リメインズレイダー 2

 狭い通路の先には扉があるはずで、あたしは突き当たりを目指して進む――すると、予想外に広い空間に出た。
「あれえ? エントランスホールってことかしら?」
 呪文を唱え、照明代わりに『明かり』を上にひょいっと飛ばしてみる。照らされる範囲から推測するに、エントランスホールどころでなく大きなドーム状の空間が広がっているようだ。

 ひらけた洞窟はぽっかりとした空間になっていて、遺跡探索の残骸のようなものがごろごろ転がっている。以前ここに来て、そして中に入れずに諦めた調査隊の痕跡なんだろう。食料のごみ、ヘルメット、壊れた小型掘削機まである。

 地面をよく見てみれば、中途半端で完成してもいない魔方陣があちこちにいくつも描れていた。描かれてるものの内容をざっと確認してみると意味は無茶苦茶だし盛大に間違ってる字もあるし、「古文書に載ってた魔法陣を手当たり次第に描いてみました」感が満載である。
 遺跡内部にアクセスしたいはずなのに、無関係な召喚の呪文ぽいのまである。まったく用途に合っていない。
 お粗末すぎるその出来にあたしは呆れてため息をついた。
「無意味なことやってたのね。これじゃあ遺跡内部に入れるわけがないわ」
 洞窟を荒らしまくる探索を繰り返して、万が一ここが崩落でもしたらどーするつもりだったんだろ?

 うちの組織ならこんな無意味な探索はしない。
 知識と機動力に資金力、その他もろもろの要素を含めてうちの組織は現時点で最高レベルにある(人手は不足してるけど)。なんてったって『あの』姉ちゃんが作った組織なのだ。今までに解明できなかった謎などない!
 ――だから、あたしもできる限りの力を尽くして姉ちゃんの期待になるべくは応えたい。というか応えないとあたし帰れない。


 無意味な魔法陣の書かれている地面を見て回っていると、ちょうど空間の中心地点は周囲と雰囲気が異なっているのに気付く。
 以前に訪れた調査隊だろう、この辺りを中心にして土嚢を立てていた跡があるし、デタラメ魔法陣もこの地点で数が倍増している。
「もしかして……ここに何かあるの?」
 まずは試しにと中心地点に立ってみる。そしてあたしは自分の額に意識を集め、魔力を注ぐ――その瞬間、地面からまばゆい光が湧き出た。
 驚いて目を見開くあたしの真正面に現れたのは、ちょうど両手を広げた大きさほどの魔法陣だった。それが鏡のように、あたしに向き合って煌々としている。


「これが……遺跡の中に入るための魔法陣なのかしら」
 この魔法陣、一見した限りではなんだか『ごちゃあ』っとしていて、なんつうか……美しく、ない。
 字はいびつに歪んでいるし重なってたり逆さまに描かれていたり、アナグラムも加わってるようで……一見するとぐちゃぐちゃだ。

「てゆーか、これってもしかして今すぐ解読しなきゃなんないの?」
 こんな複雑な魔方陣の解読って、研究室にこもって数人で何年もかけて取り組むものではなかろうか?
 でも、今からこの魔法陣の情報を事務所に持ち帰って解析――だなんて悠長なことは言ってられない。そんなことしたら、絶対「……甘えるな」って姉ちゃんに叱られる!!


 ここで悩むことにいくら時間を費やしても、答えはひとつしかない。
 あたしはふーっと長い溜息をひとつ吐いて。
「今ここで解読するしかないわね」


 改めて魔方陣を真正面から見、その全体を視界に収めてみる。
 あー、うん。すごい複雑な構成してる。それははっきりわかる。
 こんな……資料もなにもない状況で……美少女天才エージェントのあたしじゃなかったら絶対解読は不可能だと思う。
 普通の研究者だったら文字を読み取るにも一苦労だろう。しかしあたしの頭脳には、これまでに読んできた魔道書や研究レポートの内容・知識がしっかり蓄積されている。多少の年代や場所が違っていても魔道の原理はだいたい同じ。解読なんてあたしにかかれば赤子の手をひねるようなもんである。

 ……でも、全体を把握しようするだけでも結構な時間がかかりそお……。
 余計な文字があちこちに入り込んでいて、無理矢理に読み進めることもできないし。逆向きの字やらひしゃげたように歪んでいるミミズ文字が邪魔で仕方ない。
「どうして……こんな書き方になってるのかしら? 読むんじゃなくて図形だとか? でも単語になってて読める部分もたくさんあるのよね」
 図形、と考えたところで何かがひっかかる。

 絡まった糸が少しずつほぐれていくように、あたしの意識の中で眼前の魔法陣が『意味を持つもの』に変わり、形を成していく。

「これって……変形した魔法陣が重なってるんだわ!」

 平面的にのっぺりと表示されているけれど、これの実際の構成は立体的なもののはず。じっと観察するように見ていると、構造のポイントが見えてきた。立体構造物を繋ぐ『くさび』となるカオス・ワーズが、いくつかそこに刻まれている。
 ――答えは最初からそこに書かれていたのだ。

「これを解除すればいいのね……」
 集中して魔力を高め、『解除』を命ずる。

 とたん――魔法陣がばらけて分散し、あたしを中心に再構築された。
 平面の二次元だった魔法陣が、ドーナツ状になってあたしを取り囲んでいる。
「魔法陣が入り口の扉を開くとかじゃなくて、これが転送装置そのものだったんだわ!」

 発光し続ける魔法陣には『ようこそいらっしゃいました』的な緊張感のない説明文がある。それと一緒に転送開始の呪文もしっかり明記されている。
 あたしはごくりと喉を鳴らした。

 ――ちょっとだけ、遺跡の内部に行ってみよう。
 中を確認しての報告じゃないと、おそらく姉ちゃんは納得しないだろうし。
 もしあたし一人では手に余る様子だったら、すぐに引き返して遺跡から出ればいいのだ。


 決意したあたしは、呪文を読み上げた。
「ええと――『大地に守られし安らぎの家へ』」
 呪文を続けていると足元が丸く照らされた。そして、あたしを囲む光が漏斗のような形に変形していく。絶えず呪文を続けるうち、魔方陣の示す『道』があたしの頭の中に直接イメージとして浮かび上がり――その瞬間、光が失われて辺りは真っ暗になった。


*****


 今までと空気が違う。
 ひんやりとして、暗い。
 魔法の明かりを出すための呪文を唱えようとしたそのとき―― ごうん、と体に響く低音の後に、辺りが次第に明るくなっていった。
 ……でも全体はまだぼんやりと薄暗く、その光源もどこからのものなのかよく分からない。


「転送に成功したのね」
 眼前の光景にあたしは息を呑む。
 遺跡内部は想像を絶する広さがあった。狭苦しいカタコンベのようなものと考えていたのに、あたしのいる場所を頂上として、深い渓谷となった岩場がずーっと視界の先まで続いている。
 薄暗くてあまりはっきりとは見えないが、渓谷のところどころからは滝が流れ落ち水音を立て、その壁面には通路があり、窓や入り口、階段といった人が住んでいたらしい構造が伺える。
 まるでビルとビルとを隙間なく繋げていったようにそこには居住空間が広がっていた。
 昔――ここにはものすごい数の人間が住んでいたのではないだろうか。

 あたしはおそるおそる、夕闇のようにはっきりしない中を歩き出す。
 足元を魔法の『明かり』で照らしてみると、ここは石だたみが敷き詰められた緩やかな下り坂になっていた。
「こんな地下都市があっただなんて」
 例えれば、数千人規模の都市に岩のでっかい蓋をしたような遺跡だった。

 歴史に埋もれ忘れさられ、何百年も放置されていた地下都市――あちこちは崩れて廃墟となり、とても人が住めるような状態にないが、あたしがここに転送されてきたとたんうっすらと照明が灯るあたり、魔道の動力が少しばかり生き残っている様子がある。
「どうして……こんな大規模な地下都市が作られて、そして誰もいなくなった……?」
 この都市がどんな変遷を経て忘れられていったのか、地上に資料は残されていない。だけど、ここの調査をあたしが進めていけば少しは謎が解明されるのかもしれない――。

「このへんはまだ居住区じゃないわね……ん? なんだろ?」
 あたしの行く先の左手に、誰かが座っているような人影がある。

 近付くにつれ、それが人でも彫像でもないと確信する。
 朽ちた、かつて人間だったもの……それは『骸骨』だった。

 薄暗い照明とあいまって、なかなかにホラーな光景になっている。
 距離を取りつつ観察してみると前時代的な服装をしていた。ここの住民だったのだろうか――いや、でも鎧を着ているし、兵士かも。

「にしても、なんだかやたら綺麗な骸骨ね……?」
 微かな違和感があり、あたしは眉間に皺を寄せる。
 朽ちかけの遺跡なのに、この骸骨だけ埃もかぶらず、まるで標本のように綺麗なのである。
「魔法の効果でもあるのかしら?」
 どこかに身分や名前などを示すものはないか、衣類や装備品に触れながら確認してみる。ガイコツに触れて平気な乙女ってのもなんだけど、悲しいかな、あちこちの遺跡調査をこなしているあたしにはたいした脅威ではない。

 そのとき。
 ギ、と小さな軋む音を立てて――骸骨があたしの方を向いた。
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