二人は踊る、されど進まず 8







 広い女性用控え室をアメリアは人ごみを縫って歩く。そして奥の壁際に探していた人影を見つけた。
 深紅のドレスは大勢の中にいてもすぐに目立つ色合いで、対比してリナの肌の白さをさらに印象付けている。髪を結い上げていると彼女の顔はますます小さく見えるし、そのバランスの良い立ち姿はまるで昔からダンサーであるようだ。
 自分の見立てに間違いなかったことに至極満足しながら、アメリアは声をかけた。

「リナさん! とても似合ってますよ〜!」

「あ、アメリア……ありがと」

 抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ったが、引きつった笑みの、どこかうかない様子のリナにアメリアは首を傾げた。

「どうかしたんですか?」

「……緊張してるのよ」

「え、ええっ! リナさんがぁ!?」

「あのね、あたしだって緊張くらいするわよ!
 しかもそれが普段やらないようなことなら、なおさら」

「大丈夫ですよう、あれだけ特訓したじゃないですか!
 ガウリイさんもちゃんとサポートしてくれますよ!」

「そうね……」

 リナは視線を落として黙り込む。
 めずらしくしおらしいリナの横顔をアメリアは心配そうに覗き込んだ。

「練習通りにすれば大丈夫ですよ。
 もう堂々と踊れるようになってますし」

「ん、わかってる」

 ここまできたら振り付けを覚えてるとか出来云々よりも気持ちの問題だと理解している。
 リナを揺り動かしている一番の原因は、あのガウリイの言葉だった。


『踊っている間だけでも』

『嘘でもいいから愛してくれ』

『オレも愛するから』


 ――踊っている間だけなの?――


 あの時聞けなかったひとこと。
 でも、きっと聞けなくてよかったのだとリナは自分に言い聞かせていた。ガウリイはただダンスのために提案してきたのだから、そんなことを聞いてしまえば、後々ガウリイもリナ自身も困ってしまっていただろう。

(ガウリイに他意はなかったのよ!)

 彼はいつもそうだし、ここでリナから二人の関係を問うようなことを言ってしまえば、いかにもガウリイを好きなように聞こえてしまうではないか。

 自分たちはただのパートナーなのだ。
 今日までの期間限定、ダンスの、そして日常では旅の――ただの『唯一無二』の、信頼できるパートナー。



「……リナさん、本当に大丈夫ですか?
 何か飲み物を持ってきましょうか?」

「ん、だいじょーぶよ。ありがとアメリア」

 無理矢理に笑って、リナはウォーミングアップがてらにぐっと伸びをした。
 控え室の入り口あたりから係員が出場者に呼びかけている声がする。

「そろそろねー。
 ほら、アメリアは審査員席に行かなきゃ!」

「あっ、もう時間ですか?
 それではリナさん……頑張ってください!」

「やれるだけやってみるわ」

 一緒に控え室を出て、まだどこか心配そうにしているアメリアをリナは見送った。度々振り返る彼女にひらひらと手をふる。
 そのままざわざわと騒がしい廊下に佇むリナは、遠目にも目立つ自分のパートナーを発見した。彼は目をぱちくりとさせながらこちらへ歩いてくる。

「……リナ?」

「なんで疑問系なのよ」

「や、めずらしい格好してるから」

「あんたもこのドレス見てたでしょ。それに人のこと言えないわよ?」

 礼服のガウリイを逆にじろじろと見遣ってリナは笑う。首元の蝶ネクタイに手を伸ばして形を整えてやった。

「歪んでるわ」

「お、ありがと」

 リナが触れている間、息を潜めるように二人とも黙ったままだった。練習でこれ以上はないというほどさんざん密着したのに、今更にたったこれだけでもこそばゆい恥ずかしさが湧き上がってくる。

 周囲には競技に出場するペアがたくさんいるが、自分たちペアはどのように見えているだろう?
 こうしていると恋人同士のようだ。
 でも――

「恋人気分は、踊るときだけなんだよね」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでも、ない」

「今何か言ってただろ?」

 リナの呟きが何だったかガウリイは聞いてくる。そしらぬ顔をしてくるりとそっぽを向くリナにガウリイはさらに問いかけようとしたが、それを遮って「出場者は集まってください」と案内の声が響いた。大勢のペアがぞろぞろと大広間へ歩き出す。

「さあて、出番ね! 行くわよガウリイ」

「お、おう」



 豊かなドレープのかかる幕の影で、出場者たちは己の名前が読み上げられる順番を待っていた。
 どれくらい待っただろうか、進行係の「ガブリエフ・インバースペア!」と読み上げる声が聞こえたのを合図に、リナたちは大広間に進み出た。
 目がくらむほどあたりはまばゆい。見上げると豪華なシャンデリアの照明のほかにも魔法の明かりがフェアリーソウルのようにあたりを舞い、瞬いていた。着飾った大勢の紳士淑女が大広間を取り囲み、次々現れるペアに拍手を送る。豪華絢爛な大広間をゆっくりと歩き、あらかじめ決められた定位置に並んで二人は一礼する。
 出場者が揃い、曲が始まるのを待つ間にガウリイが呟いた。

「そろそろ、だな」

「……最後のダンスね」

 これが終わったらまたいつも通りになるんだ――。

 安堵と、少しの切なさを込めてリナはガウリイににこりと微笑んだ。自ら彼の手に手を重ねて、ぴたりと『恋人のように』寄り添う。

 いつもの曲が鳴り響く。何十回と、二人で繰り返し繰り返し練習したあの曲。腰にガウリイの腕がまわり、素肌の背を暖かな手が支えてくる。視線を合わせながら呼吸がひとつに重なってくるのを感じる。
 リナは最初のステップを踏み出した。













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