レッサー・デーモンはたいした規則性もなく遺跡のあちこちに出没している。逃げられそうな地形だったら骸骨男を抱えて翔封界で移動したり、余計な体力を使わないようにしているものの――避けられない戦闘が何度もあった。
ガウリイによるとどうやらこの辺りにも気配を感じるらしいし……。
あたしは展望台のように張り出している場所から、向こう側に見える建造物を見下ろした。
「あれが管理棟ね」
ガウリイの返答を聞くまでもない。管理棟は明らかに巨大で、他の建物と趣が少し異なっている。放射線状に切り立った崖のような建物が並び、その中心部に円柱形の建物として管理棟があった。
「生活するためのいろんな管理をここでしてるんだ。システムのある『管理室』は、ちょうど中層階のど真ん中らへんにある」
現在のところ、うすぼんやりと照明を照らすほどにしか駆動していない魔道システムがどの程度まで使えるかわからないけれど―あたしが地上に脱出するためには、どうしても管理室へ行ってみるしかない。
「あの空中通路から行けばすぐね」
目的の管理室へは、ここから空中通路を使えば最短距離になりそうだった。
その空中通路に向けて一歩踏み出そうとするあたしに、ガウリイが鋭い声を投げる。
「リナ……来るぞ」
「どのくらい?」
「わりとたくさん」
「……適当ねー」
言いながら唇を噛む。
どうやら、この骸骨男にも把握できない数のデーモンが近付いているらしい。
「とりあえず管理棟に向かおう。空中通路は細いから、四方から来られるよりは捌きやすいはずだ」
「そうね……わかったわ」
*****
計画するのは簡単だけど、すべてが思うように運ぶのならば苦労はしない。
「ほんっとに、多いわね!!」
あたしの放った黒妖陣で一匹のレッサー・デーモンが塵になる。でも、その塵の向こう側からデーモンの放った炎の矢が次々とあたしたちに襲い来る!
すぐさま、ガウリイの剣が幾本もの炎の矢を斬り払う。
この炎の矢がなかなかにやっかいで……。
こっちは遺跡の内部だから手加減した呪文しか使えないというのに、デーモンどもは容赦なしにばかすか撃ってくるし!
「あーもうっ! きりがないわね!」
「リナ、上に気を付けろ!」
「へ……!?」
見上げると、上の回廊から数匹が飛び降りてくるところだった。どすんと衝撃に地面を揺らし、次から次へとやってくる。
「気付いたデーモンがどんどんここに集まってきてるぜ!」
管理棟を囲むかのように、レッサー・デーモンの影がちらついている。
「にし……ても、多すぎよっ!」
戦ううち、次第に息の上がってくるあたしを背後にかばい、骸骨男がレッサー・デーモンの前に立ち塞がった。
「リナ、先に向こうまで渡って行け」
「へ? ここを?」
言われて、管理棟に架かる空中通路をあたしは振り返る。
ここは最下層からものすっごい高さがある。辺りは薄暗いし、ところどころの壊れた水路から落ちる水しぶきのもやで、下の地面はまったく見えない。
「い……いまここを渡れっての!?」
そりゃ、渡るつもりでここまで来たんだけど。炎の矢を放ってくるデーモンに背中を見せながらここを渡るのは――はっきり言って恐怖心が先立つ。
「大丈夫だ、こいつらは全部オレが足止めするから!」
「で、でもっ」
ガウリイだって、数に押され気味だ。ここは二人で通路を渡りきって、それから広域呪文で一気にカタを……いや、やっぱりそのせいで建物や天井が崩れたら管理棟にまで被害が及ぶかもしれないし――
「あぶないっ」
「んぎゃっ!」
ガウリイに押し潰されるようにして転ばされた。あたしのすぐ横を炎の矢がかすめていく。あちい。
「仕方ない」
「はへ?」
ガウリイはあたしの両脇から手を入れ、ぐいっと持ち上げた。足が地面から浮く。
「リナ、先に管理室に行くんだ」
「え、なに、を――」
もう見慣れてきた骸骨の顔を見上げるが、彼が何を考えてるのか、今は少しも読み取れない。
「歯ぁ喰いしばれ!」
突然、ガウリイはあたしを持つ腕に勢いをつけ、振りかぶる。
全身が放り出される浮遊感に目を剥いた。
「どっせええぇいっ!」
「んにゃぁあああああ!?」
まるで荷物のようにぶん投げられ、あたしは管理棟側にずしゃあっと滑り込むように転がり落ちた。すごい勢いだったけど――どういうコントロールなのか、背中のバックパックから着地したせいかあたしにダメージはない。
「ちょ……っとホネ男! どーいう扱いしてくれんのよっ!?」
「あーすまんすまん」
飛び起きて怒鳴るあたしに軽く謝りながら、ガウリイは斬妖剣を一閃、大きく払う。そして再び振り返り、詰め寄るレッサー・デーモンと戦い始めた。
「え……通路、が……?」
ただ剣を振っただけのように見えたのに―みしりと、空中通路が下方へズレていく。どうやら、非常識な切れ味でガウリイは通路を分断してしまったらしい。
通路の異常なんぞ気にもかけず、たくさんのデーモンは空中通路で立ち塞がる骸骨男にわらわらと押し寄せる。細くなる通路の形状を利用してガウリイはデーモンと戦うが、数に押されて後退は避けられない。その重みで、次第に通路は軋みながら歪んでいった。
「そこ、落ちるわ!!」
「気を付けろっ」
あたしに向かってまた炎の矢が飛んでくる。頭を伏せて避けながら援護のための呪文を考えたけれど、この混戦状態だとどんな呪文でもガウリイが巻き添えになってしまう。
戦いあぐねるうち、こちら側の空中通路まで崩れてきた――
「ガウリイ、早くこっちに!」
「くそっ、数が……」
言葉の途中にもガウリイはデーモンの一撃をくらっていた。絶えない爪や炎の矢の攻撃で、もう彼もボロボロになっている……。敵に背を向けたら、デーモンが追って管理棟側に押し寄せてくると予測してるのだろう。一歩も下がらず、戦い続けている。
「ばかっ! もういいから早く!」
轟音を立て、通路の片側が崩れ落ちはじめた。戦いながらデーモンを蹴落とし、満身創痍のガウリイはまだ残る方に飛び移り、やっとで逃げてくる。骸骨だから流血などは見られないが、どことなく足取りがおぼつかない。
「急いで! もう全部崩れそう……」
手を伸ばしながら、 あたしは自分の目を疑った。
――ガウリイが透けて見える。
端のほうからガウリイに纏わりつく鱗粉のような光の粒が飛び散り、彼の形が次第に歪み、欠けていく。
「ガ、ガウリイっ!?」
あたしが瞬きをするたび、彼の姿はぼやけていって。
「リ――」
伸ばしたあたしの手に骸骨のその手が触れる瞬間、全てが光の粒になった。それが溶けるように散り、消えていく。
彼のいたはずの場所――あたしの眼前には、もう何も残っていない。
「え……な、に……? どういうこと……?」
わけがわからない。
ただ呆然としているあたしの耳に、向こう側に残るデーモンどもの咆哮が聞こえた。はっとして伏せるあたしの頭上を炎の矢がかすめていく。
「なんで……ガウリイは……どこ?」
物陰に隠れながら、あたしは自身に「冷静になれ、現状を把握しろ」と呼びかける。でも頭の中はぐるぐると混乱し続け、跳ねる動悸も抑えられない。
もう一度、辺りを見回してみる。でもどこにもガウリイの姿は見えない。
なぜ、消えてしまった?
ダメージをくらいすぎたせい? それとも何か他の作用が? 期限があったとか?
原因をあれこれ考えるけれど、今のあたしにはどうしようもない。何もわからないし何もできない。
現実――彼は、あたしの目の前で消滅してしまった。しばらく待ってみたが、どこからかひょっこり現れてくる気配もない。
口がからからに乾き、心臓は冷たいもので刺されたかのように痛む。
地上に出たいと、新しい世界を見たいと言っていたくせに。
「ばか……ガウリイの、ばか!」
あたしの罵倒に応える者はいなかった。