ヴァルハラにて 1

※アナトミアネタ

 魔物討伐の遠征もなく、リナを置いてナーガはまた一人でふらりとどこかへ行ってしまい、リナは暇を持て余してヴァルハラの園庭をぷらぷらと散歩していた。
 その行き先に見える小柄な人影。
 栗色の髪にラフな魔道士の服装をしてる彼女は――
「あ、『あたし』だ」
 彼女はリナ自身である。ただし、自分よりも『未来のリナ』だ。

 謎の道を通った先にたどり着いたこの異世界で、リナとナーガはヴァルキュリアに出会い、それから魔物討伐に協力したり宝物の探索をしている。いずれ帰らなければと思いつつも、いまだ滞在していた。
 謎の道は突然消えたり再び出現したりする。
 近々、その道を通ってリナとナーガは自分たちの世界に戻り、そして数年後、リナはあの道を通って再度この世界に訪れるのだそうだ――以前、未来の自分からそう説明された。
 あちらとこちらで時間の進みがおかしいが、本人が目の前で言っているのだから納得するほかない。こうして、同じ場所同じ時に、年齢の異なる同一人物が存在する事態になっている。
 未来のリナの側にナーガはいなかった――リナは、二度目の来訪の際には男の連れを伴ってやってきたのだ。

「おーい、あったしー!」
「あ、『過去のあたし』だ」
「珍しいわね、今日は一人?」
 未来のリナの連れ『ガウリイ』の姿が見えない。
 ナーガに絡まれているときには「ずっと付き纏われて鬱陶しいことこの上ない」と思っていたが、ガウリイはナーガどころではない。本当に四六時中『未来のリナ』の側にいるのだ。
 だが、珍しくその連れはおらず一人でいる。

 リナは、現在の自分よりも知識量多く経験豊富であろう『未来のリナ』とじっくり話をしてみたいと常々思っていた。しかし彼が一緒にいるとどうもやりづらい。
 会話をしていると横で聞いてる彼が「どーゆーことだ?」と茶々を入れてくるし、いつの間にか食事やグルメ処の話になってしまうし、食事時間には料理の取り合いになってまともに会話ができなくなったりする――まあ、取り合いはナーガといてもそうなるのだけれど。

「ああ、ガウリイは練習場でカラドックと稽古してるわ。なかなか終わんないんだもん。退屈になって出てきちゃった」
 カラドックは『無敵の剣』と呼ばれる剣豪である。
 剣豪同士で稽古が盛り上がっているのかもしれない。
「ちょうどよかったわ、あたし『未来のあたし』とゆっくり話をしたかったのよ」
「へえ。あたしから何をききたいの?」
 やぶさかではないと――腕を組み、過去の自分へ笑みを向ける。
「ええと……」
 リナは考えた。
 未来のリナと一緒に魔物討伐などをしていると、彼女は魔力増幅のお宝や足掛かりがないかと細かく探索して回る。もう十分強いだろうに、それでも探求心高いだなんてさすがあたし、などとは思っていた。
 なぜそこまでして魔力増幅にこだわるのか――この際問いただしてみようか?

「……ガウリイさんとはいつから付き合ってるの?」
 まったく違う質問が口から飛び出してきた。
 やはり一番に質問したかったのはこの件についてなのだった。
「はっ!? えっ!? ななななにを言い出すのよ急に!?」
「うわ動揺してる」
「してないし! そもそも付き合ってないわっ!」
「えっ!? あんなに熟年夫婦みたいな空気を醸し出しておきながら?」
「そ、そりゃあ旅の連れとして長い付き合いになってきたけど! でもあたしたちそーゆーんじゃないし!」
 嘘を付いているわけではない様子。ほかならぬ自分自身の反応なのだから、本心かどうかは見破りやすかった。
「あんなにいー感じなのに……付き合ってないと……ふう~ん」
「なによ……いい感じって……普通よ!」
 同じ顔の二人が互いを半目で見遣る。
「あれで普通?」
「普通! いちゃいちゃべたべたしてるわけじゃないのにどーしてそう勘ぐるのよっ」
「ガウリイさん、あなたにだけ態度違うもの。同一人物であるはずのあたしにも、接し方がなんか違うわ」
 ガウリイは明らかに『未来のリナ』と『それ以外』で接し方が違うのだ。同じ顔をしているリナへも、柔和ではあるが他人行儀で、未来のリナの側にいるときのように距離を詰めたりはしない。
「そーんなことないわよ! あいつは誰にでも平等にぼーっとしてるわ!」
「それはそれで問題ある気がするけど……でも違うんだってば!」
「んなことないっ!」
 未来のリナは、認める気はさらさらなさそうだ。
(この鈍感! あ、自分への悪口になってる)

 うーんとしばし考え。
 リナはそうだと両手を合わせた。
「ねえ、服を交換してみない?」
「……服を?」
「あたしとあなた、顔がおんなじなのよ。服を取り替えたらガウリイさんもすぐには気付かないわ。あなたが『過去の自分』――つまりあたしのフリをしながらガウリイさんと話をしたら、彼の態度がぜんぜん違うってことがわかるんじゃないかしら」
「え……ええ~」
 気乗りしないどころか、心底嫌そうな顔をしている。
「ね、ほら! そろそろ稽古も終わるかもしれないから、急いで取り換えよっ!」
「えええ~……」
 こんな時は考える時間を与えないよう強引に押し切ってしまえと、未来のリナの背中をぐいぐい押して建物へ連れていった。
 それに、自分の行動がどこか後ろめたくて、未来のリナと顔を合わせたくない。
(……もし『未来のリナ』と勘違いしたガウリイさんが、あたしに甘い態度を取ってきたらどうしよ?)
 こんな下心があるだなんて、自分に見破られてしまいそうで少し怖かった。


「さて、と」
 未来のリナと自分の服を取り換えた。さすが自分、サイズがほぼぴったりである。
「この服、懐かしいわね~」
「……なんでこんなにぴったりなの? ねえ、胸――」
「なに?」
 未来のリナから――ぎろりと殺気を感じる恐ろしい視線で睨まれた。自分よりも数年多く生きてるぶん、彼女は胸の生育について数年ぶん多く言及されているのだろう。リナは達観して口をつぐんだ。
「なんでもないです。よしっ、ガウリイさんのところに行ってみよーっ!」
「ああもう……意味ないと思うけど」
 しぶる未来のリナの手を引き引き、練習場へ向かう。
「意味ないって、どうしてよ?」
 その練習場に到着する手前で、遠くから二人を見つけて手を振る彼がいた。
「リナー! どこ行ってたんだ?」
 にこにこと――人畜無害の笑みで、こちらへゆっくり歩いてくるガウリイ。
(わわ、ガウリイさんが来た! なにを話せばいいだろ……)
 自分から発案したことなのに、戸惑いの表情で彼を見た。
 ――だが、彼の視線は自分に向けられていない。すいっと通り過ぎ、未来のリナの真正面に立つとガウリイは彼女に話しかける。
「なあ、飯は町に降りて食べないか? またあの定食屋のフライが食べたくなった」
「べつにいいけど……あんたねえ、その前になにか言うことないの?」
「なにが?」
「あたし、さっきと違うでしょ? 気付かない?」
「どこが?」
「服よ、ふ・くっ!!」
「服……? あっほんとだ、ビミョーに違うな!」
「ビミョーどころかまったく違うでしょ! まっさきに気付きなさいよ!」
「気付かないだろ、普通」
「あんたの目は節穴かっ! ほらっ、いつもの服は若いほうのあたしが着てるでしょ」
「へえ。そうだったんだ」
 やっとでガウリイがこちらを見る。
 リナは予想外のやり取りに呆然とした。
 彼は見えてないわけじゃない。未来のリナ以外を見ていないのだ。
Page Top