リメインズレイダー 8

 ひたひたと、薄暗い廊下をあたしは歩く。自分の足音以外には何も物音はなく、ひたすら、耳が痛くなるほどに静かだった。
「遺跡って……こんなに静かだったっけ」
 独り言を言ってから気が付いた。
 こんなに静かなのはガウリイがいないせいだ。
 この地下遺跡に入ってすぐあの骸骨男に出会って、それからずっと二人で行動していた。静寂も、さみしさも感じないですんだのはあいつがいたからだったのだ。

 あたしはこれまで遺跡調査のエージェントとして一匹狼でやってきて――相棒が必要だなんて思ったこと、たったの一度もなかったのに。単独行動が「あたりまえ」で「普通」だった。
 骸骨が側にいないことが、こんなにも心細くさせるなんて。

 依存して頼り切っていたわけでもないし、逆に骸骨男から寄りかかられているわけでもなかった。あたしたちはあの短時間で、いつの間にかただ信頼しあう関係を築いていた。
 表情も、体温の温かさもない骸骨だったけれど、彼は本当にいいやつだった。
 あたしを守ると気を払いながらもあたしの実力を認め、決して侮らなかった。そして一見軽忽そうに振る舞いつつ、裏では常に冷静に状況を判断していた。
 生身でない骸骨でも、ガウリイは今まで会ってきた中で誰よりも一番まともな『真の剣士』たる人物だったのだ。

 なのに――あたしはまた一人になってしまった。
 思いのほかショックを受けているのを自覚しつつ、あたしは重い足取りでとぼとぼと管理棟の内部をうろつく。
 通路の行く先には分岐があり、歩きながらどちらへ進むべきが考えていると―うちひとつの廊下の照明が、ぱっとついた。片方は暗いままだ。
「へ? これって……こっちに行けってこと?」
 建物の内部も薄暗い照明があって、完全な暗闇ではなかった。その明りを頼りに進んでいたのだが、ふと後ろを振り返ってみると、歩いてきた経路の照明がいつの間にか消えている。
 つまり、あたしのいる場所と進む方向にだけ照明がつくという省エネ仕様のようだ。

 これまでに通ってきた遺跡内部よりも、管理棟は都市機能が稼働していた。出入口のドアは自動で開閉するし、このとおり照明もあたしのいる場所をピンポイントで照らしている。
 やっぱり管理システムの中枢だから防護レベルを高くしているのだろうか。管理棟内部にまでデーモンが侵入した様子は見あたらなかった。
 行先を勝手に示してくれる照明に従い、あたしはどんどん管理棟の内部へ進んでいく。


*****


 これまでで一番大きなドアがゆっくりと開いた。
 内部は、最初の転送魔法陣があった場所に似た広いドーム状になっている。
 ぼんやりとした頼りなげな照明が灯る部屋の中央まで進んで、あたしは精神統一する。
 ここが管理室なら、あたしの魔力に反応するはず――

 はたして、読み通り正面に一抱えほどの円形魔法陣が出現する。
 ディスプレイのように外枠と内枠の動く魔法陣の中央に、あたしにも読める古代文字が流れてきた。
「ええと――『ようこそ、避難都市へ』?」
 あたしの読み上げが終わると文字が消え、また次の文字が現れる。
「『エネルギー供給に異常があり、セーフモードにて稼働しています』ぅ?」
 また、文字が消えた。
 ひょっとして――あたしはこの調子で魔法陣とやりとりを続けなくちゃなんないの……?

「質問には答えられる? どうしてエネルギー供給に異常が出たの?」
 すると、長い文章がつらつらと流れてきた。

『お答えしましょう。この避難都市は地脈の流れに沿う魔力に連結し、稼働していました。しかし年月の経過するうち、地殻変動などの理由により地脈が移動してしまったのです』

 あたしの読み上げが終わるのを待って、新たな文章が出てくる。

『私は都市のシステム管理をしてはおりますが、人工知能であるため、既存設定の維持しかできず、地脈を探して修正連結させる魔道は使えません』

 なるほど。人工知能で魔道を利用したシステム管理はできても、魔道そのものを新たに行使することはできないということか。

『そのため、僅かなエネルギーで最低限の都市機能を稼働させ、ここに魔道士が訪れてくるのをずっとお待ちしていたのです』

「つまりエネルギー不足は単純に経年のせいともいえるのね。じゃあ、レッサー・デーモンの大量発生の理由はわかる?」

『わかりません。ある日突然現れました』

「そんだけっ!?」

『正確に言えば2420日前、第三住宅エリア突如地脈連動型魔法陣が現れ、そこから定期的にレッサー・デーモンが出現するようになりました。貴重なエネルギーを使用して防火壁で区画を閉鎖し、閉じ込めようとしましたが無駄だったので諦めました』

「……諦めたんだ……」

『対応能力に限界がありますので』

 突然魔法陣が現れたってことは、やはり外部からの干渉で、偶然にデーモン召喚が始まってしまったのだろう。
「ねえ、あたしの目的はとにかく地上に戻りたいんだけど――どうやったらここから出られる?」

『当初、都市内部には六箇所の転送ゲートがありましたが、時間経過とともに地上のゲートから使用不能になっていき、使用できるのは一箇所のみとなっていました。しかし、それも一日前に内部ゲートの破損により使えなくなりました』

「はあぁっ?」
 あたしが遺跡に入ったあとにデーモンに壊されたあのゲート……あれが唯一の出入り口だったってわけ!?
「ちょ、ちょっと……あれってもう直せないの?」

『エネルギー不足のため直せません』

「エネルギー不足が解消されれば直せるってこと?」

『はい。都市機能が戻ればゲート修復は容易です』

 よし! とにかくエネルギーが戻れば地上には出られるっぽい。
「わかったわ。この都市の動力源をどうにかしましょう。おおもとの地脈連結呪文をやり直せばいいのよね、たぶん。呪文の構成とかのサポートはしてくれるんでしょ?」
 あたしは自分の手のひらと拳を打ち鳴らして気合を入れる。
 ――地下都市の復活だ。
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