あたしの隣で骸骨男が軽快に歩くたび、かしょんかしょんと音がする。
彼の装備の音なのか骨の擦れる音なのかはよくわからない。「関節で分解できないの?」って試しに引っ張ってみたけど痛がってたんで、バラバラにするのはどうやら無理っぽい。
「自分の頭を小脇に抱えて骸骨ダンス、とかやればいいのに……」
「できるかっ!」
「つまんないわねー。骸骨ってところをもっと活かすべきよ」
「お前な、なに無茶を言って……あ、ここの階段を降りるんだ」
彼の案内のもと、どんどん下の階層へと進む。管理室のある管理棟とやらに向かいつつも、まずは武器を探しに行くことになったのだ。
骸骨戦士――ガウリイ曰く、「デーモン相手にこの剣じゃ不安」らしい。確かに戦闘になるたびあたしが魔皇霊斬を剣に施すのも手間がかかるから、いい武器の確保に異論はない。だけども。
「……本当にこの道であってるの?」
「お、おう! 今度こそこの道で間違いないな、うん!」
骸骨で表情もないくせに、白々しいのがなんだかわかる……。
「あやしい」
自分の覚えている光景とちょっと違うとか、使ってた道が壊れて遠回りしたせいで、なんてあれこれ言い訳していたけれど、ガウリイは――方向オンチだった。迷ってうろうろするうちに何度かレッサー・デーモンに出くわして戦う羽目になったりしてるし!
「腕は立つけど、道案内に関してはちっとも頼りになんないじゃない!」
「こういうのはシステムが教えてくれるはずだったんだよ……壊れてるのか今はなんも応答しないけど。あ、この道は見覚えがあるぞ!!」
骸骨男が急に足を速めたので、あたしはぱたぱたと慌ててついて行く。
「そうそう、この道を左に曲がってすぐの扉を――」
言って、骸骨は勢いのまま扉に正面からどばん! とぶつかった。
「……なにやってんのガウリイ?」
「いてえ……これも普通だったら勝手にさーっと開くドアだったんだ……」
自動ドア? それも魔法で管理されているシステムだったんだろうか?
仕方なしに重いドアを手動でこじ開け、部屋の中を見てガウリイは立ち竦む。
「どうしたの?」
「わかってたけど……オレの覚えてるのと、全然違うなあ……って……」
ガウリイの後ろからひょいっと部屋の中を覗き込む。
――何もない。
ただからっぽの古びた部屋がそこにあるだけだった。
ここに来るまでの通路と同じように、今にも崩れそうな壁と床。壁際の崩れた木材は椅子かなにかだったんだろう。
ガウリイはその木材に近寄るとやれやれと腰かけた。骸骨なのに肩を落としている様子がわかる。
「この辺りは、兵士たちの勤務する施設が集まってたんだ。奥にも部隊ごとにたくさん部屋があって……集会所とか談話室とか……本当にたくさん、いたんだ……でもみんな、ここからいなくなっちまったんだな」
この地下遺跡にいるのは、デーモンを省けば今やあたしとガウリイの二人だけである。項垂れる彼は、賑やかだったころを思い出しているのだろうか。
「どうして、こんな地下に大きな都市があって……誰もいなくなったの?」
骸骨が顔を上げる。
「知らないのか?」
「なにも。あたしたちは『ここに地下遺跡がある』ってことしかわからなかったもの」
「そうか……ここは、避難都市なんだよ」
そして、続けてガウリイの告げた国名にあたしは首を傾げた。
「……知らない国の名前だわ」
「そんな大きな国じゃなかったしな。年がら年中、戦争ばっかりしてた」
彼はふーっと溜息をついた。空洞の眼孔がぼんやりと虚空を見詰める。骸骨のくせに表情豊かな奴である。
ぽつぽつとガウリイの語った内容をまとめると――
昔、彼の国は長い戦争をしていた。そして、その戦争の中盤で国土に攻め込まれ、首都まで攻撃の危機に晒された。戦火に多くの住民が巻き込まれてしまう前にと、元から発見されていた地下洞窟に手を加え、この避難都市が作られたらしい。
地下空間だけでも生活ができるようにと自給自足の工夫がされ、照明や気温、水温、様々なライフラインは魔道による『システム』が管理し、人々は戦いに怯えることなく安全に日々を過ごすことができ、地上とこの地下都市から兵士が出立し、敵対する国と戦っていたと。
「そして、百年近く続いていた戦争がやっと終わったんで、みんな地上で生活することになった。地下都市は便利でもやっぱり窮屈だしな」
「そんな歴史があったの……」
ガウリイの国はその後どうなったかはあたしではわからない。そして、ここにはもはや忘れられてしまった遺跡だけが残っている――。
あたしが歴史にもっと詳しければ、かの国の後の興亡について知っていたのだろうか。
「ごめんね、あたし歴史のことは不勉強で……」
「いいさ。あれから何年経ってるのかわからんが……やわな連中じゃなかったからな、きっと地上でも逞しくやってただろうさ」
骸骨は気にしてない、という風に手を振った。
「じゃああなたは、生前はここの住民だったのね」
外部から訪問者があれば彼が骸骨戦士として発動し、無関係の人間から遺跡を守るよう設定されていたのかもしれない。
しかし、ガウリイは「はあ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「生前ってなんだ。オレ、死んでないって!」
そう言ってから、自分の現在の姿にはたと気付く。
「……今は骸骨になってるけど。でも、本当に死んでるわけじゃないはずだぞ! ここに残って『守護者』になるのは承知したけど、アンデッドになるなんて聞かされてないんだよなあ」
「守護者……なにそれ?」
「戦争は終わったけど、また非常事態になったらここを使うかもしれない。だから、再び使う時には案内を『システム』が、警備とか護衛的なのは『守護者』がやることになった。『システム』は街を管理できても護衛はできないからな」
「じゃ、じゃあガウリイだけ地上に行かないで一人ここに残されたってこと!?」
「まあそうだな。それがオレに課せられた任務」
「そんな……ひどい話だわ……」
「そうか? 別に無理矢理に決められたわけじゃないぞ。こういうのはシステムができないから、誰かがやらなくちゃならんからな」
ガウリイはあっけらかんと言う。
「ずっと……寝て待ってたの? もう誰も来ないかもしれなかったのに?」
「そうだな。次に誰かが訪れるのは三日後か、百年後か……それとも永遠に来ないままか。全部わかってて引き受けた」
何の確約もなく任務に就くだなんて……この街と一緒に置き去りにされたも同じじゃない。
「信じられない……よくそんなのやる気になったわね」
「自分で決めたことだ。でもこんな骸骨姿になるってのは想定外だった」
ガウリイはあははーと口をカクカクさせながらのん気に笑う。
「最初から思ってたけど、あんたって軽すぎない?」
「んなことないぞ。何も考えないで適当に引き受けたわけじゃない。候補の中ではオレが一番適任だったんだ。それに、もしかしたらずっと先の未来が見られるかもって思ったら、なんだか楽しそうだろ?」
「そうだけど……そういうもん?」
「そういうもんだ――さて、どっかに武器が残ってないか探してみよう」
ガウリイは立ち上がってあたりをきょろきょろと見回し始めた。さっきよりは元気が出てるみたい。
*****
「この部屋は武器庫だったんだ」
とガウリイが言うものの、たいした物は残されていない。
「武器も全部地上に持ってっちゃったんじゃない? なんにも残ってないわね……それにもし残されていたとしても年月が経ちすぎて使い物にならないと思うわ」
「うーん、それもそうか……」
収穫はなしかあ、とがっくりする骸骨男を見ていたら……彼の背後の壁に、気にかかるものがある。
「ねえ、後ろ。壁に文字が書かれてない?」
「へ?」
ガウリイが振り返る。そして壁にある模様に気付いたんだろう、薄汚れた壁の埃を払った。
「なんだ……?」
落書きじみた、深く掘りつけられた文字がある。それはあたしにも読めるカオス・ワーズで書かれていた。
「『くらげと相容れぬ緑』って書かれてるわ。意味がわからない……くらげ? 海の生き物だから大地の緑とは相容れぬってことかしら……?」
「ピーマンだ!」
「はへ?」
ガウリイはなにやらくすくすと笑いながら壁の文字を指差した。
「オレ、仲間から時々『くらげ』って呼ばれていた。このくらげがオレのことを指しているんだとしたら、『相容れぬ緑』はピーマンのことだな」
「くらげ? あんたピーマンが嫌いなの?」
「大っ嫌いだ」
頷きながら偉そうに返事されたけど、そこ威張るとこ?
あたしはとりあえずその文字の刻まれた一帯に魔力を送り、合言葉として『ピーマン』を唱えた。
そのとたん。力ある言葉に反応し、魔法陣がぽんと浮かび上がる。続けて、壁の一部が鈍い音を立ててへこんでいった。
「わっ、なんだ!?」
「奥に棚があるわ!」
変形した壁の奥に、いくつかの武器が仕舞われていた。中の空間も魔法で封を施されていたようで、保存状態がものすごくいい。
「これって……『くらげ』って名指しされてるってことは、あなたの仲間たちが去る前にここに武器を隠しておいたんじゃないの?」
「………………」
ガウリイを見てみれば、手にした一振りの見事な剣を見つめてじっとしている。
「どうしたの?」
「これ……斬妖剣だ。国宝の剣。なんでこんなところに……?」
「それってデーモン相手にも使える?」
「もちろんだ」
鞘から抜けば刀身は薄く光り、見るからに通常の剣とは異なる魔力剣の風格を放っている。
「手紙があるわよ」
あたしは棚の紙を手に取った。封印されていた空間に置かれていたそれは、走り書きのインクさえまだ乾いてないような真新しさで保存されている。
『そこは何年後だ? 寝ぼけてんじゃねえぞ。使う機会があるかわからんが、餞別に好きなのを持っていけ』
「すごいわね。いい仲間じゃないの」
「……ああ」
骸骨は今まで持っていた通常の剣と斬妖剣とを取り換えて装備する。他にも防具やら気の利いた小物まで置いてあり、あたしは自分にちょうどいい大きさのショートソードを失敬した。
「これでこの先が少し楽になりそうね」
骸骨は頷く。
武器庫からの去り際に「ありがとな」と、聞く人のない部屋に向かって小さく礼を言う声があたしの耳に入った。