後宮伝説 2

「後宮にまた何人か入ったぞ」
 信頼の置ける、むしろ親友とも言える側近の報告を聞き皇帝は溜息をつく。
「……またかぁ。いいかげんやめろって言ってんのに……お前じゃ止めらんないのか? ゼルガディス」
「無理だな」
 あっさり否定されて、彼は心底うんざりした顔をした。
「なんであいつらは性懲りもなく次々に女を連れて来るんだよ」
「お前が後継作りに専念せんからだ」
 後宮には千人を超える美女がいるというのに、皇帝は誰にも執着を示さず、誰かと夜を共にしても子を作るには至らないのだった。
「だってなぁ……全然作る気が起こらないんだから、しょうがないじゃないか」
「しょうがないじゃない!これはお前の義務だ」
「気が進まないんだよ」
「女は抱くくせに? 何故だ」
 臥所を共にし抱かれても『皇帝は種をくれない』と宮女達はさめざめと泣くと聞いた。ゼルガディスが険しい目で皇帝を睨むと、彼は再び溜息をついて自らの髪をかき上げた。豪華な服の上に流れた金髪が、金糸の刺繍よりも鮮やかな紋様を描く。
「──彼女らはオレが欲しいんじゃない。ただ皇帝の子が欲しいんだ」
「そりゃそうだ。彼女達はその目的の為にここに来ている。だからお前が彼女らをただ抱いて、子供を作らないのは非常に失礼な事なんだぞ! 商売女じゃないんだからな。そこんとこわかってるのか?」
「わかってるよ。だから最近は後宮にも行ってないじゃないか」
 ぐったりと椅子の背もたれに身を寄せて、皇帝は延々と続く説教を甘んじて受けた。
「行かなきゃいいっていう問題じゃない。お前が正妃選定を伸ばし伸ばしにし続ける限り、宮女は増え続けることだろうよ。──そういえば宦官が新参の宮女達に謁見して欲しいと言ってきてるが?」
「いや、いい。忙しいとかなんとか、適当に理由を作って断ってくれ」
「やれやれ……本当にこのままでいいのか? お前が不種だとか男色にかまけているとか、影で色々言われてるんだぞ」
「勝手に言わせておけ」
「このまま子を作らない気か?後継はどうするんだ!?」
「義弟でも叔父貴でもイトコでもハトコでも、好きに次期皇帝にしてくれ」
「バカ野郎……俺はこの国の今後が不安だよ」
 皇帝はひらひらと片手を振り、退室を促す。これ以上の小言を入っても無意味と悟り、ゼルガディスは諦めて背を向け、扉へと歩んだ。そして途中でふと思い出したように立ち止まり皇帝に向き直る。
「そういえば、今回入った宮女に変わり者がいるそうだ」
「変わり者?」
「あの豪華で大量にある料理を数人分たいらげ、それでも満足できずに腹が減ったと池の魚を釣って庭で焼いて食べたとか、後宮内でイジメをしていた宮女をしばいて成敗したが、その後金品を脅し取ったとか、他にもまぁ色々あるがとにかく破天荒な娘らしい」
 聞いたこともないようなお転婆ぶりに、皇帝は思わず椅子からずり落ちそうになった。
「……それって……どういう選考基準で選んだんだ?」
「それがな。試験の問題が全問正解だったんだ」
「すごいことなのか?」
「まぁ簡単な問題が多いが……中には官でも考えるような、国語、数学、科学、はては天文の難題も含まれている。それは普通の女性に解けるようなものではないな」
「へぇ……そんな宮女がねぇ……いったいどんな奴なんだ?」
「さぁ。容姿は知らない」
「名前は?」
「リナ=インバース」
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