二人は踊る、されど進まず 5







 練習は主にアメリアの部屋でしているが、公務などで彼女が不在の場合は自室を使っていた。しかしこの頃は振り付けを覚えて動きも大きくなり、自室での練習は手狭になってきている。なので、練習にいい場所はないかと探して二人は街中のダンスホールに来ていた。
 ビア・カフェとダンスホールを一緒にした造りで、中央のフロアには老若男女が楽しげに踊っている。夜にはもっと若者が増える場所なのだろう。田舎ではついぞ見られない光景にリナは感心した。

「ダンスホールなんてあったのね」

「大きな街にはわりとあるぞ。田舎の酒場だって、テーブルを退けて即席のホールになることあるだろ」

「そういうの何回かは見たことあるけど。
 ちゃんとしててこんな広いダンスホールに来るのは初めてだわ」

 端にある小さな舞台では楽団が賑やかな音楽を演奏している。ぐるっとホールを見渡していると、遊びで来た様子ではないグループがちらほらと見うけられた。

「あの人たちも舞踏大会の参加者かもね」

「あのへんの連中か?」

 リナが視線を向けた先、動きやすそうな薄手のぴったりした服装にヒールを履いている女性がいる。腕を組みながら男性数人と話をしていた。いかにも踊りを生業としていそうだし、取り巻きの男性と真剣に何か相談をしている様子だ。
 その名前も知らない女性の、立ち姿のスタイルの良さにリナは羨望するが、勝負はあくまでもダンスだと思い直す。リナにつられて女性を見ているガウリイの手をさっと取った。

「……さ、こーしてらんないわね。
 ちょっとやかましい場所だけど練習しよっか」

「お、おう」

 ガウリイは応えて、ごく自然にリナの腰に手を添えてくる。

(……うあー、これは、恥ずかしい!)

 ダンスホールに来た目的はもうひとつ、人目に慣れるためでもある。
 どれだけ部屋で練習しても観客は多くてアメリア一人だ。競技は大広間で大勢の観衆の前で行われるし、『見られる』ことに少しでも慣れておくためにこの場所を選んだのだが、こうして人前でぴたりと寄り添ってガウリイと踊るという状況は、リナにとって予想以上に試練であった。
 踊るうちに動きがだんだんとぎこちなくなる自分を心の中で叱咤し、振り付けを慎重に確認しながらリナはステップを踏む。

(いつもどおりでいいのよ、いつもどおりで)

 考えれば考えるほど動きが硬くなっていくようだ。
 自然に踊れていたところまで混乱のせいで振り付けを忘れてしまいそうになる。冷静な気持ちを取り戻したいリナは、基本のステップを繰り返しながらガウリイに話しかけた。

「……あの人たちも優勝賞品が目当てだと思うわ」

「なんとかドロップ、か?
 でも貰えるのってたった一滴なんだろ。そんなに貴重な物なのか?」

 こうして喋っているとガウリイの声が近すぎる。やさしい声音なのにリナは眉根をしかめた。アルコールの酔いに抵抗する時のように、一度ぎゅっと堅く目を閉じる。

「――マナ・ドロップはほんのちょっとでも財宝級のシロモノなのよ。
 特に魔道関係では高値で取引されるわね」

「マジックアイテムってことか」

 言って、ガウリイはリナをくるりと半回転させた。
 後ろから抱えられる形になりながらリナは話を続ける。すっぽりと包み込んでつむじのあたりにまでガウリイが顔を寄せているようで、どこかがむずむずする。

「……そう、魔力を持つ、液体の宝石って言われているわ。
 なんでも性質がころころ変わる物質らしくて、ちゃんとした研究がなされてないのよ。所有している魔道協会も少ないし滅多に貸してくんないし、まさに幻レベル。あたしも見たことがないわ」

「へえ。んじゃどうしてそんなのを持ってるんだ、その……主催する名家ってのは」

「ノイシュヴァン家。
 勇者の末裔の名家らしいわよ。どこかで聞いたのと似てるわよね。
 昔、そのご先祖様が大冒険の末にマナ・ドロップの雫を手に入れたんですって。んで、セイルーン王家に仕える今は剣を取る一族ではなくなってしまったけれど、文化振興に力を入れていて、マナ・ドロップを賞品にした舞踏大会などを開催しているのよ」

「ふうん」

 適当な相槌が聞こえる。きっとこれっぽっちも覚えられないだろうが、リナは話を続けた。

「だから主催側としては優勝者の名誉を讃えるための賞品なんだけど、この頃は名誉よりもマナ・ドロップそのものを手に入れるための参加が増えてるらしいわ」

「まさしくオレたちがそうじゃないか」

「んー確かに不純な参加動機ね」

 リナの腕に片手を重ねていたガウリイがぐいと引っ張ってきた。また半回転して向かい合わせとなる。背に回った大きな手に引き寄せられて、ぴたりと体が密着した。

「ま、とことん付き合うさ」

 顔を上げると鼻先を突き合わせるほど近くに、俯いてこっちを見るガウリイの顔があった。ヒールを履いているといつもより顔の距離が近くなって驚いてしまう。
 面食らったリナは咄嗟にガウリイの手を押しのけると、数歩後ろへ下がった。

「どーした?」

「ん……ちょっと集中できなくって」

 あれだけ繰り返し練習しているというのに、人前に出たら動揺して踊れなくなってしまうとは。息を合わせるどころの話じゃない。
 いぶかしむガウリイの視線を受け止めることができない。
 リナはくるりときびすを返した――頭を冷やさなければ。

「……喉渇いた。
 水、飲んでくるわ」

「あ、ああ」





 ほんの一口水を飲んで、リナはほうと息をつく。
 なぜだか、まだどきどきしている。

(あたしってこんなに緊張する性格だったっけ?)

 ホールにいるのは観客ではなく自分らと同じただの客だというのに。
 グラスに残る水を一気に飲み干し、自分の頬をぺちぺちと叩いた。

「集中するのよ、集中!」

 よし、と気合を入れて再びホールへと踏み出す。見渡すとすぐに頭ひとつ飛び出した金色の頭を見つけたが、近くまできてリナの歩みはぴたりと止まった。

「だから、オレにはパートナーがいて……」

「さっきの女の子でしょ?
 見ててわかるけどダンスは素人よね、彼女。
 あなたは上手いのにもったいないわ」

 これは――スカウトだ。













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