リメインズレイダー 10

 アメリアは稼働可能な防火壁やドアを確認し、レッサー・デーモンを押し流すのに最も効果的となるルートを構築し始めた。
「もちろん、うまくいくようにシミュレートしてはいるんですけど、なにぶん老朽化してますので予想通りになるかどうか……それに、防火壁を閉じた直後に水流がくるようにしなければ壁を破られる恐れもあるので、タイミングも慎重に見計らわなければなりません」
「へええ……こんなに何箇所もいっぺんに放水して、アメリアが全部を統制できるの?」
「造作もありませんっ。さ、シミュレート終了しました。これから放水を開始します」
「はやっ」
 処理能力の速さにさすがと舌を巻いているうちに、もうアメリアの『デーモン水攻め駆除作戦』は始まっていたらしい。3Dで立体表示させている地図に、閉じた防火壁のマークが増えていく。


「――効果あるみたいよ、アメリア! デーモンがどんどん消えていってる」
 立体地図に表示されているデーモンを表す赤い点は、流されて下に移動したり途中で消えたりと、目に見えて減っていた。まだ上層階に残っている光点もいくつかありはするが、放水は何度か分けて行う予定なので、またそのときに再びターゲットにするのだろう。

「いっけー! もっと押し流せ~!!」
 アメリアは鼻息荒くして、血気盛んにこぶしをぶんぶんと振っている……すんごく楽しそう。
「……あなた本当に人工知能?」
「もちろんですよう! 私、都市のシステム管理しかできないのに、自力でこんなふうに戦えるなんて思いもしなかったのでちょっと興奮してしまいました。本来は、私で対処できないこういった事態のために『守護者』がいて……」
 アメリアがはたと動きを止めてあたしに注視した。
「そういえば、守護者に着任した――ガウリイさんはどうしていないんです? ここに来た時、最初に会いませんでしたか?」
「知らないの?」
「なにがですか?」
 あの骸骨がいなくなったとき、まだセーフモードだったのでアメリアは知らないのだろう。

「……いないことに今さら気付いたの? ガウリイは……」
 いったん言葉をとめて、あたしはふうと息を吐く。
「……管理棟に来るまでは一緒だったんだけど、レッサー・デーモンとの戦闘中に……消滅してしまったの」
 アメリアはきょとんとしている。
「……は? しょ、消滅? 消滅って、消えちゃったんですか?」
「ええ、そうよ」
「そんな……それって……」
 顎に手を当てて考え込んでいる。駆除作戦の地図から彼女は目をはなしているものの、滞りなく駆除は進んでいるので、バックグラウンド処理で実行してるのだろう。

「……消滅するなんて、想定外です。ちょっと調べてみますね」
 そう言って、ほんの数秒後。
「――リナさん、やっぱり『守護者』は消えたわけではなく、一時的にリセット状態にあるようです」
「リセット?」
「セーフモードで喚ばれたため耐久値が低く、少しのダメージで保持の限界になってしまい、リセットされてしまったみたいですね」
「じゃあ、あいつは死んでないのね!?」
「そうです」
「よかった……!」
「ええ、ほんとによかったです!」
 しばらく、二人でニコニコと笑い合い――

「……で、アメリアがガウリイをまた出してくれるわけじゃないの?」
「へ!?」
「あなたが登場したときの高い塔みたいに、ぽん! って」
「いやいやいや! 私じゃできません! ご存知のとおり私自身は魔道が使えませんので、再びガウリイさんを出したいのなら、魔道士であるリナさんが呪文で喚び出せばいいんです」
「ええええ、あたしが!?」
「リナさんの魔力容量なら問題無し! またサポートしますからっ」
 アメリアが言うと同時に、地面にでかい魔法陣とその使い方みたいな文字列が大量に「ぽんっ」と出てきたのだった。
 な、なにこの……いますぐ実行せざるを得ない状況は!?


*****


「説明文は全部お読みいただけました?」
「……こんな契約書みたいなダラダラ長すぎる文章、短時間で読めるかあっ!」
 まわりくどく、どーでもいいところまで説明されてる文章の中からあたしは術の起動に必要な部分を見つけ、そこだけにじっくり目を通す……あーうん、これならできるかも。
「よしっ、ちゃっちゃとやっちゃってあの寝ぼすけを起こすわよ!」

 集中して魔力を集め、魔法陣を起動。アメリアのサポートのもと『守護者』に呼びかけるカオス・ワーズを朗々と紡ぐ。
 これで、またあののほほんとした骸骨戦士に会える――

 魔法陣からのまばゆい光が次第に収まっていく。
「………………」
 呪文は手順通り完全に遂行した。
 あたりはしぃん、と静まり返っている。
 固唾を飲んで見守っているアメリアに視線をやる。
「………………あれ?」
 あたしは魔法陣をもう一度見る。それから周囲をぐるりと見回す。
「ねえ、何も起こらないけど……もしかして、失敗?」
 もっかい、アメリアに顔を向けて聞いてみる。
 アメリアは引き攣った笑みを浮かべながらふるふると顔を横に振った。
「成功してます……でも、出現する場所を設定しておくの、うっかり忘れてました。たぶん『守護者』は、さきほど消滅したという場所に出現しています」
「っええええええ!?」
 アメリアがてへっとごまかし笑いをする。
 本当に人工知能なんだろーか、この子……。
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