北部の乱は次第に南下を始めている。北州軍では手に負えず、やっと中央に泣きついてきた。軍勢から考えたら取るに足らない規模の乱ではあるが、どうも戦慣れた連中だった。乱を起こしている賊軍の目的がいまいちはっきりとしない。しかし皇帝はこれ以上の好き勝手は許さない、早々に討てと勅命を出し北師営軍を出撃させたのだった。
「あの司令官であれば、容易く鎮圧できるだろうよ」
ゼルガディスの言うことに、ガウリイも頷いて同意する。
「しかし、なんでまた賊軍は乱なんぞ起こしたんだろうな? 唐突なだけに不気味だ」
「北師営軍にまかせておけ。お前はそれよりも自分の身を案じることだな」
「わかってるさ。んじゃ、あとはまかせた!」
その日の政務を滞りなく執り終えて、ガウリイはいそいそと後宮へ行く仕度を始める。嬉しさがあふれてこらえきれないガウリイを見て、ゼルガディスは『刺客から隠れる』という目的がすっかり建前にすり替わっていることに溜息をついた。
「……あまり溺れるんじゃないぞ。もう手遅れかもしれんが」
昼も夜も足しげく通いつめるその頻繁さに、最近はリナからも「皇帝って忙しいんじゃなかったの?」と言われるほどだ。実際のところガウリイは少しでもリナの側にいたかった。会うことがこの上ない喜び。リナに触れなくても、彼女と同じ空間にいるだけで幸せと思える。これが「溺れている」ということ以外の何になるだろうか?
「……とにかく、早く会いたいんだよ」
「そんなに慌てなくても、お前から女を取る奴なんて誰もいないぞ」
「あいつってオレから逃げ出して行きそうで目が離せないんだよなぁ」
「ならば、さっさとそのお転婆と子を作っちまえ。母になれば女は自然と落ち着くというだろ」
そうなればゼルガディスも悩みのタネが一つなくなる。ここまでその宮女にのめり込んでいるのなら今度ばかりはガウリイも子を作ってくれるであろうと期待したが、ガウリイは憮然とした表情で何か考え込んでいた。
「どうかしたか?」
「いや……作る作らない以前の問題があるから」
「なんだそれは」
「リナは、まだまだ子供なんだ」
本を読んで少しばかり知識を得たとはいえ、やはりそれだけでは補えないものがあった。リナは男がどういう生物なのかまったく理解していない。無理矢理いたして理解させるという手もあるが、臥所で一緒に横たわるガウリイが抱える衝動も知らずに安心しきってすやすやと眠る彼女を見ていると、どうしてもその信頼を裏切ることが出来なくなるのだった。
「無防備すぎるってのも罪だよな……」
「はあっ!? お、お前まさかあれだけ通ってて手を出してないのか!?」
「……しょうがないだろ! まだ蕾みたいなもんだぞ、あいつは」
「それでもだ! 毎晩通ってて、その状況に耐えているのか!? お前それで大丈夫なのかっ? 男として疑うものがあるぞ、それは!」
「そんな気持ち悪そうな目で見るな!」
もちろん、ガウリイは大丈夫なわけではない。そもそも最初はリナのことをただ「楽しい奴」と思い、こんな子供なら手を出す気にもならないだろうと通うことに決めたのだ。その考えはとてもとても甘かったのだが。いざ通いはじめてみればリナは思うよりも「女」であり、また自分は卑しい欲望に翻弄されるばかりの「男」なのだということを再認識した。もっとも、劣情をぐっとこらえてリナと夜を過ごす自分には拍手を送りたいぐらいだ。
例えば、夜に隣で眠るリナをふと意識してしまうと。目を閉じていてもその小さな寝息や身じろぎする音にじっと耳をすませ、リナの気配を感じようとする自分がいる。ほんのわずかな距離を越えてしまえば、その熱を奪ってしまえるのだろうに。一度こうしたことを考えてしまった夜は悶々としてなかなか寝つけなくなるのだった。
「──それでも、あいつに会わずにはいられん」
「はぁ、やっぱり手遅れなんだな。それで、お前はそいつをいつ抱くつもりだ」
「もう少し……リナが大人になってから」
「いつなんだそれは」
これじゃ後継ができるのはいつになるかわからん、とゼルガディスはぶつくさ文句を言う。ガウリイはその小言を振り切ってそそくさと後宮へと向かったのだった。