二人は踊る、されど進まず 10無我夢中で走ったものの細いヒールに足を取られたリナは庭に面した通路で立ち止まり、混乱する思考をどうにか落ち着かせようとしていた。 柵にもたれかかった時に、ぽろっと一粒、涙が落ちる。 目尻に残っていた涙かさっきのショックの所為か。 涙を拭う手に自分の唇が触れて、リナは動きを止めた。 さっき、間違いなく唇が―― なぜ、どうして、と疑問がぐるぐる渦巻いている。彼を問い詰めたいが今は会いたくない。こんなに自分が混乱した状態で顔を合わせたくなかった。 しかし、大広間と違って明かりもなく真っ暗な庭を見ていると、背後から気配も消さずやって来る足音がした。よく知ったその気配が背後で立ち止まる。どんな顔をすればいいのかわからないリナは、暗い庭を見詰めたまま口火を切った。 「なによ……なんのつもりよっ……」 「ほれ、忘れ物だぞ」 「うひゃっ」 項にするりと触れる指先。ひんやりとした鎖が首元を撫でて、後ろで金具を止める動き。リナにネックレスがかけられた。 とたん、ペンダントトップが淡い光を放つ。 「うわっ、なんだこれ!? オレが持ってた時はこんな色じゃなかったぞ?」 リナが自分の胸元に視線を下ろすと、繊細な造りのガラス玉の中に淡く光るものがある。 「……これ、マナ・ドロップね。所有者によって光や色、魔力などの性質も変わるの」 「へぇ〜……」 まじまじと胸元のドロップを見ていたガウリイが少し視線を上げるとリナと目が合う。 「……綺麗だな」 リナを見つめながら、顔を近付けてくる。鼻が触れそうな距離まで近付いてきたその顔をリナは両手でばちっと遮った。 「なにするつもりっ?」 「……痛え……」 遮る両手をわしっと掴むと、ガウリイはそのままリナを引き寄せる。急に抱き寄せられて狼狽するリナを腕の中に閉じ込めて、くすくすと笑っていた。 「な、なによ! 調子に乗ってるんじゃないわよっ! 踊りが終わったらもう恋人同士じゃな……!」 それ以上は、唇で唇を塞がれて続けることができなかった。 薄着のドレスで外にいたせいで体が冷えてしまっていたのか、ガウリイの唇がとても温かく感じる。ガウリイもリナの唇を温めるようにゆっくり触れ合わせてくる。 (ガウリイと……キス、してる……) しっかりと抱き締めてくる力強さは踊っている時とはまた違う。 動悸が高まると温かさよりも熱でリナは苦しくなった。縋っていないと、とても立っていられない。 「ど……して……」 「ん?」 リナの背を撫でながら、ガウリイは瞼や頬にも愛おしげに口付けてくる。唇とはまた違うこそばゆさにリナは目を細める。 「……キスするの? あたしを愛してくれるのは『踊ってる間だけ』なんでしょ」 「あー……そういえば、言ったなあ」 「言ったなあ、って! あたしはあんたがあんなこと言うから――」 リナの額に唇を押し当てた後、ガウリイは耳元で囁いた。 「あれな、嘘だ」 「……うぁ?」 思わず気の抜けた声を出したリナを、間近で悪戯っ子のような眼差しで見てくる。 「実は、オレは『いつでも』リナを愛してる」 どうして大事な言葉をこうもさらりと言ってくれるのか。 リナがぱくぱくと空気を吸っている間にまたガウリイはリナの腰に腕を回し、踊るようにゆっくりと体を揺らす。 「本当に愛してる、って言ったら、お前さん踊るどころじゃなくなっちまうだろーが」 「なっ……そん、な……! じゃあ、あたしが、悩んでたのって……」 馬鹿みたいだ。 ガウリイは薄着のリナを温めるように抱え込むと今度はこめかみにキスをしてきた。顔中にキスしようと目論んでいるのではと思うほど、遠慮なくあちこちに口付けてくる。 「リナが気にしないように気を使ったんだけど、裏目だったか? ダンスはうまくいったけど」 「うそつき……!」 「すまん」 「それに、会場で急にキスされたし!」 「あんまり喜ぶお前さんの顔みてたら、オレも嬉しくって、どーしてもキスしたくなった」 「ばか」 文句を言ってもガウリイの腕の中にいるままだと、ただ拗ねながら甘えているように聞こえてしまう。 頤を持ち上げられ、またキスが降ってきた。 「ん……」 唇をなぞり合わせて、隙間から潜り込んできた舌にそっと応える。 苦しさと恥ずかしさに眩暈がする。 唇が離れた時に薄く目を開くと、真剣さの中にどこか恍惚としたガウリイの顔を見ることができた。その瞳をもっと覗き込もうとするとまた唇が塞がれてしまう。 次第に深くなるキスにもう何も考えることができない――。 力の入らないリナはすっかりガウリイにもたれかかっていた。 濡れた音を立ててやっと唇が離れると、ガウリイは火照る頬を撫でてくる。 「……また一緒に踊ってくれるか? 今度はフリじゃなくて、本当の恋人同士になって」 まだ自分の口から好きとも言ってないことにリナは気付いた。 恥ずかしさに躊躇する彼女の胸元で、持ち主の代わりに答えるようにマナ・ドロップが一瞬強く光る――そしてリナのか細い声の返事を聞いて、ガウリイは青い目を細めると再びキスを贈った。 ■ 終 ■
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