Remember my love. 10







負傷者9名 行方不明2名 (うち1名は身元不明の男性)

大惨事だった割には、の負傷者の数かもしれない。
行方不明の二人については遺体が見つからなかっただけ、と生存は絶望視されていた。
……そう、あたしはまた雲隠れすることにしたのだ。あっちの世界でもこっちの世界でもンなことばかりして迷惑をかけまくりだが、今回はガウリイも一緒。
おばあちゃんには悪いけど――本当に、ごめんね。

オレンジが朧に灯る街灯の下、人気のない公園の広場。
魔力を注いだ石を重複円形に並べ、即席の魔法陣をあたしは作り終える。
本来はこんな簡単に異世界を渡る魔法が発動するもんではないが、『あちら側』の魔法陣にちょっと働きかければ、ゲートが開くようになっている。

その中心で完成を確認し、さてこれで――と振り返れば、ガウリイが複雑な表情を浮かべていた。

「リナ、いいのか? 弥生さんに会わなくて」

んー……またせっかくの決心を揺るがすようなことを言うんだからこいつは!

「いいの! おばあちゃんへの手紙に……詫びはちゃんと書いておいたし……」

玄関にそっと置いてきた、あたしのきったない字で書いた手紙と、あの銀の腕輪を見つけ、それらを胸に抱えて静かに佇むおばあちゃんをあたしは思い出す。
おばあちゃんに直接会いたいのはやまやまだが、あたしは遠くからその姿を眺めるだけにとどめたのだ。

「こっそり会うくらい、よかったんじゃないのか?」

「ダメよ! あたしの魔力も復活したし、魔族が異世界を渡って来れることもわかった。
 ……これ以上この世界に迷惑をかけたくないわ」

あたしの存在は何かと魔族を引き付けてしまう。『むこう』でもあたしの訪れる街は何かと不幸に見舞われたもんだし、実際、今回見つかってしまったことで……ビルが一個、崩壊した。この被害が大きいのか小さいのかはちょっと計りかねるが。
おばあちゃんとの接触を魔族に感づかれ、もし襲われでもしたら、遠く離れてしまうあたしにはおばあちゃんを守るすべがない。

「本当に……いいのか?」

「ん、大丈夫……おばあちゃんならきっとわかってくれる」

おばあちゃんのために、この世界のために、あたしがここを訪れることは二度とないだろう。
どうか、幸せに――おばあちゃん。


「こんな唐突に離れることになって、心苦しいけど」

「……でもなあ、なんで弥生さんには手紙残して、一年前のオレには何も言ってくれなかったんだ?」

……っう……とうとう聞いてきたか……一年前の言い訳を延ばし延ばしにしていたが、いつまでたっても説明しようとしないあたしに焦れたらしい。

「だって……どんなふうに書き残しても探させてしまいそうだし、それだったら何も言わないほうがいいかなーって……」

ガウリイはそれを聞き、さらに憮然とした声になる。

「そんなに逃げたかったのか?
 記憶すら封印して……オレからも、オレとの思い出からも」

「――ちがっ……違うわよ!」

「じゃどうして! 確かに、オレはリナを支えるには頼りない奴かもしれないが――でも、どんな辛いことがあっても乗り越えていく、って話したじゃないか!」

「忘れたかったわけじゃないわよ!
 あたしは――全部受け止めるつもりだった。ガウリイがいたから、受け止められた。
 二人ならどこでもやってけるって信じてた!」

そう、二人なら。

「――あんたを失うことが怖かった。
 このまま魔族に付け狙われてガウリイを死なせるくらいなら、離れたかったのよ」

ガウリイが驚きの表情を貼りつかせ、あたしを見ている。
そりゃそうだろう……あたしのこんな想いを彼に話したことはなかったんだから。

「逆なのよガウリイ。あたしは忘れたくなかった。
 けれど離れるには辛すぎて記憶を封じたの」

あたしは、一人では生きていられなくなっていたのだ。
だってガウリイは――あたしが世界よりも選んだ男だもの。

「……リナ」

しばしの絶句のあと――ガウリイはふっと苦笑して、あたしを引き寄せる。

「バカ」

「あんたに言われたかないわよ」

広い背中に腕を回してしがみついた。
手放した、自ら放棄したはずのぬくもりに包まれてあたしは幸福に浸る。



「――で」

「で?」

言ったかと思うと突如、ガウリイがあたしの両肩を掴み引き剥がし、鼻先を付き合わせる。

「逃げた動機はわかったが、お前さん、『あの夜』は一体どういうつもりでオレの部屋に来たんだ?」

「え、ええぇ!?」

「……ああいうことになって、オレはそりゃあもう死ぬほど嬉しかったのに翌朝起きたらリナいないし。それでものすっっっごくパニックになったんだが」

「あ、あの……それはその……」

言い渋るあたしをガウリイは真剣な瞳で見つめ、プレッシャーをかけてくる。
確かに……あたしのしたことはちょっぴしヒドいかもしんないが……うう、この問いにはどうしても答えなければならないようだ――。
ならば負けじ、とあたしはガウリイを見つめ返す。

「忘れて欲しくなかったの!」

「…………は?」

「あたしがあんたの前から消えても、一生ず〜っと覚えてて欲しかったのよ!」

「……それって……だから、オレに抱かれたのか……?」

「そ・お・よ! 悪いっ!?」

「じ、自分は忘れておきながら?」

「エゴイストなのよ、あたし」

「リナ! それってものすごく残酷だぞ!?」

……あたしもそう思うわよ?
でも、あの時のあたしは――ガウリイのもとから逃げることを決めて、忘れることにして、追いかけてきて欲しいけどやっぱりこないで欲しくて――苦しくて切なくて。そして、あたしのガウリイへの想いはあたしが忘れてしまったらどこに行くのかと……そんなことを考えたのだ。
結局、残酷な仕打ちとわかってて――あたしは彼の部屋のドアを、ノックした。

「わがままで自己中心的。あたしの性格はガウリイが一番良く知ってるはずじゃない。
 これからもあたしに付き合ってくのは苦労するわよ」

「リナ、お前なあ……」

ガウリイががっくりとうなだれて、何かぼそぼそとぼやいている。
んー、切ない乙女心からの選択だったんだが、やっぱし……あんなことしといて何も言わずに消えたのはきつかったか。

「はあー……そうだな……苦労させられるだろうが、とことんまでリナについてく、さ。
 言っとくがもう二度と離れるつもりはないからな、オレは」

ガウリイは呆れを通りすぎて達観するに至ったらしい。笑んで、嬉しい宣言をしてくれる――でもあたしと一緒にいつづけるということは、魔族との縁も切れないということ。

「――向こうに帰ったら、たぶん魔族との戦いが待ってる。あたしとガウリイの命を狙って、イゾルデが言ったように心休まる日は一生来ないかもしれない。今までみたいに生き延びられるかもわからない。
 それでも……ガウリイは一緒にいてくれる?」

「あったりまえだろ! いまさらそんなこと言うなよ。
 オレがどうするかなんて考えなくても最初っから決まってる」

「……ってたまにはちょっとくらい考えなさいよね!」

「考えるのはリナの役目だぞ」

変わらない、開き直った言い草にあたしは少し噴き出した。
それからあたしたちは視線を絡め――両手を繋ぐ。

「さて帰ろうかガウリイ」

「おう」

呪文のひとつひとつの言葉を、あたしは丁寧に唱える。夜風にざわっと樹木の葉が鳴り、詠唱に反応した魔法陣の光が、足元からあたしたちを照らし上げる。
帰る世界は安寧ではなく、苦難でもってあたしを待ちうけている――が、あたしは不思議と安らいでいた。これだけの時間と距離を離れていたことで、あたしとガウリイの想いを――強く感じることができたからだろう。
光の中で微笑み合う。二度と離れてしまわぬよう、互いの手を強く握り締める。
そしてあたしは呪文を完成させ――思い出となる世界に別れを告げた。








■終■


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