「あー、姉ちゃん聞こえる?」
『無事そうね。どうなの、脱出方法は見つかったの?』
通信画面には、いつも通りにオフィスに座る姉ちゃんが映っている。久々に変わらない日常の空気を手元に感じて、ほっとした。
「ええ、魔道システムは復活したしデーモンもだいぶ減らしたし、あとは転送ゲートの場所に行けば帰還できるわ!」
『それはよかった――あら、隣の彼はあの骸骨さんかしら?』
前回の通信の時と同様に、ガウリイが画面を横から覗き込もうとしていた。
「こんにちはー」
ガウリイは軽い調子で挨拶してるけど……。
「ちょっ……姉ちゃん、なんでこいつがあの骸骨ってわかるの? 前と姿が変わってるのにっ」
『すぐわかるわよ。骨格が同じなんだもの』
「一目瞭然ですよね!」
アメリアまでうんうんと頷いている。
いや、普通そーゆーのはわからないって……。
『そこのお嬢さんは?』
「初めまして! 私はシステム・アメリアです。地下都市の管理をしている人工知能ですっ」
『まあ、人工知能……』
「アメリアはこの都市の機能を全て管理してるの。彼女の協力がなかったらデーモン退治はできなかったわ」
あたしのかいつまんだ報告を聞いて、姉ちゃんが『ふむ……』と何か思案する。
『リナ、この通信機の部品とレグルス盤を、アメリアさんの本体に接続することはできないかしら?』
「え、ええ?」
「わあっ、それって楽しそうですね!」
アメリアがぴょんぴょんと無邪気に飛び跳ねる。背景効果としてキラキラ光る星まで出てきた……。
『リナがそこで接続作業をしておけば、地下都市を出たあとも地上からアメリアさんとやり取りができるんじゃない?』
「ぜひお願いしますー!」
……アメリアと地上でもやり取りできるってのはすごくいいと思う。
だけど、この子をネットワークに繋げたら無邪気に全世界に不正アクセスとかしそうなんだけど大丈夫だろうか……。
でもあたしに拒否権はない。ないったらない。
「わかった。本人も喜んでるし、接続作業をしてから転送ゲートに向かうわ」
『そうそう、救援隊が到着して地上で待機してるわ。デーモン発生の原因だった魔法陣ももう停止させたそうよ』
「え、もう来てるの!?」
『前回の通信から何時間経ってると思うの――あたしだって多少は心配したんだから。じゃあ、帰り道も気を付けてね』
姉ちゃんがにこっと微笑んだあと、通信は終了した。
「やったあ! 私も外部にアクセスできるようになるんですね!」
歓喜の映像効果で、今度はアメリアの周囲にぱああっと花が舞う。
……この軽いノリでいろいろやらかさないか不安だけど、たぶん姉ちゃんがそのへんはなんとか対処してくれるだろう。
「んじゃあ、さっそく接続作業を……ってガウリイやっぱり寝てるう!」
「ぐう」
あたしは手にしている通信端末で、すこーんとその頭をはたいた。
*****
諸々の作業を終えた後、アメリアにナビしてもらいながら、あたしたちは最初のゲート地点まで難なく到着することができた。しかも交通機能も回復したとかで、エレベーター、エスカレーター、オートウォークなどに類似したスロープが稼働している。そりゃ、壊れているところもたくさんあったけど。
「行きはあれだけ時間かかったのに……帰りは驚くくらいあっという間だわ」
あたしは眼前の瓦礫を見上げる。
そこは、あたしが一番最初にこの遺跡にやってきた時の「出現地点」だった場所。
レッサー・デーモンのせいで破壊された瓦礫の前にアメリアがしゃがみ込み、透過する腕を瓦礫の下へ差し入れる。そして、まるでラグマットを引き出すかのように、魔法陣を元の地点からべりべりと『引き剥がし』てきた。裏で別処理をしてるものを、視覚効果でそう見せてるだけかもしれないが―まあ、わかりやすいからいっか。
引き剥がしたものを近場の安全そうな地点にばさっと広げ、転送ゲートの『再設定』を行う。
「設定の準備は完了しました! これで地上と行き来できますよ」
地上に戻っても、アメリアとはいつでも通信でやり取りできるだろう――だけど。
あたしはガウリイに向き直る。
そしてその顔をまっすぐ見上げた。
あたしが彼を見上げる角度は、彼が骸骨だったころとまったく同じだ。でも、あたしを見る眼差しや微かに微笑む口元からは、以前の何倍もの『感情』をあたしに伝えてくれる。
そのガウリイを見詰め、あたしは緊張に何度か息を飲んでから、口をゆっくり開いた。
「じゃあ……ガウリイも、元気でね」
「「 は? 」」
ガウリイとアメリアの声が重なった。
「アメリア、今のどーいう意味だ?」
「さあ……リナさん、もしかして勘違いされてるんじゃ……?」
二人揃って眉間に皺を寄せ、あれこれ言ってるけど。
「ちょっと……どうしたの? ガウリイともここでお別れなんじゃないの?」
「えっ! オレはリナについてくんだろ?」
「リナさん、それは違いますよー」
二人から即座に否定され、あたしは混乱する。
「だだだって、ガウリイ、『守護者』なんでしょ? 都市を守らなくていいの?」
「はあ? 人のいない都市を守ってどーすんだ?」
「リナさんはそう考えていたのですね――」
アメリアが一歩進み寄り、手をかざすと空間に細かい文字列が大量に現れる。
見覚えのあるそれは――
「あたしがガウリイを喚んだときの魔法陣ね」
アメリアはこくりと頷いた。
「私はご存知の通り、実体がないので来訪者の支援にも限界があります。そのために設けられたのが『守護者』です。来訪者の警護や万が一のアクシデントに備えての守護者(ガード)なんですが、リナさんもここを出られますし、『万が一の事態』もどうにか収まりましたので、ガウリイさんはお役御免ってところですね。そもそも、ガウリイさんを休眠させずにこのまま一人で残したら、そのうち餓死しますよ?」
「え、ええええええ!?」
「へえ、オレってお役御免なんだ」
「そうです、ほら、ここに守護者の任務について書いてありますよ~」
アメリアが表示してるのはガウリイ召喚のときの、あの長ったらしい説明文らしい。マーカーできゅきゅっと色を変えて教えてくれたけど……
「こんな長くて細かい説明文、あの短時間で読めるわけないでしょーがっ!!」
予想外のことに思わず声を荒げるあたしを、アメリアがまあまあ、と宥める。
「いいじゃないですかリナさん。まんざらでもないんですよねっ?」
「うっうう……別に、ついてくるなと言ってるわけじゃないけど……」
「それにガウリイさん召喚したのリナさんですし、主としてリナさんに責任が発生してます」
「どーいう責任よっ!?」
「まあいーじゃないか。ついでにこのままどこまでもリナを守ってやるよ」
「え、ええっ」
にぱっと笑い、ガウリイが手を伸ばして――あたしの頭を撫でた。うう、子ども扱いされてるけど、なんだか顔が勝手に熱くなる。
「あと、リナに新しい世界をまんべんなく見せてもらうって約束したし」
「そこまで言ってないけどっ!?」
「違ったっけ?」
とぼけた顔のガウリイをぎりっと睨む。
だけど彼は余計に目を細め、あたしに微笑んできたのだった。