ただ赤茶色の大地が地平線まで続いている。数時間車を走らせているはずだが、代わり映えのない光景が延々と繰り返されていた。
「つまんない景色ね……」
あたしの独り言に応えてくれる人はいない。
人手不足のあおりで最近は単独任務ばっかり……。
一人で運転し続けるのも疲れるし退屈である。
呪文で飛んで行くのもダメ、って姉ちゃんに釘を刺されてるし。
この世知辛い世の中、スパイ衛星やらなんやらでどこから未確認飛行物体を目撃されるかもわからないわけで、地道に地面伝いに行くしかないのだ。
でも、その人工衛星を遺跡探索にも活用させてもらってるし、一概に全部が邪魔とも言えないのよね……。
端末のGPSで現在位置を確認しながら、あたしは淡々と行程を進めた。ここらは周囲に特に目印になるようなものはないし、似た風景ばかりが続くんで、こうして折々に自分の位置を確認しておかなくちゃならない。
風光明媚、雄大な景観――と讃える人もいるだろうけど、なんてことはない殺風景な岩場ばかりが続く。おまけに乾燥してるし、口を布で覆っていても土埃で喉が痛くなる。
……まあ、車で行ける場所なだけまだマシなんだろうけどさ。
ロッククライミングが必要とか、極寒の地や海溝探査する羽目にならなくて本当によかった。
姉ちゃんならどんな前人未踏の地であろうと『じゃ、調査してきてね♪』って軽く言ってくるだろう。そりゃもう、間違いなく!
もしそんなことを言われてしまったら最後、悲しいことにあたしに拒否権というものはない。
そして今回もその逆らえない指令のせいで――こんな無人の秘境の地にまで来るはめになってしまったのだ。
「到達時刻は予想通り、っと」
あたしは車から降り立ち、ぐっと伸びをして運転と悪路の振動で凝り固まった体をほぐす。ざっと周囲を見渡してみるものの……これまでとまったく変りのない風景が続くばかり。
でも、ここが目標地点で間違いない。
目指すは赤い岩場の地下にあるという洞窟である。
休憩もそこそこに、あたしはてきぱきと小型パネルと端末をセットし、携帯電話の通信を開始した。人里遠く離れたこの場所だと普通の携帯は使えないけれど――これは衛星とレグルス盤の魔道技術を応用している『極秘』の特別製だったりする。こういった魔道技術が現代に存在し、利用する人々がいるということは、実は世間一般には知られていない。
ぼそぼそっと呪文を唱えるとレグルス盤を内蔵させたパネルが起動する。スピーカーからノイズと無音が何度か繰り返されたあと、『はい』と落ち着きのある声が返ってくる。
「姉ちゃん? 予定通り遺跡の入り口についたわ。さっそく調査を開始します」
『了解』
パネルのぼやけた映像が次第に鮮明になり、オフィスにいる姉ちゃんの姿が映し出された。逆に、あちら側には荒野の長距離移動で煤けたあたしの姿が投影されているはずである。
『移動お疲れ様。まー、見事に岩だらけの場所みたいね』
「ええ、ええ。見渡す限りの荒野ですよ」
あたしのぼやきには応えず、姉ちゃんは手元のファイルをぱらぱらとめくっている様子。
『少し調べてみたけど。今回、あたしの競り落としたその地図』
言われて、あたしは出発する前に姉ちゃんから手渡された現物にちらりと目をやった。
『一部界隈では知られているらしくてね、その地点は何度も遺跡探索されてるんだけど、未だ内部に入れた調査隊はないんですって。どんな科学調査も不可能で力任せの発掘すらできないらしいから、正攻法で内部に入る方法を探すしかないわ』
そんな正体・構造不明の遺跡にあたし一人をぺいっと送り出したのか……姉ちゃんはそういう人とわかっているけれど。毎度の無茶振りにあたしは思わず引き攣った笑みを浮かべた。
『あなたの魔力と知識があれば大丈夫。わが組織の誇れるエース・エージェントなんだから♪ 良い報告待ってるわ。それじゃ~頑張ってね!』
「はい……」
ぷつん、と音を立てて通信はあっけなく終わる。
姉ちゃんの「頑張って」はその軽さの割にプレッシャーが大きいのよね……。
なんの成果もなく手ぶらで事務所に帰ったら、たぶんお仕置きが待ってるんだろう。
好ましくない未来を想像して思わず身震いする。
とりあえず、通信の終わった端末や調査に必要なツールをバックパックに詰め込んで、なおかつ身軽に動けるように支度する。腰には護身用のサバイバルナイフ。使う機会がなければそれでいいが、用心に越したことはない。
準備を終え、あたしは『洞窟の入り口』らしき場所を見る。一見、なんの変哲もないごつごつとした岩肌だが――その岩影の下の奥、隠れている所に通路があるのだ。
姉ちゃんが入手したこの地図に書かれているのは、たったのここまでである。
あたしは砂利を鳴らし、洞窟内部に踏み入った。