気球 1

 ふわ、ふわ……と風に揺られながら派手な色の気球が空に舞い上がっていく。
 うん、上昇の速度はあたしの計算通り、ばっちりだ。
 あたしはなるべく声を低めに、いかにも風邪をひいているように声を装ってリーダーに報告する。
「5班、2つ目を上げましたー」
「じゃあ1つ目がそろそろ降りているはずだから、探して回収してくれ」
「はい」

 あたりを見回せば、あたしと同じように小型の気球を飛ばしている班や、飛び立った気球を探して奔走する班などをちらほらと見ることができる。
 これは──気象観測用の気球を飛ばすというアルバイトなのだ。

 気象の把握というのは国土を守るためには大事なことらしく、決まった時期に気球を上げて気流の流れや強さなどを調べ、データを蓄積し、例年との比較などをすることで今年一年の気候状態を憶測するらしい。
 それは漁業や農業にも生かされるし、万が一の紛争などが起こった際にも天候の変動を把握しておくことは重要だ。

 なので、この気象観測は国で立ち上げられた機関で行われているし、予算も国から出ている。
 一週間と短期間ながら泊りがけでみっちり観測は行われるので、アルバイト相手にもなかなかの報酬が出る。
 ただ、問題があってね……。



 あたしが一つ目の気球を探してきょろきょろしてると、先に探しに行っていた相方が派手カラーの気球を持ってとことことこちらへ歩いてくる。
「おー、ぼうず。気球見つけたぜ。むこうの丘のところに落ちてた」
「……どうも……」
 あたしは、外套の襟をかき寄せて顎まで埋め、背の高い男を上目に見る。
 そして金髪のにこにこと笑うこの男──ガウリイに不愛想に返事をした。



 気球は魔法を使って飛ばしている。
 微妙な調整を必要とされるもので、このアルバイト募集は魔道士協会に掲示されていたのだが──なぜか男性に限定しての募集だったのである。
 魔法なんて、男女の違いもなく使える技能だというのに、どうしていまどきこんな差別が行われているのだろう!
 おいしい話は逃すまい、ということであたしは男性と偽り、偽名を使って申込をしたら、これまたうまいぐあいに採用された。

 長い髪はアレンジ魔法で思いっきり短く見えるようにし、風邪ということでマスク、そして空を見上げる際に目を痛めたくないという理由でサングラス。
 ついでに体の線がわからないように下から上まで思いっきり着込んでいる。寒いのは大っ嫌いだけど、今回ばかりは真冬でよかった。

 そして一人で淡々と仕事をこなせば女と見破られることもないだろう……と思っていたんだけど。なぜだか、このガウリイという同じバイトの男がやたらあたしの周囲にうろちょろとして話かけてくるし、いつの間にか親しいと誤解されて同じ班にもさせられてしまったのだ。

 女とバレたくないので、馴れ馴れしく近付いてきてほしくないんだけど。
 しかしこのガウリイ、お人よしなのかなんなのかあれこれと面倒を見てくれようとする。
 もう、困ったなあ……。


*****


 なんとか初日の日程は終えた。
 気球を観測レベルに合わせて高く上げたり、低めにただ遠くへ飛ばしたり。
 地表に落ちてきたものは「回収係」として雇われた人たちがどこまでも行って拾ってくる。
 あたしのパートナーになったガウリイは、驚くぐらいに視力が良い。
 どこに何色が落ちたか双眼鏡を使わなくてもすぐに見えてしまうのだ。
 おかげで、あたしたちの班は気球を探すのにそう手こずらずにすんだ。
 気球に吊り下げていた魔法球も回収され、観測された気温などの情報を取り出すためにリーダーたちが持っていく。

 あたしたちバイト生は、あとはまかないを食べてあてがわれた部屋に行って寝るだけ。
 割り振りの紙を見ていると、ガウリイが「あれ? オレとお前さんは部屋は別なのか?」とか言ってきた。
 あたしは低い声を出して言う。
「そ……そら、そうだ。割り振りは数日前から決まってたんだろうし」
 二人部屋みたいだけど、あたしと同室になった人に『眠り』の魔法を使えば、難なく過ごすことができるだろう。

「すいませーん。オレ、こいつと一緒の部屋がいいんですけど」
「なっ!?」
 ……ちょっと! 驚いてしまっていつものあたしの声っぽくなっちゃったじゃない。あたしは慌てて咳をして、誤魔化す。
「あ? お前らは5班か。この分け方じゃ嫌なのか?」
「ほら、オレって体がでかいから。小さいこいつとのほうが部屋で動きやすいだろうし」
 リーダーは少し考えたが、割り振りに特に意味やこだわりはなかったんだろう。「じゃあ片方ずつ入れ替わってこの部屋に入れ」と簡単に承諾してしまった。

「え゛っ……」
「よかったなー!」
 ガウリイはにこにことあたしに振り返る。
 あたしは去っていくリーダーの背をただ呆然と見送ることしかできなかったのだった……。


*****


 別に、部屋が一緒でも眠らせてしまえばいいのよ。
 そう、それで問題ないはず──。

 ガウリイと連れ立って、割り振られた部屋に着く。
 この建物は兵舎として使われていたものらしく、一部屋一部屋は小さく、二段ベッドが部屋の三分の二ほどを占めているという構造だった。
 そして、兵士用の部屋のせいか……なんと、扉に鍵が! 鍵がついてない!
 だから男性限定のバイト募集だったんだろうか?
 ちょっと……先行きが心配。

 内心の困惑を悟られないよう、あたしは部屋の隅に荷物を置いた。
 あたしの後に続けて入ってきたガウリイが扉を閉めて、話しかけてくる。
「おし、もう安心していいぞ。オレが部屋に誰か入ってこないか気をつけておくから、お前さんは変装を解くといい」
「………………はあっ!?」
「そのままじゃ窮屈じゃないか?」
「は? へ? あんたいつから……」
 って、いつも通りの声でしゃべっちゃってるし!
「んっ、ごほっ、あ、あー……俺、べつに変装してねーし!」
 ガウリイは堪えきれないように、吹き出して笑い出した。
「ぶはははっ……もう、いいって。お前さん、女だろ?」
 言って、あたしの頭を撫でてくる。
「な……なんでわかったの。リーダーも『ちっさい小僧だな、頑張れよー』なんつってて、気付いてないみたいだったのに」
「まあ、なんとなく女だろうなーって。でも事情がありそうだったから、黙ってた」
 女だとわかってて、今日一日こいつはあたしの周囲をうろちょろとしていたのか。
 考えてみれば──他の人にあまりあたしが構われないよう、ガウリイがしょっちゅう他の人との盾になっていた気がする。
 ただの世話焼きであたしの側にいる印象だったけど、こいつなりにあたしの正体を隠して、庇おうと協力してくれていたらしい。

「はあ……とっくにバレていたのね」
 観念して、あたしはマスクとサングラスを外す。
 ガウリイはきょとんとあたしの顔を見て──
「へえ、それだけでもだいぶ印象が変わるもんだな」
「そうかもね」
 ぷいっと横を向くあたしにガウリイがぐっと顔を寄せてくる。
「なっ、なによ?」
「……で、お前さんのほんとの名前はなんて言うんだ?」
「それは──」

 このガウリイにあからさまな下心はなさそうだけど。でも、こいつと一週間、周囲に女とばれることなく、無事に過ごすことができるんだろうか?

男のフリしてアルバイト、という怪獣さんのネタから生まれたSSですw
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