リメインズレイダー 5

「あーあー、姉ちゃん? 聞こえてる?」
 遺跡に潜入してはや半日。ここから先、もっと地下に潜って地上と通信ができなくなる可能性を考えて、あたしは姉ちゃんに連絡を取ることにした。
 予想していたより通信状態は良好。魔道を使っての通信は、機器の想定より地下深くでも問題なく使えるのかもしれない。

 ――画面に映った姉ちゃんは、いぶかし気な顔をしている。
『えーっと。リナ? ちゃんとあなたの姿は見える。だけど、あなたの後ろに、骸骨の亡霊のようなものがいるように見えるんだけど……なに、ソレ?』
 あたしがちょっと後ろを振り向くと、骸骨男がいかにも興味津々に端末を覗き込んでいた。
「あー、こいつね。この遺跡の守護者とかで……元・ここの住人らしいわ。誰かが都市に入ってきたら起きる手はずになってたみたいで、さっき起きたばっかり」
 あたしは後ろを指し示す。
 ガウリイが「こんにちは」と律儀に挨拶をした。


『――もっと詳しく調べないとはっきりわからないけど、その国名から推測するに……たぶんそこは千年くらい前の遺跡になるんじゃないかしら』
「千年前!」
「へえ~。オレ、そんなに寝てたのか」
 のほほんとしたコメントは無視し、あたしは続けて遺跡内部の状態とデーモンが頻繁に出現することを姉ちゃんに報告する。
「――で、こっちに来るまでにも何度遭遇したかわからないくらいわらわら湧いて出るのよ。何かに命令されて動いてる様子はないみたいだけど、こっちを認識するとすぐに襲ってくる」
 画面の向こうの姉ちゃんはじっと思案し、そして口を開いた。
『そういえば、数十年くらい前……とある機関が古い魔法陣を発見したと、業界内で広く発表した記録があるのだけど』
「へえ……」
 手柄やお宝情報は隠匿するところが多いが、打って変わって自慢に出るところもある。これは後者なのだろう。
『魔法陣の詳細がわからないうちから新発見として堂々と発表。しかしその後に詳しく研究してみたら、それは地脈の魔力に連結してレッサー・デーモンを召喚しつづけるという自動デーモン発生装置だったの』
「えええええっ!?」
『危険性への理解もないのに、ただ手元に情報としてある魔法陣を作成して、幸か不幸か起動に成功してしまったのかもしれない』
「そういえば……遺跡の入り口には数えきれないくらいたくさんの魔法陣が―そりゃもう、適当に作成されていたわ」
 知識もなく、乱雑に作成されていた『落書き状態』の魔法陣をあたしは思い出す。
『数打ちゃ当たる方式で、偶然に召喚魔法が地脈に連結反応しちゃったのかしら……』
「そうだと仮定して、デーモンの発生を止めるにはどうすればいい?」
『元々の魔法陣から術式を止めるか、デーモン発生地点を破壊して地脈から断絶してしまえばいいわ』
「うーん、元々の魔法陣は地上に戻らないと止められない。かといってデーモンの発生地点をこの遺跡内で探すのも大変だわ……発生地点に行くほどデーモンも増えそうだし。とりあえず帰還することを先に考えたほうがいいかしら……」
『救援送る? ちょっと時間かかるし、入口地点が壊れているのなら救援は内部まで入れないかもしれないけど』
「こちらでも、どうにかして地上に脱出できないか自力で頑張ってみるわ。救援が遺跡に入れないとしても、召喚魔法陣の停止はできるだろうし、来てくれたら助かる」
『了解――じゃあすぐに手配するわ。気を付けて、リナ』
「うん」

 姉ちゃんとの通信を終え、あたしは大人しく待っていた骸骨に振り返る。
「というわけで……って寝るなあああ!」
 腕を組んだポーズのままで「ぐう」とか寝息を立てているガウリイを、ちょうど手にしていた通信端末ではたく。むう、骸骨の寝ている状態を見分けることができるなんてあたしすごい。
「ぬおっ!? な、なんだ……リナか」
「骸骨のくせに寝るなんて器用な真似するんじゃないわよ!」
「いやあ……話が長かったから。で、これからどうするんだ?」

 あたしは姉ちゃんとの通信内容を、わかりやすくかいつまんで説明する。
「こんだけわらわらレッサー・デーモンが出てくるんだから、姉ちゃんの予想通りにどこかでデーモンが発生し続けてるんじゃないかしら。でもそこがどこかは不明だから、先に管理室で帰還ポイントを調べて脱出してしまったほうがいいと思うのよ。管理棟に行く途中でデーモン発生地点を見つけられたのなら、ついでに破壊してしまえばいいんだし」
「わかった。とりあえず管理棟に向かえばいいんだな?」
 骸骨男に頷き、あたしは再び荷物を纏めてバックパックに詰め込んだ。
 遺跡に入ってどれくらいの時間が経ったろう?
 ガウリイの見立てでは半日ほどで管理棟に到着するはずだったが、デーモンに手こずって、この先も順調ではなさそう……。
 はあ、と溜息をつくあたしの手から、ガウリイがひょいとバックパックを取って担ぎ上げた。
「……あたしの荷物よ?」
「お前さん、なんだか疲れてるみたいだし。今だけでもオレが持っとく」
 骸骨の表情はわからないけれど、有無を言わさない強さが言葉に含まれていて、あたしは言われるまま、彼に荷物をお願いすることにした。


*****


「さっきリナと喋ってた人は地上にいるんだよな?」
「そうよ」
「そこに映ってたのが千年後の、今の時代ってことなんだよな?」
「……そうなるわね」
「オレ、千年も寝てたのか~」
 骸骨は感慨深げに、そして少し声を弾ませて言う。
 長い間寝てたことの何がそんなに楽しいんだか……?

「今の時代ってどうなってるんだ? 病気とか飢饉とか戦争とか、そーゆーのはもうなくなってるのか?」
「え……うーんと、それは」
 あたしは一瞬いいよどむ。
 ご期待に沿えず、大変に申し訳ないけど。
「――病気や飢饉は減っただろうけどなくなってないし、争いも相変わらず世界中のどこかで常に起こってるわ」
「そうなのか……千年たっても人間って変わらないんだなー」
「そんなもんよ」
 がっかりさせただろうか。
 横の彼を見てみると、高い岩の天井を見上げている。
「ここ、今はぼんやりした照明だけど。大勢が住んでたころは、時間に合わせて青空や星空が映されてたんだ」
「へえ、魔道で環境照明? すごいわね……」
 避難して暮らしている人たちが地上と同じ生活を送れるよう、魔道のシステムとやらで相当な工夫がされていたのだろう。
「でもやっぱり、みんな地上に出たがるんだよな」
「そうね……いくら広くていい環境でも、閉じ込められてる感じがしてしまうのかもね」
 どれだけ魔道技術を施した快適な都市をつくっても、結局、住民たちは地上に出ていった。ガウリイひとりだけを残して……。

「オレも、今の世界を見てみたいな」
「機会があればいらっしゃいよ。あたしが案内するわ」
「本当か!?」
 骸骨が嬉しそうな声を上げた。

 ――ガウリイはここの『守護者』らしいから、地下都市から離れることが可能かどうかはわからないけど。ちょっと変装させて、街中を連れて歩いたら楽しいかもしれない。
 事務所のみんなには「いつ死霊使いに転職した?」って言われそう。

「楽しみだな~。あっちこっち見て、食べ歩きとかしたいな」
「……あんた食事する必要あるの?」
「わからん。もし食べられなかったらリナに食べてもらう」
「なんでそこは決定事項なのよ?」
 骸骨男との珍道中を想像して、あたしはくすりと笑った。
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