二人は踊る、されど進まず 6







 さっき遠目に見たあの女性が、ガウリイに詰め寄っていた。性能の良いリナの地獄耳はその会話の内容をつぶさに聞き取る。
 やはり彼女は舞踏大会の賞品を狙うダンサーなのだ。あの取り巻きの男性たちは彼女のパートナー候補だったのだろうか? しかし彼女は、パートナーとして彼らではなくホールで見つけたガウリイに目を付けたようだ。

(そんなに近寄らなくても話はできるでしょうが。ガウリイもなにおどおどしてんのよ!)

「あなた見栄えもいいから高得点狙えるし。
 バランスを考えて私と組んだほうがいいわよ!」

「いや、オレはべつに優勝したいわけじゃなくて……」

「大丈夫、取り分についてはちゃんと相談してあげるから。
 高値で売り捌けるルートがあるの」

 言って、女性は自分の腕をするりとガウリイの腕に絡めた。何気に甘える眼差しで彼を見上げてくる。金以外にも報酬はあるという意味だろうか。

(なにしてんのよガウリイ! ビシッと断りなさいよビシィッと!!)

「や、金目当てじゃないんだ。
 確かにあいつはまだ下手かもしれないけど……」

 困った表情でガウリイは頬を掻く。どう断ったものかと普段使わない頭を使おうとしているようだが――リナは『まだ下手』という彼の言葉に強く反応していた。

(なによ……やっぱりあたしは足手まといってわけ?)

 ぎり、と唇を噛み締めたところでガウリイがぱっと振り向く。
 リナを認めて、ほっとした表情を見せた。

「リナ! よかった、この人なかなかオレの話をきいてくれなくて。お前さんから説明……っておい、どこ行くんだ?」

「うっさい! あのねーちゃんと組みゃいいじゃない!」

「なんだ、なに怒ってるんだ? 待てって!」

 しっかり掴んでいたはずの腕をするりとガウリイに払われた女性は、慌ててリナを追う彼をさらに追ってくる。カルガモの親子のように列を成しながら三人は脇目もふらずにずかずかとホールを突っ切って歩いていた。

「おい、待てよ!」

 ぐいっと肩を掴まれてリナの歩みは妨げられた。
 やっと振り返ったリナはガウリイとその後ろの女性を遠慮なくぎろりと睨みつける。

「……何度断ってもついてくるんだよ。お前さんからも言ってくれ、頼むから」

 大の男がこんな少女を頼るとは何事か。
 そんな情けない顔で見てくるな。

 リナはふうと不機嫌な溜息を盛大について、彼の後ろで諦め悪く二人の様子を伺う女性に向かい直った。ガウリイをぴっと指差す。

「『これ』はね、あたしと組んでるの。ダンスだけじゃなくて他にもいろいろと。だから『これ』を譲ることはできないわ。
 ……悪いけど練習の邪魔しないでくれる?」

 ちっとも「悪い」と思ってなさそうな、だるい口調でいてきっぱりと言う。女性は目を丸くしてガウリイとリナを見比べていたが、リナの噛み付くような剣呑な視線に肩を竦め、やがて諦めて去って行った。きっと、またあの取り巻きたちのもとに戻って数日後に迫った大会について相談をするだろう。

(その中からパートナーを選べばいいのよ。
 あたしにはガウリイだけで、他に選択肢はないってのに!)

「……なんか、すごい断り方だったな。オレがアイテムみたいだったぞ」

「話が通じない人にはきっぱり言ったほうがいいのよ。それを、あんたは、だらだら遠まわしに言うから……」

「なんだ聞いてたのか。だったらもっと早く助けてくれよ!」

「このくらい自分でなんとかしなさいよ。いい年して、馬鹿じゃないの」

「そんな言い方することないだろ」

 人の良い彼があまり女性を無碍にできないと知っている。それをわかっていてリナの機嫌はそうそう直りそうになかった。
 腹の底からむかむかと湧き上がるものを唾を飲むように抑え込み、ふくれっつらのままリナは最初のフォームをとった。

「さ、時間もないから練習するわよ」

「あ、ああ……」

 ガウリイに手を取られると少しも待たずにリナは踊り始めた。息も合わさず始めたので二人の動きがちぐはぐになるが、ガウリイが即座に繕って動きを合わせてくる。嫌がらせのように自分勝手に踊り続け、なんて子供じみた行動なんだろうと自分でも思いながらリナはひねくれたステップを踏んだ。
 ぐっと腰の後ろを抱えられ、体がひたりと重なる。反らした顔にガウリイが話しかけてくる。

「こら、合わせて踊れ。オレの足をそんなに踏みたいのか?」

「うるさいわね。『まだ下手』で悪かったわね!」

 言って、今度は逆向きに顔を背ける。
 言葉を交わしながらも踊りは止まらないでいた。密着したまま複雑に続くステップはリナがとても苦労した部分だったが、今はもう無意識にこなせるほどに上達している。ほんの少し間違っただけで互いの邪魔をすることになってしまい全てが崩れてしまうパートなのだが、その難しさも忘れてリナは怒っていた。

「あたしよりも上手くて綺麗なあの女の人と踊りたかったなーなんて思ってるんじゃないの!」

「おい、オレはリナが出るからって付き合わされてるんだぞ!
 誰とでもいいから踊りたいとか、優勝したくてやってるわけじゃない」

 リナの上体がぱっと離れる。
 逃げる指先をガウリイが捕まえて、また引き寄せて顔を合わせる――彼女の怒りを含んだ瞳は燃えるような激しさを含んでいる。

「そりゃ、あたしとじゃ優勝なんて無理だもんね!」

「だから、オレは優勝にも賞品にもこだわってないって!」

 言い争いの途中にリナを支える腕がふっと離された。
 背中から床にリナが倒れ込み――すれすれでガウリイの腕がリナを攫い、細い体と片足を掬い上げる。結んだ栗色の髪だけが床に触れて、すぐに離れていった。

(あたしがこんなふうに)

 支えるガウリイの首に、リナの白い腕が回される。

(信頼してまかせてられるの、ガウリイだけなのに!)

 ガウリイに抱えられて一回転した後、ふわりと床に降ろされたリナは軽やかなステップを再開した。

「無理矢理、あたしと踊る羽目になって悪かったわね」

「誰も迷惑とか言ってないだろうが!」

「いーのよ別に、他の人と踊れば? 足を踏まない人と!」

 踊りながらの憎まれ口が止まらない。そしてそんなことを言いつつも、もしガウリイが他の女性とパートナーを組んだら、と思うだけでぐうっと胸の奥が痛くなる。

(ああ、想像するだけでむかつく!)

 リナはガウリイから少し離れると、細い靴のつま先を上手く使ってくるくるとスピンした。
 怒り交じりの思い切った回転はこれまでになくキレが良い――そして、ガウリイの腕の中にぽすんと取り込まれる。
 二人で、きょとんと顔を見合わせた。

「……あれ? このパートってこんなふうに出来たっけ?」

「……今のタイミング、すごくよかったな」

 リナは細腕をガウリイの首に回したまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 なんだかわかってきたような気がする。

「今の、忘れないうちにもっかいやってみていい?」

「おう!」





 ■ ■ ■





 リナはフロアの端に座り込んだ。
 気付けば、またくたくたになるまで踊り詰めていた。でも納得いくまで練習できたので満足感がある。それに、もう周囲の目も気にならない。

(自分に自信がないから人に見られたくないんだわ)

 「私を見て!」と自信過剰になれるレベルにはなってないし、まだ練習の余地もたくさんあるが、見られることに少しは慣れてきた。

(ガウリイより下手なんだろうけど、気にしすぎてはダメね)

 我侭な自分にも根気よく付き合ってくれるガウリイのことを思う。
 やはりパートナーは、彼以外ありえないのだ。

(……あれ? そういえば、さっき喧嘩してたんだっけ?)

 ほぼリナの八つ当たりが原因の口喧嘩を思い出した。
 踊りに夢中になっているうちにすっかり忘れていた。

 さっきはどうしてあんなにカリカリしていたんだっけ?
 ――考えているところに、頭からタオルをばさりと被された。そのままぐりぐりと撫でられる。

「んぐぐぅ〜! なにすんのよっ!」

 タオルを振り払うと、いつの間にか正面に座り込んできたガウリイと目が合う。にこりと青い目を細めて笑った。

「だいぶ練習したけど、歩いて帰れるか? 大丈夫か?」

「靴を履きかえれば平気よ。浮遊も使えるし」

「オレがおぶっていってもいいしなー」

「やあよ、街中でそんな恥ずかしいコト」

「そうかあ? 無理はするなよ。
 宿に帰ったら、足湯の準備すっか」

 何とはなしに言ってリナの足の甲をそっと撫でてくるガウリイの手をリナはぺちりと叩いた。
 日々の練習の後、彼が足湯でリナを労わってくれるのはすっかり日課になりつつある。それを思い出すだけでリナはどこかが温かくなるのだ。
 薄く染まる頬を見て、ガウリイは穏やかに微笑んだ。













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