後宮伝説 1

 広い道の両脇には店が軒を並べ、絶え間ない人の波と喧騒が都の繁栄を物語っていた。荷車を引いた牛馬がしきりに往来し、田舎では見られないゆったりとした袍衣を纏った人々が長い裾をものともせずしゃなりと歩いて回る。
 そのせわしない人々の流れの中に、片手に袋を抱えた少女が歩いていた。袋には先ほど屋台で買ったのであろう、食べ物が山のように入れられており、もう片方の手は口に菓子を運んでいた。
「むぐむぐ。ん~やっぱり都会ともなると食べ物がみ~んなおいしいわよね~♪」
 満面の笑みでぱくり、と最後のひとくちを放り込むと再び袋に手を伸ばす。その背には小さくまとめた荷物を背負い、簡素な服はありふれた女性物ではない。動きやすいように上着の裾が膝丈までの長さにされた、主に旅人が好む服装だ。
「んぐ?何かしらあの人だかり」
 道の端で人だかりができている。少女は興味を持ち、歯型がついた食べかけの菓子を袋にしまうとそこに近寄った。
「う……これじゃ見えないわね」
 何かを取り囲むように作られた輪は、彼女の身長ではその先に何があるのかさっぱり見ることができなかった。少女は意を決すると、がばっと屈み込んで人垣を下からくぐって行く。
「わわっ!なんだなんだ」
「おい、ちょっと!」
「はいごめんなさいよ~」
 適当に謝りながらなんとか中心近くにたどり着き、ひらけたところで身を起す。
 ──しかし彼女が期待したほどのものはなく、そこには高札がたった一枚掲げられているだけだった。
「えっ何?こんだけなの!?」
「こんだけって……それは王宮からの重要な通達だよ」
 彼女の声を聞いた者が言う。
「何が書いてあるの……えっと、『宮女の募集』……?」
「おや、嬢ちゃん字が読めるのかい?」
「まあね。勉強は得意なのよ。
 ところでこの宮女って何? 女官の募集ってこと?」
 彼女の疑問に、周囲の人々が答える。
「これは皇帝の側女を募集するってことさ」
「皇帝もいいよなぁ! 後宮には今でも千人の美女がいるっていうのによ!」
「うちの娘、宮女になれんかなぁ……なれたらうちにも金が入るけれどなぁ」
「千人の美女ぉ? そんなにいるの!?」
「なんだ、何も知らないのか?」
 人々は後宮にまつわる様々な情報を彼女に提供してくれた。
 まず、皇帝にのみ仕える女性を集めた宮殿。それを後宮と呼ぶ。全国各地から後宮に集められた美女は千人を下らないらしい。その宮女達の中から正妃が選ばれるのだが、未だ正妃は決定しておらず今回のように募集が何度もされているという。
「後宮に入るだけでもかなりの金が貰えるんだ。……ハァ、うちの娘がもっと美人だったらなぁ」
「そりゃ無理だ。お前とお前のおかみさんの子供なんだから」
 周囲から笑いが起こる。
「──かなりの金がもらえるですって!?」
 少女が声をひっくり返らせて言った。
「そうそう。見事宮女に選ばれたら、大金が貰えるんだ」
「しかも後宮では三食うまい飯食べれるだろうしな」
「働かなくたっていいんだろ? いい生活だよな~」
「それ、いい……かなりいいわねっ!!」
 少女が目をらんらんと光らせる。周囲の人々が飽きれた様な顔をし、そして苦笑した。
「お、おい……あんた宮女に応募する気か!?」
「金が貰えて三食タダ飯! 逃す手はないわっ!」
「ムリムリ。宮女はなぁ、容姿端麗、才色兼備が必須なんだ。しかも試験も受けないといけないらしいし、あんたじゃとても無理だな」
「そんなの、受けてみなきゃわかんないでしょっ!」
 無理と言いきった男をどついてしばいて黙らせ、少女は役所の場所を聞くとわき目もふらずに一目散に走りぬけていった。


「宮女になりたいぃ~!?」
 役人は駆け込んできた少女の言葉を聞いて、目を丸くする。希望者は何人か受け付けたが、皆甲乙つけがたいほどに色気のある美女ばかりだった。しかしこの少女は……男物の服は土に汚れ、背中に無造作に流された栗色の髪はくるくるとそっぽを向いている。細身の身体は必要以上の脂肪がついているようには見えず、そのせいで起伏に乏しい身体は男を喜ばせるには程遠いに違いない。
「あのねぇ、後宮は宿屋じゃありません。宿に困っているならどこかの軒を借りなさい。もしかして家出してきたんですか? 身元をはっきりさせないと、尚更宮女に応募するなんて無理な話です!」
 役人の「子供の冗談には付き合えない」と言いたげな対応に少女は眉根をしかめる。背の荷物を降ろし、ごそごそと底をあさぐると彼女は小さくたたまれた紙を取り出した。そして机にそれを叩きつける。
「なんですかそれは?」
「戸籍証明書よ! あたしの出処を確認すればいいわ!」
 少女を疑いの目で見ながら、机の紙に手を伸ばして広げた。ざっと目を通して、役人は目を丸くする。
「イ、インバース? ゼフィーリア庄のインバース家って……あの豪商の!?」
「そう。あたしは見聞を広める為に旅をしているのよ。これで身元については文句ないでしょ? でもあたしの容姿が気に入らなくて、それで追い返したいってんならせめて試験だけでも受けさせてよ! それで点数が悪かったら『やはり駄目でした』って失格にすればいいわ。あたしも諦めがつくし。 追い返すのはそれからでも遅くないでしょう?」
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