詰めすぎず空きすぎず、ちょうどいいバランスで菓子を品出ししていく。
お客の目線から商品が見えやすいように、かつ取り出しやすい密集度で並べるのが俺のささやかなこだわりだ。
ま、こんな自己満足なんて誰も気づかないだろうがな……。
少しぐらい、楽しみっつーかやりがいを見つけておかないとコンビニバイトなんてやってらんねえのである。
「あー、だりぃ」
思わず本音を零しつつ、陳列作業を続けていく。
今日のバイトは始まったばかり。終わりまであと何時間だ――いや、それは考えないほうがいい。考えるな、時計を見るんじゃない、俺。
菓子の端を揃えて並べ、歪んだポップと値札をまっすぐに整える。
そうする俺の横に店長が次のケースを運んできた。
「……あれ? 店長、さっきオーナーと話してませんでした? オーナーもう帰ったんスか?」
さっき、オーナーがふいに来店したんで店長がレジを離れて、俺が代わりに会計に入ったのだ。てっきりオーナーは店長に話があって店に来たのかと思ったら、もう店長は業務に戻ってるし。なにしに来てたんだ?
「ああ、オーナーはこれから飲み会だとよ。ウコンドリンクを買ってった」
「なんだ、そうだったんスかー」
そういう用件だったら確かに長居はしないはずだ。俺は納得して再び品出しを続ける。お、この新商品うまそうだな――。
真面目に仕事を続ける俺に店長が話しかけてくる。
「オーナー、お客の女の子と少し話をしてたろ?」
「ああ、なんか会釈してたッスね」
「あの子の父親が飲み仲間なんだよ」
「へえ」
それだけ言って、店長は他の業務に行く。
なんか……どうでもいい、意味のない情報だな……。
でもその女の子は印象的だったんだよなー。栗色の長い髪をしてて、彼氏っぽい男がお菓子やピノを大量に買っていた。これから大勢でパーティーでもするのか?
んでもってその彼氏は、すかした背の高いイケメン野郎だったんだよな。
こっちは仕事だってのにチャラチャラしやがって、くそがっ。
♪ぴろりろぴろりろ ♪ぴろりろぴろりろ
「「いらっしゃいませ~」」
店員の皆でハモる。
今入店してきた客が、ちょうど俺の陳列している菓子棚の反対側に立った。
格子の隙間から見える客の姿にはなんだか見覚えが……あれ、こいつはさっき買い物してったあのイケメン野郎じゃねえか。まあ、買い忘れがあって戻ってくるなんてよくあることだ。
そいつの探していた商品はすぐに見つかったらしい。さっさとレジカウンターに向かって行った。
俺はまだまだ終わらない菓子の品出しを続ける。なんだこの新商品は。シナモンとミントとあんこのハーモニー? 変な方向に冒険してるんじゃねえよ……こりゃすぐに消えそうな商品だな。ネタに買って帰るか。
………………?
なんか視線を感じるぞ?
店員技能ともいえる第六感的なもんで、背中に刺さる妙な気配を感じて俺はレジのほうを振り向いた。すると――あの背の高いイケメン野郎がチラチラと俺に目配せをしてやがる。
あー、こういうのはな、アレだ。アレなんだよ。やましいモンを買う男が会計を女性店員にして欲しくないときのサイン。こいつ意外に小心者らしい。
ちいっ、店長はレジにいないのか?
俺は急いでカウンターに入る。
「こちらのレジで承りますー」
イケメン野郎はほっとした様子で俺の前に商品を置いた。長方形のオシャレな柄の箱。ぱっと見はなんの商品なのかわかりにくいシンプルなそのデザイン。
……あーなるほど、うん。
俺は何も気にしない素振りでバーコードを通す。
男は冷静に装っているが、どこか落ち着きがない。
俺にはわかる。目が泳いでるしな。
そしてそいつはついでのように、カウンター前に並べられているガムも取ってレジに置いた。
んだよ、本当に必要なのはこの箱のほうだけだろ? なに意味のない誤魔化しをしようとしてんだ……まあ、別にいいけどよ。
にしても、俺がこれから勤務に励むってのにこいつは別のことに励むつもりなのか……世の中ってなんて理不尽にできてるんだ……しかもあんな可愛い彼女と……。
背が低いちんまりとした可愛い感じで、目が大きかった。ピノを二個くらい食べたら「もうお腹いっぱいなの。あとは『あ~ん』してあげるね♪」とか言いそうな女の子が彼女なんだぞ! 羨ましい! 羨ましすぎるううう!
妬みと嫉みでイライラしながらレジ袋に商品を入れた。イケメン野郎はさっと電子マネーのカードを取り出し、スマートに支払いしようとする。
だがしかし。
♪ぴろん……
電子マネー決済の軽快な音ではなく、半音下がった悲しげな音が鳴った。
てめえ。残金が足りてねえじゃないか。
「あ……すみません、現金で……」
さっきの買い物でピノを買いすぎなんだよ!!
しかもガムなんて余計なものを買わなけりゃギリギリ足りた金額なのに!
なにもたついてんだ、お前なんかぜんっぜん『スマート』じゃねえ。逆だ逆。今日からこのイケメン野郎は『トーマス』って呼んでやる!
心の中だけでぶつくさと言いながら俺はトーマスに商品を手渡した。
さっと受け取りそそくさと店を出ていく。急ぐその先にはきっとあの彼女が待ってるんだろう。
くっそ……俺はこれから6時間以上仕事なんだぞ。あの男、俺がここで働いてるうちに例のブツをいったい何個使うつもりなんだ……!!!
イライラする……やっかみでもう俺はしにそうだ。いや、もうしんだ。心がしんだ。ああ帰りてえ。
「――はっ! そうだっ」
あの彼女、『オーナーの飲み友達の娘』なんだよな!?
「店長~」
「どうした?」
「さっきですね……」
客が周囲にいないことを確認し、俺はボリュームを最小にして話す。
「今、オーナーの友達の娘さんの彼氏っぽいやつがまた店に来てたんですけど……コンドーム買っていったんスよ」
「はあ!? お前……お客様のプライバシーをなんだと思ってるんだ……」
目を丸くした店長は、そのあと口元をにやりと歪めた。
「でもそれすげえ面白い話だな。オーナーにちくっとこ」
スマホを取り出しながらバックヤードにひっこんで行く。
「うっし! 狙い通り!」
俺は小さくガッツポーズをした。
店長の、バイトに厳しく自分に甘く、んでもって公私混同気味なところにはいつも腹立ってたんだが――今日ばかりはその素早い行動にグッジョブと言わざるを得ない。
「ふっ。イケメンを中心に世界が回ってるわけじゃないんだぜ……思い知れっ!」
八百万の神がイチャイチャを許しても俺は許さねえ。
どうかあいつの思惑通りにコトが進みませんよーに!
ささやかに呪いながら、俺は鳴り続ける入店チャイムに反射的に声を張り上げたのだった。
■ 終 ■
うさかゑるさんからのリクエスト
「ガムを買いに戻ったガウリイをコンビニの店員さん目線でSS」でした~^^
店長→オーナー→リナ父 へと連絡が早急に回り、
鬼と化したリナ父が自宅に帰り、目撃したのは……
気絶したガウリイと、その下で押し潰されてもがくリナだったw