リメインズレイダー 9

 地脈連結呪文なんて聞くと仰々しいが、発動のための魔法陣やら構成はすべて魔道システムがお膳立てしてくれている。一番最初の、あの転送魔法陣を自力で分析したことに比べれば楽なことこの上ない。

 あたしはシステムが表示してくれた魔法陣にざっと目を通す。
「なるほど……地脈に流れる魔力を探索して拾い上げ、あらかじめ作っておいた魔道システムに繋げているのね。構造的には自動デーモン発生装置と似たものがある」
 初めて見るその構造と術式理論に探求心が刺激されるけども――エネルギーを得ることが先決。ここで新たに知った魔道の研究はあたしが無事地上に戻ることができてから、だ。

「始めるわよ」
 システムに告げて、詠唱を始める。あたしの眼前にあった魔方陣が強く光り出した。詠唱を終えると同時に『認証』という文字が出て、いったん全てが闇に覆い尽くされる。

 どれほどだろう――三回、深い呼吸をするくらいの時間を待つと、部屋のあちこちで小さい光が点滅をはじめる。
 とたんに室内の全てが変わった。
 薄暗かった照明は眩しいものに変わり、暗がりに慣れた目を刺激する。


「あっさり成功ね。これでエネルギー不足が解消……ってなにアレ」
 目をしぱしぱさせながら室内を見回し――あたしは、あるものに気付いて固まった。

 さっきまで何もなかったはずの空間に、天井近くまで伸びた高い塔のようなものが出現していたのだ。
 見上げるあたしの視界に入る、塔の頂上に立つ人影。
「……女の子?」
 てっぺんには、白い服を着た女の子がすっくと背を伸ばし立っている。そして――

「とうっ!!」
「おおう!?」
 気合いとともに飛び降りる彼女。なんだかよくわからないがそのバックには照明効果。派手な効果音までついている。
 地面にごろごろっと転がりながら着地し、そのままぴたっとポーズを決めた。
「千年ぶりにっ! 登・場!」
 ここの地面は土じゃないのに、なぜか砂ぼこりがもうもうと舞っているし。
「……もしかしてホログラム投影?」
 胸を張って立つ、元気いっぱいな彼女におそるおそる近寄り、あたしはその肩に手を伸ばしてみる――予想通り、手は肩に触れずつき抜けた。彼女の背後にあった高い塔はいつの間にか消えている。
「私はシステム・アメリア。通常モードで起動したため、対話しやすい姿になれました!」
 ぐっとこぶしを握って正面にかざす。どうやら好調なところをアピールしているらしい。
「なんだかやたらめったら熱いわね……あなたはさっきまであたしとやりとりしていた『魔道システム』で、通常モードの場合はその姿になるってこと?」
「そうです! いろんな服装に変更はできますが――」
 彼女の服が、ぱっ・ぱっ・と変わっていく。そしてまた最初の白い服に戻った。
「人格と姿はいちおう固定されておりますっ」
 言ってにこっと笑う。うん、すごく親しみやすいけど。あの派手な登場に何か意味はあったんだろうか……?
「つうか、なんで塔のてっぺんから登場したの?」
「かっこいいからに決まってるじゃないですか! 私に登録されているデータの中では、とあるヒロイック・サーガ主人公のこの登場の仕方が群を抜いて一番かっこいいのですっ」
 断言された。
 ――人口知能に極端な選り好みってあっていいんだろうか?
 最初からそうやって人格設定されてるんなら仕方ないけどさあ……。

「それはさておき!」
 システム・アメリアがあたしにぐっと詰め寄る。
「魔道士さま、ありがとうございます! お陰で都市機能が復活しました!」
「リナ――でいいわよ」
「では、リナさん、で」
「じゃああたしはアメリアって呼ばせてもらうわね」
「よろしくお願いしますっ!」
 親近感のわく微笑みを見せたあと、アメリアは頭上にゆっくりと手をかざす。
「復活した機能を使って、都市内部を逐次サーチしています。現状報告しますね」
 彼女のかざした手の上に、1メートル四方ほどの五芒星魔法陣が出現した――いや、これは魔法陣ではない。
「もしかして、それってここの地図?」
「そうです。この避難都市は五芒星の地形をしています。現在地がこちら」
 アメリアが言うと、五芒星の中央がぴこんと光った。おお、便利。
「リナさんが最初にいらした場所が、ここです」
 今度は五芒星の左下にある頂点の部分が点滅する。
「そして――これが、都市内部にいるレッサー・デーモンの分布です」
 彼女が言い終わると同時に、地図に無数の赤い点がついた。
「うええええっ!? ……って、こんなに……まだうろうろしてるってこと!?」
「そうみたいです……」
 アメリアが今度はしゅんとして肩を落とす。

 ここに到着するまで、骸骨男とさんざんデーモン退治をしてきたってのに、あれは全体数からするとまだほんの一部だったらしい……。転送ゲートを修復してもらうにしてもこのデーモンをどうにかしないと、ゲートにはとてもたどり着けない。
「さすがにこの数は……あたし一人じゃとても……」
 リアルタイムで更新されているらしきデーモンの赤い点を見ながら、唸った。
「アメリア、あなたは戦うことはできないのよね?」
「はい……そもそもここは避難都市で、こういった事態は想定していないのです。私は空調や交通機能、生活線の管理が主でして……」
 彼女は実体がないAI。デーモンに対抗するといっても、操作してドアの開け閉めくらいしかできないのだろう。

「うん? 都市の管理?」
 何かが引っかかり、あたしは腕を組んでじっと考え込む。
「水道の管理もアメリアがしていたの?」
「はい、そうです」
「あの最上階から最下層まで?」
「ええ、全部を見ていますよ。今は水道管もあちこち壊れているようですが……」
「それよ!」
「はい?」


 アメリアに指示して地図を拡大してもらう。
「確か防火壁があるって言ってたわね」
「はい、万一の火災に備えて各所に防火壁が設けられています」
 地図上で、防火壁が設置されている箇所が無数に光った。
「あなたの操作で、その防火壁やドアを閉めてルートを作って、上から大量の水を流し込むことってできない?」
 アメリアがはっと驚いた顔をする。
「……すごいです、リナさん! それでデーモンを一気に押し流すんですね!?」
「そうよ、いくらデーモンでも強力な水圧にはひとたまりもないはず。ここは水が豊富だし、その方法がうまくいくんなら一気にカタをつけられるわ」
「私、できます! やりましょう!」
 いさみ立つアメリアの後ろに、赤いオーラのようなものがぼっと燃え上がる。ついでにジャジャーンと効果音まで鳴らしている。
「やたら熱いわね……」
 彼女といいガウリイといい、この地下都市には変な人ばっかり住んでいたんだろうか……?
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