もう少しで休憩時間に入るというところで、リーダーのデュクリスおっちゃんがまたやって来た。
「お~ぼうず、今日も頑張ってるな!」
ざかざかとけっこうな勢いであたしの前に来て、その手がぐわっと伸びてくる。
しかし、それをさっと遮っておっちゃんの前に立ちはだかるガウリイ!
「ええ、今日も『2人で』しっかり頑張ってます!」
……なんか、睨み合ってるし。
よくわからない諍いにどうしたもんかと思っていると、デュクリスおっちゃんがニヤリと笑い、さっと横にその体をスライドさせた。
大きなおっちゃんの体に遮られて気付かなかったが、その後ろには女性が立っていたのだった。たぶんここまで一緒に来ていたのだけども、先導したおっちゃんに隠れてしまい、あたし達には見えてなかったんだろう。
「ふはは! ガウリイ、お前に来客だぞ! 綺麗なお嬢さんだな!」
「あっ、シルフィール!?」
清楚な黒髪の美人が、ガウリイに向かってにこりと微笑んだ。
「お久しぶりです、ガウリイさま」
美人と顔を合わせ、ガウリイが驚いてるその隙に、デュクリスおっちゃんが素早く詰め寄ってあたしの頭をぐりぐりと撫でたのだった。
「いだだだだだだ」
「ふはははー! 5班は一足先に休憩に入っていいぞ! じゃあな!」
ひとしきり撫でて目的達成と満足したのか、上機嫌に高笑いをしながらデュクリスおっちゃんは去っていったのだった……。
「だ、大丈夫か!?」
獣人の手はもふもふしてて感触自体は悪くないものなんだけども。
「首がもげるかと思った」
「加減がないな……」
あたしの首の調子を確認するガウリイを、案内されてきた女性──シルフィールがじっと見ている。
この人、ガウリイの知り合いらしいけど、バイト関係者じゃないにしてもあたしが女とはバレないほうがいい気がする。
あたしは声を低くするために軽く咳払いをしてから、彼女に会釈をした。
*****
「旬の林檎をたくさんいただいてしまって。ガウリイさまにおすそ分けしようと伺いましたら、管理人さんから今はこちらでアルバイトされてると教えていただいたので……」
綺麗なこのひと、シルフィールが手早く切り分けてくれた林檎にあたしたちは皮ごと齧り付いた。マスクをしたまま何もしないでいるのも不自然なので、仕方なしにマスクは外して食べている。
女だとバレやしないかひやひやしたけれど、シルフィールの注視は主にガウリイに向けられているのであまり心配しなくてもよさげだった。
──というか、この二人はどういう関係なんだろう?
「オレ、いつもは街で便利屋みたいなことをしてるんだ」
あたしが疑問を抱いているのを感じ取ったのか、ガウリイが街での様子を話し出す。彼のこういうことを聞くの、初めてかもしれない。
「便利屋?」
「まあ、オレのできることなら、ちょっとしたのから剣を使うことまで、いろいろと」
「へえ」
「わたくしは巫女をしておりますの。以前、父の職場でとある事件がありまして……ガウリイさまに助けていただいたのです」
「その時からの知り合いなんだ」
『知り合い』ね……。
なるほど、とあたしはもぐもぐ林檎を食べながら頷いた。
そういったきっかけで知り合い、そしてシルフィールはどうやらガウリイに好意を抱いている様子。
じゃあ、ガウリイはどうなんだろう……?
あたしには関係ないことのはずなのに、なんだかもやもやする。
「──あ、あら? あれはなんでしょう?」
不意にシルフィールが声を上げた。
彼女の指さす方向を見て、あたしとガウリイははっとする。
「気球、1個回収するの忘れてた!」
休憩に入る前の回収をすっかり忘れてしまっていたのだ。
シルフィールが見つけたのは、時間とともに降りてきて木に引っかかってしまっている気球だった。
「リーダーやシルフィールのことでうっかりしてたな……」
三人で気球の引っかかっている木の下まで来てみる。ガウリイがジャンプでもしたら届きそうな高さだけれど、枝に気球の紐が絡んでいるので無理には引っ張れない。
「うーん。呪文で飛んで取ろうか?」
「いや、お前さん、観測以外で魔法使うの禁止されてるだろ」
「え……魔法が禁止? どうしてですか?」
「こいつが、気球を手っ取り早く取るっつって呪文でぶっ飛んで他の気球を蹴散らしたり、寒いってキレて枯れ木を派手に燃やしたりしたんで『正確に気象観測できなくなるから禁止』って上から言われたんだ」
「それは……禁止されますね……」
「あ、あはは……」
「そーだ、こうしよう」
何かひらめいた様子のガウリイがあたしの背後に回る。
そして、あたしの腰を両手で掴んでぐっと持ち上げた。
「うひゃっ! な、なにをっ!?」
ぽすんとガウリイの肩に乗せられる。
落ちないようにあたしは慌ててガウリイの頭を抱えた。
あたしを軽々抱えて乗せるって、どんだけ力があるってのよこいつは!
「これなら届くんじゃないか?」
うー……確かに、届きそうだけど。
「気球を下ろすとき、シルフィールも手伝ってくれ」
「わかりましたわ」
……仕方ない。
あたしは覚悟を決めて背をまっすぐにし、気球に手を伸ばした。ガウリイがしっかり支えてくれてるおかげで、思っていたより不安定にはならない。
なんか尻とか腰とか触られてる気もするけど、とにかく目の前にぶら下がる気球を木から外すのに集中することにした。
「あ、とれた!」
しばらく奮闘して、絡まり引っかかっていたところを全て外した。気球をゆっくり降ろすと下のシルフィールが受け取ってくれる。
ほっとして、掴んでいたままの小枝を手から離したその瞬間──小枝がしなり、あたしの顔のサングラスを弾き飛ばした。
「あっ!」
「大丈夫か!?」
ガウリイが慌ててあたしを地面に降ろし、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫……かすっただけ」
顔が近すぎる。あたしに触れようとするガウリイの手をばしっと振り払った。
というか、サングラスしてない顔はシルフィールに見られたくないんだけど……。
あたしは急いでガウリイから離れ、落ちたサングラスを拾う。
すると、突然、シルフィールが額に手を当てて「ああっ」とよろめいた。
「今、きました。降りてきました!」
「……どうしたシルフィール」
「……神託?」
シルフィールは何やら一人でぶつぶつと呟いている。
「気の強い不愛想な美少年と……おっとり美青年……! そしてマッチョな上司の横恋慕まで加わり、愛憎絡まる怒涛の展開……っ!」
なんだろう、呪文でもないのに、彼女の呟きからは言霊というか……底知れぬパワーみたいのを感じるんだけど……?
「何か、書くものを……紙とペンが必要ですわっ!」
一歩引くあたしたちにシルフィールは向き直ると、ガウリイにさっと気球を手渡す。
「すみません。あまりのことに少し動揺してしまって。急ぎの用件ができましたので、わたくし失礼いたします!」
挨拶もそこそこにシルフィールは慌ただしく去って行ったのだった。
「何だったんだ?」
「さあ……」
数週間後、巷では自費出版で美青年×美少年の登場する、とある「びーえる小説」が話題になったらしい。それに書かれている状況になんだかものすごーく見覚えがあるんだけど……あたしの気のせいだと思いたい。
腐女子なシルフィールにしてしまった