リメインズレイダー 6

 あー、失敗した。完璧にあたしの判断ミス。
 自業自得とはいえ……痛い。

 うずくまるあたしのところへ、デーモンを斃し終えた骸骨男が慌てて駆け寄ってくる。
「リナ! どこをやられた!?」
「デーモンにやられたわけじゃないのよ……ちょっと、爆発の破片が、ね」
 無意識に抑えつけていた自分の太ももから手を離す。とたん、ズボンに血の赤がじわじわと滲み出していく。

 岩ばかりの地下空洞なのだから、広域呪文や破砕力の強い呪文は控えるべきとわかっていた。でも、次から次へと現れるレッサー・デーモンにあたしはついイライラしてしまい、うっかり振動弾を唱えてしまったのだ。

 はっと気付き、術を放ったあとに慌てて身を伏せたが――遅かった。呪文は間近の岩壁を粉砕し、破片が体のあちこちにびしびし当たってこのざまである。
 残るデーモンをこの骸骨男・ガウリイが全部斬り倒してくれなかったら、ちょっとヤバかったかもしれない……。

「見せてみろ」
「……大丈夫、治癒で治すから」
 あたしはズボンを穴の空いてしまったところから小型のナイフで切り開き、そのまま刃先を太ももの傷に当て――
「んっ、ぐうっ……!」
 小さな岩の欠片をえぐり出した。
 ずきずきとした痛みが脳髄まで揺らすが、必死に集中して治癒の呪文を唱える。手の下ですぐさま出血は止まり、そう大きくない傷は再生された皮膚に薄く覆われた。
「はぁっ……」
「怪我、ここにもあるぞ」
「わかってるわよ……」
 一番痛みの大きい背中側へ手を回すと、指先にぬるりとした感触がある。
 腕を動かすのも痛くてしんどいけれど、思い切ってぐいっとシャツを大きく捲り上げた。
「ガウリイ……自分じゃできないから背中の破片、取って。取らないで呪文使うと埋もれたままになっちゃうわ」
「え……ええ!?」
「お願い。痛くてたまらないから、早くっ」
 ナイフを彼に差し出す。
 骸骨が悩んだのはほんの一瞬だけで、すぐにあたしからナイフを受け取った。あたしの背中に回った彼から、硬い声がする。
「なにか噛ませでもするか?」
「いらない。これぐらいなら我慢するから、手早くしてちょうだい」
「ああ……わかった」
 背中の皮膚に、彼の嵌めている手袋で触れられる感触がした。その直後、じくりとした大きい痛みがあたしを襲う。
「ん、ううっ!」
 激痛が全身に響く。
 ……あたしは痛みに弱いのだ。
 このまま気絶してしまったほうがきっと楽に違いない。
「取れたぜ」
 倒れ込んでしまいそうな自分を奮起させ、どうにか治癒の呪文を唱える――


*****


「ああもう……二度とあんなミスはしたくないわ……」
「ひどい目にあったな」
 深く大きな傷ではなかったものの、体のあちこちに残る破片を取り除き、血の滲む箇所を治すという作業を続けていれば、疲労困憊である。
 あたし自身のミスだというのに、なぜか骸骨男は手当てを手伝いながら自分のせいとか言ってしょんぼりするし。

 少し移動して、見晴らしがよく、かといって丸見えにはならない位置に陣取って休憩を取ることにした。ガウリイが見張るという言葉に甘え、あたしは携帯食料を食べたあとに横になる。
「デーモンの気配はここらにないから……しばらくはゆっくり休めると思うぞ」
「わかったわ」
 何度もデーモンと遭遇するうち気付いたことだが、この骸骨男の『気配を察知する能力』は卓越したものがある。アンデッドじゃないと否定してるけど、やっぱりモンスターに近い存在だからだろうか? 本人曰く「昔からそういうの得意」らしいが……。
 とにかく、ガウリイが言うからにはここは安全なのだろう。もう時刻的にも真夜中になってるし、睡眠を取ってしっかり回復しておきたい。


 バックパックの荷物を整頓し、枕替わりに頭を乗せるあたしを見てガウリイがにじり寄ってくる。そして自身の膝をぱしぱしと叩いた。
「ひざ枕してやろうか?」
「……骸骨のひざ枕なんていらない」
「やっぱ骸骨だと嫌がられるもんなのか……」
「いや、そーゆー問題じゃないし」
「これでも人間だったころはモテたんだぞ?」
「論点違うし」
 人間だったころ、ってもう人間じゃない点は認めてるのね……まあ、骸骨になっちゃってるんだもんね……。
「じゃー、リナが寝付けるように」
 言って、手を伸ばすとあたしの頭をゆっくり撫で始めた。
 ひょっとしてこいつ、あたしをものすごく子供扱いしてない……?
 あたしの自業自得の怪我なのに自分の責任のように落ち込んだり、出会ってすぐはあたしを『お嬢ちゃん』呼ばわりしていたのを思い出す。というか、こいつ何歳なんだろう? 外見が骸骨だと年齢不詳なのだ。

「昔はモテた、ねぇ……。恋人とか奥さんはいなかったの?」
「いたら、この任務につかなかったと思うぞ」
 なんだか苦々しい口調で言われる。
「じゃあ家族は?」
「家族はいたけど。でもオレがいなくてもなんとかなる人たちだから、別にいいかなーって」
 言葉の軽さとは裏腹に、どことなくよそよそしい雰囲気を含ませて言う。
「家族には特殊任務でどっかに行ったって伝えられたはずだから、オレが千年後にこうしてるなんて思ってもないだろうな」
 空っぽの眼孔が、ふと朽ちかけの都市を見下ろした。
 ガウリイの思い返す人たちとは、すでに千年の時を隔てている。街も、家も、人も、在りし日の姿は彼の記憶の中にしか残っていない。

「ねえ……千年前に、ここで、みんなどんな風に生活してたの?」
「どんな風って……」
「あたしが寝付くまで、少しでいいから話してよ」
 振り返った骸骨はぽりぽりと頬のあたりを掻く。
「んなこと言われても、何を話せば」
「どんなことでもいいから」
「う~ん……」
 ガウリイはぼそぼそと話し出した。

「実家の隣に農場区があって……」
「へえ、地下でも農業できたの」
「ああ。いろんな野菜を作ってたな。たまに、小さいのや形がいびつな野菜を『店頭に出せないから』って安く譲ってくれたんだけど、オレはそれでピーマンがうちにくるのが嫌で嫌でたまらなくて……」
「ってピーマンの話かい!」
「どんな話でもいいって言っただろーが」
「そうだけど……」
「続けるぞ? それで、子供のオレはピーマンが立派に成長すればもううちに来ないと思って、農場に通って岩モグラを退治したり、ミミズを見つけては畑に放したり、虫がつかないように葉を減らしたり水をこまめにやったり、そりゃ丁寧に世話してやったんだ」
「それで?」
「そしたら……手伝ってくれたお礼にって、うちに立派なピーマンが大量にっ」
 あたしは耐えきれず、お腹をおさえて笑い転げた。
「ちょ……っと……ぶはっ! 傷あとに響くから、笑わせ……ないでっ、いたたたっ!」
「そんなにおかしいか? オレはすげーショックだったんだぞ」
「うくくっ……それで、哀れなガウリイ君は、そのあとどうしたの?」
「オレは思った。このピーマン地獄から逃れるには実家を出て兵士になるしかないって」
「どーいう理屈よ!?」
「兵役につけば地上に出られるだろ。地上には食べたことないものや、貴重な海産物とかめずらしい果物だってある……とにかく、オレは新しい世界が見たかったんだ」
「まだ見ぬ地上に、夢見るガウリイ少年だったのね」
「そのとおりだ。地上に出たことは一度もなかったからな」
 ガウリイは今度は上を見上げた。遺跡に蓋をする岩天井は、ただ黒い。
「……でも兵士になったら、地上に出るときってのは結局戦わなくちゃならないときだから、いい思い出ってのはなくてな」
 ――そうか、ガウリイの地上での思い出は、必ず戦闘と結びついているんだろう。憧れた地上のはずなのに、だ。
「地上に出て……失望したの?」
「あー、正直に言うと、そうだな。たくさん戦って、結果みんな地上で暮らせることにはなったけど全部の問題が解決したわけじゃなかったし、これからもずっとずーっと戦い続けるんだろーなーって思ったら……逃げ出したくなった」
 そう言って、骸骨男は項垂れた。
「大変だったのね……」
「うう、カッコ悪いな、オレ。自分が『守護者』に適任だからとか偉そうに言っときながら、ただ現実から逃げただけってのがバレちまった」
「そんなことないわよ。あなたが『守護者』になってくれたおかげで、あたしは今すごく助かってるんだし。ガウリイがいなかったら……ここまでこれずに、一人で死んでたわ」
 自分で仮定の話をしておきながら、ぞくりとする。もし彼がいなかったら―はてなく続くデーモンの襲撃にいつかやられて死んでいただろう。こうして、休息を取ることすらおそらく不可能だったはず。

「そうか……そうだな。リナの助けになってるなら、千年寝てた甲斐もあるかもしれないな」
「そうよ。ありがと、ガウリイ」
 骸骨が照れたようにその頭を掻いた。彼の笑顔が見えるような気すらする。
「さ、しばらく寝ておけよ。お前さんは体力を回復させないと」
「うん」
 促されてあたしは目を閉じる。
 うとうとしながら「モテていた」というガウリイの人間のころの姿を考えてみたけれど、どれもしっくりこなかった。
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