リメインズレイダー 別れの日

 管理室へと向かう長い通路。
 その途中で目的の人物を見つけ、ルークは声をかけた。
「おい、ガウリイ!」
 金髪碧眼の青年が振り返る。
「ルーク! 地上の任務から戻ったのか?」
「戻ったのか、じゃねえよこのくらげっ! どうしてお前が『守護者』に決まってるんだ」
 苛立ちを込めながら目つきの悪いルークがぶっきらぼうに言うと、まるでガウリイに怒っているようにも見えるが、彼が怒っているのはその『守護者』という任務についてだった。
「そうか、ルークは任務中でいなかったもんな。こないだ決まったんだ」
 ガウリイはいつも通りの呑気な様子でいる。
「お前なあっ……本当にいいのか? あの『守護者』ってのは、次はいつ起きることになるのか約束されてないし、なにもかもが未定のまま眠らされるんだぞ!」
「でも、誰かがやらなくちゃいけない。それだったらオレが一番適任だろ?」
「仲間にも家族にも……皆にこれきり会えなくなるんだぜ。お前のこと気に入ってくれてるおねーちゃんもいるんだろ」
 この眉目秀麗な優男には、言い寄ってくる女も男もいたはずだ。
 しかしガウリイは興味ない、と首を振る。
「いいんだ」
 にやりと、わざと意地の悪い笑みを浮かべる。
「それともルークが『守護者』になるか?」
「なっ……お、俺はミリーナと離れたくねえ……」
「だよなあ」
 ガウリイが明るく笑う。
「候補の中でオレが一番強くて一番自由がきく。だからオレ一人が任務につけばいい話なんだ。ルークみたいに大切な人がいるやつは、これから地上で新しい生活を築かなくちゃいけないんだから」
 いつものんびりとして掴みどころのない男だが、今は強い意志を瞳に宿らせて、はっきりと言葉を紡いでいた。

「……わかった。もう止めねえ」
 にぱっと、ガウリイがくだけた笑みを見せた。
「それにさ、もしかしたら将来、すっごい美人で色気のあるグラマラスなおねーさんがオレを優しく起こしてくれるかもしれないだろ?」
「ねえよ」
 間髪入れずルークがきっぱり否定する。
「あのゲートの封印を解けるのは大魔道士くらいだぜ? お前と真っ先に会うのはよぼよぼのジジイに決まってるだろうが!」
「ええー」
「ええー、じゃねえ。現実を見ろっ」
 二人して、吹き出して笑った。

「じゃあ……なんて言えばいいかわかんねえが――元気でな、ガウリイ」
「おう。ルークも。あんまりしつこくしてミリーナに嫌われないようにしろよ!」
「うっせえ! 余計なお世話だ!!」
 また明日会えるかのような気軽さで、ガウリイは別れを告げると背を向けて去っていく。あまりにも未練のないその様子に多少の歯痒さを感じながら、ルークもまた管理棟から立ち去った。



 管理棟は大勢の出入りで慌ただしい。皆、地上への移住準備で手続きや荷物の運送にせかせかとしていた。
 空中通路を渡り切ったルークはふと管理棟を振り返る。今頃、管理室ではガウリイを霊体化して魔法陣に『組み込む』作業に入っているはずだ。
「これで……よかったんだよ、な」
 後ろ髪をひかれる思いで歩いているうちに展望台にさしかかる。
 見晴らしのいいそこで、管理棟をじっと見下ろす長い黒髪の女性がいた。

 あれは確か、ガウリイに熱を上げていた巫女の――
 顔を上げてこちらに気付いた彼女と目が合った。
「えーっと、あんたは、確か……」
「あ……こんにちは」
 彼女はうかない顔のまま、小さく礼をした。
「シルフィールです。あなたはガウリイさまと同じ所属の方ですよね?」
「ルークだ」
 言葉少なに、二人は展望台から管理棟をただ見遣る。
 なぜ彼女がここにいるのか、ルークはわかった気がした。おそらく、ガウリイの任務について彼女はすでに知っている。
「ガウリイの見送りか?」
「……ええ。わたくしではガウリイさまを引き留めることはできませんでした」
「そうか。あいつは……いつも、何かを探してる様子だったもんな」
 ――なにを言ってるんだ、俺は。
 ちっとも慰めの言葉にならず、ルークは気まずさにぼりぼりと頭を掻いた。軽口ならいくらでも思いつくが、こういう場ではどんな発言が相応しいのかちっともわからない。

「わたくし……実は、気になることがあって」
「なにが?」
 ガウリイの任務に関することだろうか?
 戦争が終結した今も不穏分子はうようよいる。些細なことでも気になることは聞いておいたほうがいいと思い、言いよどむシルフィールをルークは促した。

「神託らしき夢を見たのです」
「……はあ? 神託?」
「ええ」
 どんな話かと思ったら神様のお告げかよ、とルークは拍子抜けした。
 神託は巫女が受け、高い確率で現実のものとなるが、その内容はどうでもいいものだったり、まったく理解不能であることも多い。
「ほんの一瞬の、まぼろしのような神託でしたし……内容も曖昧なので、『夢だろう』ってまともに取り合ってくれる人がいないのです……でも、すごく気になってしまって」
「どんな内容なんだ」
 シルフィールは両手を合わせ、ぽつりぽつりと話始めた。

「場所は、たぶんこの街。でもものすごく未来です。今にも崩れそうにぼろぼろに古くなってしまったこの街で、骸骨とレッサー・デーモンが争っているのです」
「……はああ?」
 どういう神託だ、それは。
「骸骨って、骸骨戦士?」
「はい、たぶん」
 ルークの柄の悪い視線にシルフィールはひょいと肩を潜める。
「わたくしだってそれが何を意味しているのか、わかりません。ほんの一瞬の場面でしかないので……」
「古くなった街? ここは将来バケモンだらけになるってのか?」
「さあ……どうなのでしょう?」
 骸骨戦士とレッサー・デーモンがガウリイにどう関係するというのだろう。
 シルフィールの夢が断片的すぎて、関連あるのかないのかもよくわからない。
「そのご神託とやらが何を意味してるのかさっぱりわからねえな……でもあいつは本格的な戦闘の準備はしてないはずだ」

 『守護者』はあくまで来訪者のガードをする役目である。
 モンスターとの市街戦なぞ想定してない。
「何か武器でも置いてやったほうがいいのか?」
 顎に手をやり、思案する。
「ミリーナに相談してみるか……」
 半信半疑ながらも、ルークは未来のガウリイへ武器を手渡す手段をあれこれと練り始めたのだった。

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