ガウリイは階段を登りきってもご丁寧に部屋まであたしを連れて行ってくれる。
あたしの部屋に入り、ベッドにあたしを下ろすと頭をぽふぽふとなぜる。
「──リナ、じっとしておけよ?」
そう言うとあたしの部屋を出て行った。
どこに行ったんだろ?
あたしの視界は真っ暗だが、顔に太陽の光の暖かさを感じる。
目の見えない状態でじっとしていると物音を敏感に感じる。
外のざわめき、風の音……しばらく聞き入ってしまう。
すると、耳に廊下を歩く聞きなれた誰かさんの靴音がした。
ノックの後、扉が開かれる。
「リナ。食堂のおばちゃんから果物貰ってきたぜ」
「……おばちゃん、何か言ってた?」
「具合が悪いようです、て言ったら心配してた」
そう言うとあたしの横に椅子を持ってきて、ナイフで果物の皮を剥き始める。
しゃり、しゃりという規則的なリズムと林檎の匂い。
「ガウリイにしては気が利くじゃない」
「だっておまえ、デザート楽しみにしてたろ?」
皮は剥き終わったのか、今度は切り分ける音。
「ほら、口を開けて」
「林檎だったら渡してくれれば食べれ…むがっ!?」
「このほうが楽でいい」
ガウリイはさっきの食堂のようにあたしの口に直接林檎を運ぶ。
しゃくしゃくしゃくしゃく。ごくん。
……うまい。
「いい林檎ね」
「ああ、ちょうど近くに名産地があるってさ」
一定の間隔を置いてあたしの唇に押し当てられる林檎。
その度にあたしは口を開け、林檎を食べる。
しばらく無言でのやりとりが続く。
──そういや、食堂のおばちゃんガウリイの熱い視線がどうたら、とか言ってたな。
ガウリイがあたしを見る眼なんてもうわかりきっている。
そんな眼で見ていてくれてるなら、あたしたちの関係なんてとっくに恋人同士に……
……うにゃ! あ、あたしは一体何を考えているのよ!
顔が赤くなるのを感じる。
あうっ、ガウリイが目の前にいるのに!
いろいろ考えているうちにどうにも出来なくて、あたしは俯いて顔を隠す。
「──リナ?」
ガウリイのやさしい声。いつも通りの。
部屋に沈黙が満ちて……風のさわさわと流れる音がやけに大きく聞こえる。
俯くあたしの唇に、何かが触れた。
──林檎?
いや、林檎じゃない。
この感触は──指? って指!?
が、ガウリイの指があたしの唇に触れているみたいってええぇ!?
あたしは、それだけで──心臓がばくばく言っている。
「ガウ……リ?」
ガウリイの指が……あたしの唇を端から端まで何度かなぞって、そのままあたしの頤をくいっと持ち上げる。
「あ……?」
あたしは上を向かされて──顔に熱い吐息を感じる──次の瞬間、唇に、柔らかい、暖かいものが触れる。
まさか、ガウリイ、の、唇!?
「んっ、んんっ!!」
あたしはキスされていることに気付いて……あわてて身体を離そうとしたけど、ガウリイがあたしの腰をさらい、引き寄せる。
ガウリイの腕の中でもがいたけれど、かえってガウリイの腕の力が強くなる。
きつく抱き締められて、苦しくて開いた口の隙間から、ガウリイの……ガウリイの舌が侵入してきた。
「──んっ、んむぅっ!」
そ、んなっ……あたしファーストキスなのですけどっ!
こんなのってあり!?
口に入り込む未知の感触にあたしは驚き、抵抗する。
暴れても暴れても拘束する力は緩まず……あたしはガウリイに縋りつくことしかできない。
舌が蠢き、逃げ惑うあたしの舌を絡め取る。
くちゅくちゅと唾液の混ざる音があたしの耳をくすぐり、羞恥に身体を離そうとしても、ガウリイはあたしを強く抱き締めたまま。
「ふぅっ……んっ」
ガウリイは角度を変え、深さを変え、あたしを貪る。
ふたり分の唾液が、口の端からこぼれ、つうっと流れ落ちた。
……キスってこんなものなの?
こんなに溶け合うような──
ガウリイは顔に触れていた手をあたしの髪の中に入れて、まさぐるように掻き廻す。
腰にまわしていた手は背中を撫でて──あたしの体をなぞり始めた。
「んっ……」
強すぎるいきなりの刺激に、意識がぼおっとして……
触れられた所の体温が上がる。熱が全身に満ちて。眼の奥にちりちりとした火花が散る。
やがてその火花は大きくなって──視界いっぱいに光が溢れる。
流れる金糸。
端正なガウリイの顔。
伏せられた瞼がゆっくりと開くと、信じられないくらい透明な深さを持つ、青い瞳があたしをひたと見詰める。
「ぷぁっ……ふぅっ……」
やっと唇が解放された。
「リナ……見えるのか?」
「……うん」
「そっか……よかった」
ガウリイは──あたしの息が詰まるほど穏やかで優しい笑顔を浮かべて笑う。
でも、その瞳は今まで見たことがないくらい熱い。
……こいつをこんな近くで見るの初めてかも。
「リナ、顔真っ赤」
「あ、あ、あんたが急にンなことするからでしょぉっ!」
「だって、ちょっと素直なリナが……なんかかわいかったから」
ガウリイはまたあたしをぎゅっと抱き締める。
あたしは今度こそ全力でもがいて抵抗する。
「だからって……突然あんなことしなくても! あたし初めてだったのよ! 普通、こーゆーのって順序があるでしょ!?」
「どんな?」
「キスする前に……その、好きだとかなんとか、告白したり予告したり、言わなきゃいけないことがあるじゃない!」
「んじゃ、好きだぞ」
「え……」
「大好きだ。愛してる」
普段、あまり聞かない真面目な声色。
ガウリイがあたしをまっすぐに見詰め、熱い視線を注ぐ。
あたしの心臓が、再び跳ねるように激しく脈打つ。
もしかして……これがさっきのおばちゃんの言っていた『視線』なのかな?
熱くて……あたしを貫くような視線だけど、目を離すことができない。
ガウリイがあたしの額、瞼、頬にキスの雨を降らせる。
そしてまた唇に唇が重なって。
あたしはそのまま押し倒された──
んで。
歩けなくなったあたしのために夕食を取りに行ったガウリイは、宿屋のおばちゃんに『夜だけじゃなく昼もほどほどにしておくんだよ!』とお叱りを受けたらしい……。
ああああああうう~!
終