目が見えないこと以外にはとくに弊害もない。
しかし、日常生活が不便なことこの上なしっ!
着替えさえままならないし、なによりも一日の一番の楽しみ、食事が大変なのだ……
「リナ、あ~ん」
ここは宿屋一階の食堂。
ガウリイのからかうような楽しそうな声がする。
くっそ~コイツ本当にニコニコと楽しそうに笑っているに違いない!
見えなくったってガウリイが満面の笑みを浮かべている顔を容易に想像できる。
あたしが口を開けるのをしぶっていると、ガウリイがあたしの鼻先にフォークを近づけたのか、いい匂いが鼻をくすぐる。
「ほれ~すごいおいしそうだぞ? このチキンのソテー。リナがいらないんなら、オレが食べるけどな」
匂いにたまらず、口を開けようとしたところでソテーの匂いが遠ざかっていく!
その後にぱくん!もぐもぐ、とガウリイがソテーを食べる音が耳に入った。
「ちょっと! 人が食べようとしたら自分が食べるなんてひどいじゃないのよ!」
あたしは握り締めた拳をぷるぷる震わせて抗議をする。
スリッパがあったらしばいているところよっ!!
「早く食べないリナが悪いんだろ~」
「ガウリイの意地悪っ!」
「──しょーがないな。んじゃホレ」
「ホレって何んぐっ!!」
あたしの口にいきなりお肉が入る。
急にこんな風に食べさせなくても……でもおいひ♪
んぐんぐ。
ごっくし。
「もっと」
あたしは口をぱかっと開けて、次を要求する。
「もうかぁ?」
「ったりまえでしょ! あたしお腹減っているのよ! かわいいリナちんのためにガウリイは食事を運ぶのよ!」
「オレはいつ食べるんだよ」
「足で食え!」
ガウリイはぶちぶち文句を言いながらあたしの口にご飯を運ぶ。
う~ん、なんだか鳥のヒナになった気分……。
文句を言いながらも、結局はいろいろ口に運んでくれる。
サラダ、鳥料理に肉料理、スープまで丁寧に飲ませてくれた。
これってはたから見ているとかなりはずかしい光景なんだろうなぁ……。
あたしはガウリイとままごとでもしているかのような錯覚を抱く。
「さっ! 次はデザートよっ!」
照れを振りきるように元気に言ったが、ガウリイがおもむろに席を立つ。
「オレ、ちょっとトイレな」
「ええっ! 早く帰ってきてよ!」
ガウリイが席を立つとあたしはすることもなく(できない)ほけーっとする。
手持ち無沙汰なあたしの側に誰かが来る気配がした。
これはガウリイじゃなさそう……。
「はい、お待ちどうさま! デザートね!」
おばさんの声。テーブルに食器を置く音。
この声は確か、この宿屋のおばちゃんだ。
あたしは声のするほうを向いたが、眼は見えてはいない。
「いや~あんたたち、アツアツだねっ! 新婚なの? あーんないい男に尽くされて、女冥利につきるねぇ」
「なっ……別にそういうわけじゃ……」
あたしの眼は見えてないが、ぱちくりと開いているので、他の人が見たらまさか見えてないとは気付かないのだろう。
「目が見えないから食べさせてもらっている」という言い訳をする間もなく、おばちゃんのひやかしはさらに続く。
「しかもあの旦那の熱い視線! 周りが照れちゃうよ~! ったく、若いってのはいいねぇ」
「あいつはそんなんじゃなくって! ただの……旅の連れなのよ!」
ああ、我ながら弁明になっていない気がする。
フツーは旅の連れにかいがいしくご飯食べさせてもらったりしないよね……。
「えぇ~? 食堂中の人にさんざん見せつけておいてそれはないわ~。もう熱くって熱くって近寄りがたいほどなんだから!」
そういっておばちゃんはきゃらきゃらと笑う。
あたしはただ顔を赤くして俯くしかなかった。
「あ、それから夜はほどほどにしとくんだよ~」
とんでもない発言を残しておばちゃん退場。
な、なんつーこと言ってのけるんだぁっ!
しかし、し、新婚さん!?
周りからはそんな風に見られていたなんて……。
う……あたしの眼が見えてないことを知らなければ、ただいちゃいちゃしてるだけに見えてしまうの?
「お? どうしたリナ、顔が赤いぞ」
ガウリイが席に戻ってきた。
あたしはこれ以上食堂にいるのが嫌になって、立ちあがって部屋に戻ろうとした。
「お、おい! どこに行くんだ?」
ガウリイがあたしの腕を掴む。
「部屋に帰るのっ!」
「へ……まだデザートが残っているぞ?」
「いいのっ! もういらない!」
「えええ!? 本当か……気分でも悪いのか?」
腕を引き寄せ、あたしのおでこに暖かいもの──多分、ガウリイの手──が触れる。
「そんなんじゃないわよ!」
あたしはあわててガウリイを振り払おうとした。
額から手は離れたが、腕は相変わらず捕まれたまま。
「大丈夫か? でも一人じゃ部屋に戻れないだろ? 部屋まで連れてくよ」
そういうとあたしの手を引き、ゆっくりと歩き出す。
うう……あたしは抵抗することもできずにおとなしく着いていくしかない。
さっきまではあまり気にならなかった周囲の視線が、見えてないけど恥ずかしい。
かといって、ガウリイの腕を振りきって逃げることもできないけどね……。
ガウリイの歩みが止まる。
「ほれ、ここから階段だ」
あたしはおそるおそる足を伸ばし、一段目に足をかけて段差を確かめる。
あ~っ、目が見えないと階段にすっごく時間がかかる……。
そしたらガウリイと繋いでいるほうの手をぐいっと引っ張られた。
「わきゃぁっっ!?」
肩にガウリイの手が回り、それからいきなり両足を抱えられ、階段から足が浮く。
あっという間にあたしはガウリイに抱きかかえられていた。
「なっ、なっ……」
あたしが言葉を失っていると、ガウリイはさらりと答える。
「階段て危険だし、今はこうしたほうがいいだろ?」
抵抗して暴れようとしたが、ガウリイはすでに階段を上り始めるし、あたしは見えてないもんだから怖くてガウリイにしがみ付いてしまった。くうっ、人の目が恥ずかしくて部屋に行こうとしたのに、この状態はさらにさらしもんになってるじゃないのよ~!
悔しいが、されるままになるしかない……。