ヴァルハラにて 2

※アナトミアネタ

「どうした異世界の娘。やっと自分の世界に帰りたくなったか?」
「あ、オーディン……」
 休憩所からぼうっと外を眺めていたリナに、最高神オーディンが声をかけてきた。
「そうね――帰りたくなったかも」
 控えめに微笑むリナにオーディンは頷く。
「うむ、帰ったほうがよい。おぬしとあの高笑いをする女、そして後からきた二人連れ、この四人の人間で神界の食費の九割を占めておる。これ以上ヴァルハラの財政を圧迫する前に帰ってくれ」
「なによう、魔物討伐に協力もしてるからいいじゃない! ……でも九割って。あとの一割はなに? 神族やエインフェリアは食事しないんじゃ」
「酒は嗜む」
「うわ、偏ってる」
「酒と違って、食料なぞここには本来必要ないものなのだぞ」
「わかってるわよ。まあ……これ以上長居するのもなんだし、ナーガを探したらここからお暇しようかしら」
 今まで『そのうち帰る』と誤魔化し続けていたリナだが、今回は本気で帰ろうとしている様子がみられる。オーディンは片眉を上げた。
「連れて帰るのはあの高笑いする女だけか? あとから来たあの二人は?」
「んー、二人は今下界にご飯食べにいってる。そもそもあたしの連れじゃないし来た時代が違うし。あの人たちも帰りたくなったら勝手に帰るわよ、たぶん」
「そうか。まっすぐ帰れよ。寄り道してまた騒ぎを起こすのではないぞ」
「はいはい」
 オーディンは苦笑するリナを見下ろす。
 リナはなにかを言い淀み、悩むように頬に手を当てたあと、口を開いた。
「ちょっと聞きたいんだけど……『未来の自分に会う』って普通はないことじゃない? だから、元の世界に帰る前に『二人』について忘れたいってゆーか……あたしの記憶を部分的に消したいんだけど」
「二人とは、未来の自分と連れの男のことか?」
「うん。神様の力でちょいちょいっとできない?」
「神族の力でもってすれば不可能ではない。本人の願いでもあるなら、さらに容易いことだ」
「ほんと! じゃあ、お願いしたいんだけど……」
 オーディンはリナの頼みを不思議に思った。彼女らは険悪でも逆に親密でもなかった。覚えているまま帰っても、なにも問題なさそうなものだが。
「未来の自分と話もしたのだろう? その内容も忘れてしまうぞ」
「つかさー、未来のこと詳しく教えてくれないのよね。『まあいろいろ、ほんっとにいろいろあった』って濁されて終わりなんだもん! 未来はあたしの想像もつかないようなことが盛り沢山で、言っても信じられないだろうから体験するのが手っ取り早いわよ、って」
「たいした情報でないのなら忘れることもないだろう?」
 オーディンは納得のいかない顔をした。ときに人間の思考は理解不能だ。
「……新鮮味が欲しいっていうか。いつ会えるかわかんないけど、元の世界に戻ったらガウリイさんを探してしまいそうじゃない? 向こうはあたしのこと知らないのに、あたしばっかりやきもきしてその時を待ち続けるのってなんだかズルいわ」
「……なるほど?」
 どうやら将来の連れとの出会いにこだわってのことらしい。
「あの連れにいずれ会うのが楽しみすぎるから忘れておきたいということか」
「なっ! そーゆーわけじゃ……いや……やっぱそうかも……?」
 不服そうな顔でリナは頷いた。
「まあ確かに……ああやって自分だけ見てくれる相棒に出会えるんだったら、未来も捨てたもんじゃないわよね」
 素直に『自分の相棒に早く会いたい』と認めることはできんのか、と苦笑しながらオーディンは手を伸ばした。
「わかった。では、二人に関する記憶のみ魔力で封じよう」
 が、リナは伸ばされたオーディンの手を避けて、ひょいっと後ろにさがる。
「ちょちょっと待って! ひとつ、気になることがあるのよね」
「なんだ?」
「未来の可能性ってたくさんあるのよね? あたしがこれから戻る世界はあの二人がいたのと確実に同じ世界かしら? ほら、もしかしたら二人が出会わない世界とかー、そういう『少し違う未来』になってしまったら……困るんだけど」
「お前たちは同じ道から来たのだから、同じ世界に戻るのではないか?」
 不安げな顔のリナに、オーディンはにやりと笑った。
「それに――神界にきたあの『未来のお前』は、神族によって記憶を封じられた痕跡があるぞ」
「えっ! ……そう、そうなのね。あたしの未来は彼女に繋がっている……」
 リナは安堵の息を吐く。
「不思議だな。将来『想像もつかないような』困難が待っているかもしれないのに、同じ世界線がいいのか?」
 そう問われ、リナはまっすぐにオーディンを見て不敵に笑った。
「未来のあたしが『不幸だー』ってげっそりしてたら、そりゃそんな未来は嫌だって思うだろうけど。でもたのしそーに呪文使って、お宝あさりして、ご飯たべて、側には腕のいい連れもいる。辛い事があるんだとしても、結果ああやって前向いて笑って生きてるんなら、あたしはその未来がいい」
 オーディンは頷く。
「人間は希望があれば――苦難が待ち受けているとしても怖くないのだな」
「言っておくけどあたしは前向きなほうよ。人間全てがそうだと思わないよーに」
「減らず口め」
 呵々と笑い、オーディンは伸ばした手に柔らかな光りを集め、魔力をリナの額に押し当てた。


「あれっ、オーディン……?」
「どうした」
「ううん、なんでもない……なにを話そうとしたんだっけ……? 忘れちゃった」
「あの高笑い女を探して自分の世界へ帰る、と言っていたではないか」
「そうだ、ナーガ! あいつを置いて帰るとこだったわ」
「それは困る」
「とにかく、ナーガを探して『帰り道』から元の世界へ戻るわね!」
 リナはテラスへ歩き、呪文を唱えようとして――再びオーディンへ振り向く。
「じゃあねっ! お世話になりました!」
 さっさと行けと追い払うように手を振るオーディンに笑い、リナは下界へ向かって飛び立った。

 なぜか浮き立つように心が騒いで落ち着かない。
 早く元の世界に戻りたくてたまらなかった。
「あたし、どうしたんだろ?」
 誰かを待たせているわけでもないのに急き立てられている。
 はやる気持ちを抑えながら、リナはヴァルハラの空をかけぬけた。

■ 終 ■


捏造もりもりですが。
アナトミアで、すぺしゃるリナは神界にはいかないしオーディンにも会わず、すぐに帰るんですがね!
でも私の端末ではすぺしゃるリナはアテッサリナやガウリイと一緒にいるんですよ!いるんです!だからこんな幻覚が見えるんです!!
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