「5班、進捗具合はどうだー?」
そう呼びかけながらリーダーがやってくる。
この観測隊のリーダーはガウリイと同じくらいの背の高さがあり、顔は白虎の獣人で──名前はデュクリスという、人のいいおっちゃんだ。
獣人はそう特別ってわけでもなく、この街でもたまに見かける程度なんだけど、こうして国の気象機関に働いているのはちょっと珍しいかもしれない。
なんでも、仕事のために故郷から離れ、単身赴任でこの都に来ているそうで……。
「ぼーずは偉いな。まだ小さいのに稼ぐためにこうして働いて……く、くくっ……俺の息子たちは……どのくらい背がのびたろう……!」
なんかあたしに話しかけながら目をうるうるさせている。どうやらあたしと故郷にいる自分の子供らを重ねて勝手にノスタルジーな気持ちになっているようで、たびたびこうしてあたしを構いに来ては、そんなことを言ってくるのだ。
「はあ……お気遣いどうも……」
サングラスとマスクで隠した顔をぺこっと下げ、声も低くしつつ返事をした。
つーか「息子たち」って。あたし女なんだけど。こうもすんなり少年と信じ込まれていると、都合がいいではあるんだけれど……それはそれで複雑な気持ちになるのである。
「ほら……これ、差し入れ」
デュクリスのおっちゃんが携帯用のポットを渡してくれる。
おお、温かい飲み物が入ってそう!
「熱いお茶だ。体を冷やさないようにするんだぞ?」
ポットをあたしに差し出しつつ、潤んだ目で詰め寄ってくるおっちゃんにあたしは思わず一歩引いてしまった。なんだか家族の幻影にあたしを重ねすぎな気がするんだけども、あったかい差し入れはやはり有り難い。
そんなあたしの前に、ぬっと割って入ったガウリイがすかさずおっちゃんのポットを受け取った。
「差し入れ、ありがとうございます。飲み終わったら洗ってお返しします!」
朗らかにお礼を言う。
突然の横入りにおっちゃんは少々面喰っていたが──
「あ、ああ。じゃあこの休憩が終わったらあとは残りの分の計測をしてくれ」
「はい」
夕方までの仕事内容を伝達して、去っていった。
*****
広場の外れ、雑木林に差し掛かるあたりに休憩場所を陣取って座り込む。
あたしの確かな魔法とガウリイの視力のおかげで、あたしたちの観測はさくさくとはかどっているんだけども、計画通りに進んでない班の気球はまだ遠くの空にぷかぷかと浮いている。
それを時折見上げながらおやつのスコーンをがさがさと取り出し、デュクリスのおっちゃんから受け取ったお茶をカップに注いだ。
「あの白虎のおっちゃん、リナがお気に入りだな」
「そうねー、今は男ってことにしてるんだからあまり構わないで欲しいんだけどね……っていうか、あんた、他の人がいるときにあたしの本名を呼ばないでよ!」
「わかってるって」
今、あたしは偽名として『リーナス=インバース』と名乗っている。
本名と近い名前にしておけば偽名を呼ばれてもすぐに反応できると思ってのことだ。
その偽名にしておいてよかった、と今になってひしひしと思う。
なんせ、このガウリイはすぐ「リナ」と呼んでくるようになり、偽名で呼ばせようとしても修正がきかなくなってしまった。
そう……こいつ、ひどい天然だったのだ。
でも偽名と似た響きだし、万が一周囲にあたしの本名を聞かれても多少はごまかしがきくだろう。
あむあむとスコーンを頬張る。
しっとりしてて油っぽさがなく、中に入ってるクリームチーズもちょうどいい量。これにデュクリスのおっちゃんがくれた熱々のお茶がほどよく合っている。
「ん~おいし~」
「お前さんの口、小さいな」
「はあ?」
人の顔をじろじろ見てたかと思ったらいきなりそんなことを言い出す。
「だけど食べる量と勢いはすごい」
「言いたいのはそういうことかっ」
ガウリイはくつくつと笑っている。
こういったやりとりが楽しいのか、ガウリイは二人きりになりたがった。あたしとしても他の人たちに女とバレたら困るので、こうしている方が楽ではあるんだけど。いちいち声を低くして話さなくてもすむし……。
「そういえば街にもおいしいスコーンを売ってるパン屋があったな」
「えっ、どこどこ、食べてみたい」
「じゃー今度案内してやるよ」
「やったー……って、んん?」
今度っていつなんだろう。
このバイト中は街に出る機会はないし、全部の日程が終了して、その後にまたガウリイと会うってことだろうか?
横に座るガウリイを見たら、きょとんとした瞳と目が合う。
まあ……口約束なんだから本気にしなくていいことだろう。
ひゅうっとマフラーを揺らして風が吹く。
いつの間にか、お茶の入っていたカップもすっかり冷えてしまった。
「……くしゅっ」
「リナ、ほらここにこいよ。休憩まだちょっとあるだろ」
ガウリイがぽんぽんと膝を叩く。
「うむう……」
少し悩んだけれど。ここはみんなのいる場所からちょっと離れてるし、角度的にも見えにくいだろうし。
あたしは誘われるまま、ガウリイの大きなコートの中に収まるように入り込む。それからガウリイが広げたコートを閉じてあたしごと包むと、これがなんともいー感じにあったかいのだ!
「あんたって……面倒見がいいとかいわれる?」
「いや?」
「じゃあ、お人よしとか、心配性とか」
「そういうわけでもないんだけど」
なんだかあたしの頭上で苦笑してるような、ガウリイの吐息。
「じゃあどういうつもりでこうあたしに親切にしてくれるわけ?」
「うーん。なんつうか……保護者? みたいな?」
「あんたはあたしのとーちゃんかっ!」
背中からほかほかあったかい。あたしのすり合わせた手をガウリイのおっきな手が、挟み込むように包んできた。
見上げたら青い空に気球がぷかぷか漂っている。
ガウリイの揺れる金の髪もさらさらと空を彩る。