後宮伝説 17

 夜だからといって後宮への攻撃が止むことはない。暗闇に乗じて乗り込もうとする敵を撃退するため、こちらは拳銃を持たせた宦官を絶えず見張りに回らせている。宮女たちにも交互に休憩を取らせながら、兵火器の側に必ず誰かが付くようにしていた。ゼルガディス将軍や血気盛んな正妃様から、夜はなおさら油断なく見張るよう言われており、にわか砲兵の宮女たちは朧な月明かりを頼りに目を皿にしていた。
 しかしながらどうしたことか──今宵はいつになく静かであった。


 次第に眠りが浅くなり意識が浮上しはじめる。
 もうちょっとこのまま寝ていたいと睡眠欲が甘く二度寝を持ちかけるが、後宮を襲う現状を思い出しリナは一気に現実へと引き戻された。そろそろゼルガディスと交代する時間だ。眉を顰めながら仕方なく重い瞼を開ける。
 そして──視界に広がるのは白と金。
 霞む目の焦点が合うと、それはリナをじっと見つめるガウリイの顔だった。
「なっ、なに人の寝顔を勝手に見てんのよ!」
「……別にずっと見てたわけじゃない。お前さんが起きそうだったから、様子を見ただけだ」
 リナは飛び起きて大声を出したが、ガウリイは対照的にそっけない口調で言うと臥所からふいっと離れとなりの部屋へ去ってしまった。ここは仮司令室と呼ばれている部屋。ガウリイやゼルガディスはここで寝起きしていた。リナは自室が後宮の奥まった場所にあり遠いため、この仮司令室に居座っている。
「ね……ガウリイ」
 リナの呼びかけは聞こえているはずだ。なのにガウリイは卓に置かれている書面から視線を離さない──明らかに無視している。リナは寝台から立ち上がり、寝崩れた服を手早く直すとガウリイへと向かった。
「ねぇちょっと! 聞こえてるでしょ!?」
「何か用なのか?」
 側で声を張り上げるリナを仕方ないといったふうに見る。その不承不承とした様子はどうしたことだろう? 近頃ガウリイは不機嫌だ。戦いのさなかに機嫌が良いわけがないが、彼のこうした態度は不自然だった。そういえば同じ部屋で暮らしているが、このところまともに話をしたことすらない。
「あんた、最近あたしを避けてない?」
「そんなことはない。今はのんびりしてられる状況じゃないだろ。そうそうリナにばっかりかまってられないのさ」
「そんな冷たい言い方しなくたっていいじゃない!」
 表情を変えないガウリイの横顔を見る。今、彼が何を考えているのかリナには伺うことができなかった。リナは気を落ち着けるために息を深く吸う。
「──あんたが何を考えてんのかよくわかんない。そりゃ、今はゆっくりできるような状況じゃないけどさ。そんなに一人でぴりぴりすることないじゃない!あたしやゼルガディスがいるんだから……辛いなら、もっと頼ってよ!」
「頼る? リナをか?」
「そうよ。そんなふうに一人で抱え込まないで」
 ガウリイは失笑する。彼の笑顔を数日ぶりに見たというのに、それはリナに不快感をもたらした。
「オレがどうしてリナみたいなお子様を頼るって?」
「……な、んですって?」
 冷え冷えとした蒼い瞳でリナを見る。前は見つめられるたびにリナを落ち着かなくさせたはずの瞳が、今は別人のようにリナを小馬鹿にしていた。
「ガキに縋るほどまだ落ちぶれちゃいない。──大きなお世話だ!」
「……っ! 何よそのむかつく言い方は!? そのガキにいままで力いっぱい迫ってたのは、一体どこの誰だってんのよ!」


 ゼルガディスは仮司令室の扉に手をかけた。
 ──が、ふと嫌な予感がよぎる。
 それから内部の気配を瞬時に読みとり、彼は数歩後ろへと下がった。ほぼ同時に扉が内側から荒々しい勢いで開かれる。ゼルガディスが扉に手をかけたままだったら、したたか顔を打ちつけていただろう。
「ガウリイの、バカっ!」
 室内から怒りで顔を真っ赤にしたリナが出てきた。振り返り、部屋の中で椅子の下敷きになっているガウリイに向かって叫ぶ。
「あんたなんか、もう知らないんだから! 死んじゃえ、バカっ!」
 どばん、と扉が壊れそうな勢いで叩き閉めた。そのままゼルガディスを見もせずにリナは憤怒の形相のまま自らの持ち場へと去っていく。
 ゼルガディスはひとつ溜息をついて──リナの荒い扱いのせいでぎぎめく扉を開いた。中ではガウリイが椅子を取り払いながら、いててと頭をさする。
「虚しいことをするな、お前は」
「……ほっといてくれ」
「あいつに嫌われたいって魂胆か?」
 連日の詰めの疲れでこぼれるあくびを噛み殺しながら、ゼルガディスは剣などの装備を外して壁に立て掛ける。
「そんなところだ」
「勝手にやってろ……俺は先に休ませてもらうぞ」
「っおい! まさかリナが寝た寝台を使うつもりじゃないだろうな!?」
 呼びとめられてゼルガディスが振り返るとガウリイがきつく睨んでいた。
 リナが寝てるわけじゃないから別に使ったっていいだろうと反論したかったが、正直そんなことを言った後が怖かったので、彼はしかたなく硬い長椅子で寝ることにした。
Page Top