「スケルトン・ウォーリアー!?」
骸骨がゆっくりその手を持ち上げる。
あたしの見間違いなんかじゃない。こいつ『生きて』る!
骸骨戦士は初めて見た。というか、油断して近づきすぎた。
慌てて飛び退るあたしに空洞の眼孔を向けながら、それはゆらりと立ち上がった。けっこーでかい。
しかしここでひるむわけにはいかない!
あたしはすぐさま呪文を唱え始める。
「『大地に棲む精霊たちよ――』」
「……へ、ここどこ」
骸骨はきょろきょろ辺りを見回している。その隙を見逃がさず――
「炸裂陣ぉおおっ!!!」
「んどわぁあああああ!?」
轟音とともにぶっとばされた骸骨はそのへんの壁にぶちあたり、べちょっと地面に落ちた。骨だけでできてるくせにバラバラに分解したりしないのね……。
ンなことを考え、そして。あたしはふと気付く。
「――あの骸骨、今なんかしゃべってなかった?」
骸骨戦士って自我を持たず、ただ命令された通りにしか行動できないはずじゃ?
骸骨に訝しむ視線を送るあたしの耳に――別の方向から、ぞくりとする、地を這うような獣の唸り声が聞こえてきた。
じゃっ、じゃっと蹄のような硬いものが地面を蹴る複数の足音。よだれ混じりの気色悪い唸り声。
「一難去ってまた一難……ってとこかしら?」
それからたいした間も置かず、いくつかの獣が岩陰から躍り出てきた。
これは――レッサー・デーモン!
薄暗くて正確な数はわからないが、二、三体くらいいるだろうか。
まだ距離があるうちに、あたしはすぐさま呪文を唱え、解放する。
「黒妖陣!!」
直撃したデーモンが一体、咆哮のあとにざらっと崩れて塵と化す。
しかし他のデーモンがあたしに狙いを定めて駆け出してきた!
同時に後方の一体は炎の矢を生み出し、打ち放つ。たいして数も多くない矢を避け、口の中で呪文を素早く唱えた。サバイバルナイフを構えた迎撃態勢のあたしとデーモンとの間にそう距離はない。
だけど、そこに突然割り入ってくるひとつの影。
「……ええっ!?」
割り入ったそいつは、狙いを定めてレッサー・デーモンに斬りつける。見たところいい腕をしてるようだけど――
「あっ、くそっ! このこのっ! こいつやっぱ頑丈だな!」
一体全体どういうわけか。
骸骨戦士がレッサー・デーモンの硬さに不平を言いながら戦っていた。
なんだか奇妙な光景……。
でも、この骸骨とデーモンは仲間じゃないみたいだし、骸骨は言葉を話せる程度の知能はあるみたいだし。
あたしもただぼけっとしているわけにはいかない。
あたしは骸骨戦士に叫ぶように話しかけた。
「なまくらじゃ歯が立たないわ。その剣、見せて!」
「はあ?」
感情もなにも読み取れない骸骨の顔があたしに振り返る。そいつがレッサー・デーモンから距離を取った瞬間を狙い、あたしは剣に向かって呪文を放つ。
「魔皇霊斬!」
「なっなんだ!?」
呪文を受けた骸骨戦士の剣が、魔力を帯びて光り出した。
「それは斬れ味増加の呪文よ!」
「なるほど……わかった!」
骸骨戦士が再びレッサー・デーモンに向き直り、うち一体の懐に飛び込むように攻撃を仕掛けた。無鉄砲にも思えたその動きだけど、瞬きほどの間にデーモンが斃される。
「……すごい!」
その一体が地面に倒れる前に、すぐさま反転させた刃先が二体目、続けて三体目を屠る。暗がりに魔力の光が残像を描く。
強い。とにかく強い。
ただ命令に従って無鉄砲に剣を振り回すアンデッド・モンスターじゃない。こいつは明らかに鍛錬を積んだ『剣士』の動きをしていた。
あっという間にレッサー・デーモンを一掃した骸骨は、剣を鞘に収めながらなにやらぶつぶつと独り言を言っている。
「どーしてここにデーモンが? おかしい……管理はどうなってるんだ?」
そして、あたしに向き直ると骸骨戦士は正面に歩み寄ってきた。
「何やら急な展開で訳がわからんが。とにかく、お嬢ちゃんの呪文のおかげで助かった。ありがとう」
……柔らかい意外な声音で話しかけてきたし。
発声器官もないというのに、どういう構造をしているのだろう? 魔力で動いているのには違いないから、どんな魔道によって作用しているのか調べてみたい――なんて思いながら、あたしは骸骨の会話に乗った。
「こっちこそ、あなたのお陰で助かったわ……いちおう確認するけど、あなたはあのレッサー・デーモンとは仲間じゃないのね?」
「はあ? 仲間なわけないだろ!」
「スケルトン・ウォーリアーなのに?」
「スケルトン? どこに!?」
骸骨戦士が驚いた挙動をして辺りをきょろきょろと見回した。
そして「いないぜ?」とあたしに向き直り、首を傾げる。
なんなの、このとぼけたリアクション……。
「あなた、もしかして自分の姿がわかってないの?」
「姿って? オレがどうかしたか?」
骸骨は自分の姿を見下ろす。
「おわっ!!!? なんだこの手! 腕も! こんなに細くなっちまって! 寝すぎたのかっ!?」
「そういう問題じゃないいい!! あんた骸骨なの。骨よ! ホ・ネ!」
「は……えっ!? えええええーっ!!!!?」
骸骨は顎関節をぱかっと開いて絶叫を上げた。
そして、その驚きのポーズのまま――
「……オレ、どうして骨になっちまったんだ?」
教えて? とあたしに聞いてきた。
「あたしが知るわけないじゃないのっ!! ていうかあんた何者?」
「ううう、おかしいなあ、なんで骸骨なんだ? 任務に就くのは承知したけど、こんなふうになるなんて聞いてないぞ……」
う~んと頭を抱えて数秒後。
「……まいっか。別に困ることないし」
「軽くないっ!?」
「考えても仕方ないだろ。それにどうも『ここ』全体の様子がおかしい。照明は少ししかついてないし、システムの気配がない。デーモンまでいるなんてありえないんだ……。お嬢ちゃんは何も知らないんだよな?」
あたしはこくりと頷く。
「ここに来たばかりだもの。あなたを見つけて、デーモンが出てきて――何が何やら、よ」
「そうかあ。とにかく『管理室』に行く必要があるな……」
骸骨はさしあたっての目標を決めたらしい。
「お嬢ちゃんはどうする?」
「あたしは、いったん地上に戻って……ってあああああ!?」
今度は、あたしが驚きに目を剥いて叫んだ。
地上への転送ポイント周辺が……さっきのレッサー・デーモンの火炎攻撃で、めちゃめちゃに破壊されてる……。
「こ、こ、これって……」
慌てて瓦礫に駆け寄ろうとするあたしを、骸骨が引き止めた。
「やめろ、あまり近付かないほうがいい! 岩の天井部分までヒビが入ってて危ない」
「これじゃ地上に戻れないじゃない! 他に転送ポイントはないの!?」
「地上に出る方法ってことか? それなら……ここだけじゃなくていくつかはあるはずだけど、今も使えるものが残ってるのかは、オレもわからん……」
「その管理室ってところに行ったら調べられる?」
「そうだな……今は『システム』の調子は悪そうだけど、かろうじて動いてるみたいだし。管理室で調べられると思う」
「どうしてもそこに行く必要があるわね……」
バックパックに詰めた簡易食料は切り詰めれば数日分になるだろう。滝があって水源は豊富だし、万が一飲めなくても魔法で精製してしまえばいい。
「ここからその管理室までって、どのくらいかかる?」
「街中の交通システムもいかれてるみたいだからなあ……徒歩で半日、ってところだ」
半日なら十分。途中でどんな障害があるかはわからないけれど……。
沈黙するあたしの不安を感じ取ったのか、骸骨が明るい声音で励ましてきた。
「――久しぶりに来てくれたお客様なんだ、オレがしっかり守ってやるよ」
「あーうん。じゃあ、とりあえずよろしく、ね……」
骸骨戦士に向き直り、あたしは手を差し出した。
「あたしの名前はリナ。リナ=インバースよ」
「オレはガウリイ。よろしく」
手袋をした、骸骨のでかい手と握手する。
……うーん……骸骨戦士と握手だなんて、貴重な体験かも。