破裂しそうな胸の動悸を抑え、翔封界で飛び続けながらアラウンを探す。
彼は毎日ある程度決まった時間にフェシーを訪ねるのだ。
そして予想通りフェシーの屋敷に近い道で、花束を持ったアラウンを発見した。
あたしは見られないところで地面に降り立ち、それから彼の元へ急いで駆け寄る。
「あああの、アラウンさんっ!」
「……あれ? 君は昨日の娘……昨日と格好が違うから一瞬誰かと思ったよ」
荒れる息を整え、アラウンに正面から向き合う。
「もう一度、あたしの気持ちを聞いて欲しくて……」
「う~ん、君の気持ちは嬉しいけど僕にはフェシーという心に決めた人がいるんで……」
「お願いっ! 聞いてくれるだけでいいからっ!」
あたしの必死な頼み方に、アラウンがしぶしぶ承知する。
「聞くだけなら……」
──あたしは深呼吸しながら、頭の中で『好きです』という言葉を何度も繰り返す。
どうしてその言葉がさっき言えなくなったのか……確認しなくてはならない。
「あたし、あなたのことが……」
ほら! 言うのよっ!『好き』って!!
そこまで考えたところで。
さっきガウリイに告白しようとした情景を思い出す。
何も言えなくなったあたしを、ガウリイは優しく涙を拭ってくれて。
頬っぺたに重ねられた手はあったかかった。
そしてガウリイが顔を近付けてきて……もう少しであたし達……キ、キスしそうになったのよね。
……むきゃ~っ!!
顔が一気に赤くなるー!
あああああ。恥ずかしさに気絶しそーっ!
あたしは混乱していた。
ぐるぐるとさっきのことが頭を回り、考えがちっともまとまらない。
──ダメ、こんままじゃ!
あたしはアラウンをがっと見詰めて、胸の熱を吐き出すように言った。
「あなたの事がっ! 好きなんです!」
…………………………
……はれ? 言えた。あっさり。
ガウリイの前では絶対言えなかったのに。
「好きですっ!」
あたしは試すようにもう一度言ってみた。
ふ、不思議だ……。
どうして、さっきは言えなくなっちゃったんだろう?
これって……これってもしかして?
ある事に気付いて、愕然としているあたしをアラウンはぱちくりと見ている。
彼は何度か瞬きをして……
「かわいい」
「は?」
そしていつのまにかあたしに近寄ってきたりしている。
「昨日は気付かなかったけど……君、かわいいよっ!!」
「あ、それはどーも……」
「顔を赤くして、泣きそうになりながらも告白してくる……! そんなに真剣に僕の事を想ってくれてたなんて!」
あたしの両手を握り締める。
アラウンの持っていた花束が地面に落ちた。
「君の熱すぎる気持ちは僕の胸に届いた! じゃすとみーと! ふぉーりんらぶだよッ!」
……やっぱこいつ惚れっぽいー!
いきなり迫ってきたアラウンに、ついあたしはひるんでしまった。
「でも、恋人になるのにまだ名前もわからないなんておかしいよなッ! 君の名前は?」
そう言い、あたしを引き寄せて至近距離から話しかける。
さりげなーく背中に手をまわしてきたしっ……。
ぞわぞわと悪寒が走る。
「やめっ……」
呪文でぶっとばそうかと思ったが、依頼遂行中ということを思い出してしまう。
『あたしに惚れさせる』って目的は達成できたけど、その後のこの状態からどうすればいいのよおぉっ!
「ねぇ……君の名前は?」
顔を寄せてくるなぁっっ!
いいぃやああぁぁぁっっっ!! ──もう限界っ!
「ちょっと待ったあぁぁっっ!」
あたしがたまらずに呪文を唱えようとした瞬間。
聞き覚えのあるなじみの声がアラウンを制止させる。
背後を振り返ると走ってここまできたらしいガウリイが肩で息をしながらあたし達に近付いてくる。
「──リナはオレんだっ!」
「にょわああああぁぁぁぁっっ!!」
いきなりガウリイがアラウンからあたしをもぎ取り、抱き締めてきた。
「なっ何すんのよおぉぉっ!」
「そうだっ!彼女は僕に告白してきたんだぞ、何するんだ貴様! ……って君リナって名前なの? やーかわいい名前だ! 僕の恋人に相応しい♪」
「誰がお前の恋人だっ!!」
「ガウリっ……ぐる゙じい゙い゙い゙~~~」
ガウリイが離すものかとあたしを強く抱き締めてくる。
「リナは僕に告白してきたんだぞっ!」
ってあんたもうあたしを呼び捨てかい!
「それは演技だ!」
ああっ、言うなバカぁ! 依頼が果たせなくなるじゃないかぁ~!
──しかしアラウンは、その言葉をフン、と鼻先で笑い飛ばした。
「演技? ありえないね。羞恥に染まる真っ赤な顔、戸惑い、潤む瞳……リナは間違いなく僕に恋しているのさっ! 僕達は相思相愛になったんだ。邪魔しないでくれたまえ」
「………貴っ様ぁ~~見たんだな! リナのその表情をっ!」
ガウリイが怒りに震えている。
こいつがこんなに激怒しているの、初めて見たかも……。
「そのリナの表情は全部オレのものだ! 返せっ!」
……なんだかミョーに恥ずかしげな事を言ってませんか……?
「それはできないね。君こそ僕のリナを返してくれ」
「誰が。リナはもうオレのもんだ!」
そう言って。
ガウリイはあたしを抱き上げた。あたしの足が地面から浮く。顔が間近に迫ってくる。
「にゃっ!?」
そして、アラウンに見せ付けるように……あたしに、キ、キスをしてきた!!
ちうううううぅぅぅぅぅ~~~
──固まるあたしとアラウン。
長いキスは、野良猫が道を端から端までとてとてと渡りきるまで続いた。
それからやっと唇を解放されて。
「というわけだから。リナは諦めろ」
ガウリイがアラウンに宣言する。
──あたしの中で、何かがピシッと音を立てた気がした。
「……リナ、どうした?」
「爆裂陣ぉぉっっ!!」
「僕の愛しいリナ~~v」
──目の前でキスされ、爆裂陣でぶっとばされたにも関わらず(ガウリイの巻き添えなのだが)アラウンはあたしを追いかけ回していた。打ち所、悪かったか? でも案外根性のあるやつ。
ま、でもこれでフェシーに迷惑がかかることもなくなり、あたし達も報酬を手に入れたから万事解決ってところかな。あたしに惚れてしまったアラウンには悪いけど、惚れっぽい性質ならそのうちまた新しい恋を見つけることでしょう。
アラウンから隠れるために浮遊術で登った屋根に立つあたしは、いつもの装備に戻っていた。やっぱこの格好が一番落ちつく。
「んじゃ、次の街へ行くかぁ」
側にいるガウリイがのほほんと言う。
「そおね。もうこの街にいてもろくなことなさそうだし」
見下ろすとどこに行ったのか、アラウンの姿は見えなかった。
その時、あたしの背後からガウリイが腰に手をするりとまわしてきた。
「ちょっと。どこ触ってんのよ!」
「こうしないとオレも下に降りれないだろ?」
悪びれもなく言ってのける。
「あんたが、こんな男だなんて知らなかったわ」
「オレも知らなかった」
ガウリイの腕に、力がこもる。
「リナがオレに告白したような顔を他の奴に見られたかと思うと、悔しかった」
「やっ、ちょっと! 耳元でしゃべらないでよっ! それにあたし、演技なだけであんたに告白なんかしてないわ!」
あたしの強がりを聞いてガウリイはくすり、と笑った。
「そうだったな。あの告白の続き、いつか聞かせてくれな♪」
「むう……んじゃ……今聞く?」
空は晴れ渡り、気温は暑くもなく寒くもない、最高に良いお日柄。
まさに告白日和──
終