二人は踊る、されど進まず 9







 アメリアは呆然としていた。
 大広間を見渡せる審査員席にまだ残り、出場者も下がって人がまばらになっているフロアを見ながら固まっていた。

「あの、アメリアさま。これから審査員控え室で選考会が開かれますが……」

「……はい……今、参ります」

 がくりと項垂れ、とぼとぼと歩き出す。遅れて入った部屋には審査員がすでに揃い、アメリアを待っていた。自分を含めて審査員全員がいるのを確認したアメリアは、いきなり頭を下げたのだった。

「すみません! そっその……わたし、リナさんペアに見とれていて、気付いたら曲が終わってしまっていたのです。他の方の踊りを覚えておりません……審査員失格です……本当に申し訳ありません!」

 アメリアの記憶に残っているのは、先日とはまた全然違う雰囲気を見せたリナとガウリイのペアだけだった。

 切なげな少女の表情を見せたかと思うと、次の瞬間にはアメリアでさえどきりとするような嫣然とした微笑を浮かべる――今までリナはどこにこのような情感を秘めていたのかと、アメリアは驚愕しながらその指先の動きにまで見とれていた。ガウリイよりもダンス経験は浅いはずなのに決して引けをとらない、むしろ上回るほどの華やかさと存在感があった。
 そうしてすっかり視線がリナに釘付けになってしまったアメリアは、身内の贔屓は正義に反するからと公平な審査をしようとしていたにも関わらず、他の参加者の踊りを見ることすら忘れてしまっていたのだ。


「……リナさんペアとは、女性は赤いドレスを着ていた、ガブリエフ・インバースペアのことでしょうかな?」

 審査委員長の問いにアメリアは頷く。
 彼は顎を撫でながら一同を見渡して言った。

「ふむ、では全会一致ということで」

「…………はい?」





 ■ ■ ■





 競技が終了して、そう間も置かずに集められた出場者たちと観客で大広間はざわついていた。その大広間の一番奥、階段を数段登った壇に品の良い初老の男性が立つ。どうやら彼が主催であるノイシュヴァン家の当主らしい。続いて壇上に現れたアメリアは、手に装飾の施された小箱を持って主催の傍に並ぶ。

「きっとアメリアが授与をするのね」

 リナは正面を向いたままガウリイを振り返らずに言う。いつもどおりの適当な相槌が後ろから聞こえた。
 主催が表情を改めてフロアの人々を見渡すとあたりは次第に静かになる。彼がぐるりと見渡した時、こちらに一瞬だけ視線を留めたような気がする。

「競技にご参加いただいたみなさま、本日は素晴らしいダンスを披露いただきありがとうございました。この大会のそもそもの始まりは当家の六代目が――」

 主催の口上を聞きながら、リナはやり遂げたことに不思議と満足している自分に気付いた。いつものリナであったら結果がついてこないものに満足なんて絶対にしないが、この大会のためにいろいろ苦労したことは、今思えば悪くなかった。
 ダンスは難しいけれどある程度できるようになったら楽しいし、ガウリイと「どうやったら上手く踊れるか」とあれこれ考えて工夫するのも、面白かった。一緒に旅をして寝食を共にし、命をかけた戦いも何度もしていたけれど、それでも知らない面というものはある。そういったところを思いがけなく知ることができた。
 恋人同士のように思い合って踊る、なんてことまでする羽目になったりと照れくさいことが多かったけれど、今回のことで『相棒』としての絆が深まったと思う――

「ガブリエフさん、インバースさん!」

「へっ!? な、なにっ?」

 あれこれと考えていたら唐突に自分の名前が耳に入り、リナは驚いた。
 出場者の名前を読み上げてでもいるのだろうか?

 わっと周囲から歓声が上がる。よくわからずにきょろきょろとするリナの肩を、後ろから掴んでくる手。振り返るとガウリイがさも信じられないといった表情で、そしてリナに向かって微笑んでいた。

「何? 何がどーしたの?」

「優勝したんだよ、リナ!」

「へ、ゆ、優勝って……まさかあたしたちが!?」

「そうだ! 今の聞いてなかったのか?」

 壇上を見ると、アメリアがこちらに向かって嬉しそうにぶんぶんと手を振っている。主催がぱちぱちと拍手をすると周囲がそれに続き、やがて割れるような拍手がリナたちを取り囲んだ。

「……ホントに!? 冗談じゃなくて!?」

「オレだって、まだ信じられない」

 ――これは夢じゃないだろうか。
 呆然としながらリナは立ち竦む。ガウリイと精一杯頑張ったけれど、こんな短期間の練習で優勝できるとは露ほども思っていなかった。いつの間にか参加することになってしまい、喧嘩をしたり励まされたりしながら練習してきたこの数日の出来事が次々に思い出されてくる。

「よかったな、リナ!」

 揺さぶる勢いで肩を掴んでいるガウリイの満面の笑みをみていると、これが現実で本当に優勝できたのだという喜びがじわじわとリナの胸にも湧き上がってきた。

「……ガウリイ!」

 思わず、ガウリイのその首にリナは飛び縋っていた。
 急に抱きつかれて驚いたようだったが、太い腕がすぐに背中に回ってきて支えてくれる。

 大会に参加した目的は財宝を手に入れるためだったけれど、それよりも二人で頑張ってきたことを認められたことが、二人で成し得たこの成果が、今のリナにとって何よりもずっと嬉しかった。
 生き死にをかけた戦闘の勝利とはまた違う高揚がリナを包む。

 しがみ付いていた腕を緩めて、ガウリイと顔を合わせる。彼はにっこり笑うと、目が潤んでしまっているリナの頭をぽふぽふと撫でて宥めてきた。

 ペアがガウリイだったから、ここまで頑張ることが出来たんだ――

 自分でも大げさなと思いながら目が潤んでしまうのを抑えることができない。ぐっと堪えながらとびきりの笑顔になると、目のふちの涙がますます零れそうになってしまう。

「ありがとう、ガウリイ」

 思っていたよりもずっと素直に礼を言うことができた。
 それを聞いたガウリイの嬉しそうな笑みが深くなる。背中に回された腕に力がこもり、そしてリナを見る瞳が不意に近付いてくる。

 何、と思うよりも先に唇が柔らかく塞がれた。
 ――リナの目が驚愕に見開く。






 歓声とは違うざわめきに、主催の講評を聞いていたアメリアは大広間を見返した。
 すぐ視界に入ったのは人を割ってフロアから走り去る赤いドレスの――リナの後ろ姿だった。ヒールの靴音がやけに大きく響いて聞こえた気がした。

 何が何だかわからないが、また喧嘩でもしてしまったのだろうかとアメリアは頭を抱えたい気持ちになった。リナがいた場所には頬を押さえて突っ立っているガウリイがいて、やがてはっと我を取り戻し、彼女を追いかけて走り出そうとする。

「ガウリイさん、これを!」

 咄嗟に叫んで、アメリアは振りかぶった。
 手に持っていた小箱を思いっきりぶん投げると、主催や周囲の審査員たちがひいぃと気絶しそうな悲鳴を上げた。飛んできた小箱をやすやすと片手で受け取り、それを見てガウリイは不思議そうな顔をする。

「リナさんに渡してください、優勝の賞品が入ってます!
 仲直りするんですよー!」

「ああ、ありがとう!」

 言って、背を向けるとすぐにガウリイは大広間を去る。魔法を使ってなければヒールのリナに追いつくのにさほど時間はかからないだろう。

「まったく、こんな時にまで……あの二人らしいですけど」

 賞品でリナの機嫌が直ることを祈りながら、アメリアは二人の去った出口を見やった。













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