでくる。
 ガウリイと見詰め合ったまま、あたしは必死で言葉を続けようとした。
「……すっ……」
「リナ……無理、するな。わかったから」
 大きな掌で、こぼれそうな涙を拭いながらあたしの頬を撫でる。
 そして──ガウリイの端整な顔がゆっくり近付いてきた。
「ガウ、リ……」
 押しとどめるようにガウリイの腕を掴んだが、その動きは止まらない。
 あたしはガウリイの服の袖をぎゅっと握り締めた。
 観念して、目を閉じた時──

リーンゴ~~ン♪

 街の教会の鐘が、時を告げる。
 あたしははっと目を開けて、慌ててガウリイから身を離した。
「……リナ?」
「そ、そろそろアラウンがフェシーの屋敷に行く時間だからっ…あたし行かなくちゃ!」
「リナ、待て!」
 伸ばされた腕をかわし、あたしは部屋の窓から翔封界で飛び出した。
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