「くそっ……!」
目の前に奴がいるってのに!
俺の手足はもう動かない。得物もぼろぼろになり、布を巻いた柄の部分には俺の手の血が付いている。もがいてその柄を取ったが、激痛で握ることはもはやできなかった。
氷で出来たような石柱が並ぶ広間の中央には、赤い火柱があった──いや、火なのか、布なのか。オーラのような赤いそれを全身に纏う魔王の攻撃に、一人また一人と仲間は倒れていく。憎しみと怒りが溢れるその赤い色が、目を焼くようにひときわ強く光った。
この広間にたどり着けたのは不運なのかもしれないな……。俺は途中で行き倒れた奴らのことを思う。生きて無事に帰る望みは元から少なかったが、迫る結末に思わず震えが走る。脳裏に浮かぶ故郷の家族に仇を取れなくてごめんな、と心の中で謝った。
そうしてみじめにのたうつ俺の横を、誰かがふらりと歩んで行く。
「な……!?」
視線を上げて俺は驚いた。
あの、夕べほんの少し会話を交わした剣士──ガウリイだった。
奴ももうズタボロになっていたはずだ。広間にたどり着くと真っ先に魔王に挑みかかって、ひどい傷を負って倒されていたのに、何故……? 痛みの走る体を捻って、奴の来た方向を見ると、力を使い果たしたのだろう……今まで皆が頼りにしてきた、ガタイのいい神官がどさりと倒れた。ああそうか、最後の力をふりしぼって奴を回復したのか。
一縷の望みを背負い、奴はゆっくりと魔王に近寄っていく。
未だ切れ味を失わない魔法剣をまっすぐに構えた。
「……お、おい!?」
俺は思わず声を上げる。
後ろから見えた、奴の横顔に涙が見えたのだ。
……奴は、泣いていた。汚れた頬に涙がスジを作る。
ここまで来てビビったか!?
いや、でも奴の剣先は震えも迷いもなくひたりと魔王に向かっている。
はー、と息を小さく吐いて、奴はゆっくり口を開いた。
「……リナ、遠いところに逃げたな」
なんだ? 奴は魔王に何を話しかけているんだ!?
恐怖にとうとう狂っちまったのか。
「ここまで追っかけて来るの、大変だったぞ。寒いし、雪は深いし、敵はどんどん増えるし。お前さん寒いの嫌いなのに、こんな遠いところに逃げてさ……残った人間の意識の、最後の抵抗だったのか? 人からなるべく遠いところに、って」
奴は魔王に向かって穏やかに話し続ける。
その状況から俺はだんだんと察してきた──
「なあ覚えているか、リナ? 二人でこんなふうに雪の多いところに来たことあったよな。お前さん、ぶうぶう文句いいながら、赤いコート着てさ。でも二人で並んで、けっこう歩いたよな。途中で、リナが捨て猫を拾ってさ……」
奴は懐かしそうに目を細め、顔をほころばせる。
命をかけて魔王に戦いを挑む者のする表情じゃ、なかった。
「……いじっぱりだけど誰よりも気高くて、優しいリナを、ずっと側で守ってやりたかった。なのに──こんなことになっちまって、ごめんな」
魔王の纏う、あの禍々しい赤い炎が……一瞬、柔らかく、日の光のように暖かく光った気がした。奴が昨日言っていた『大切な約束』ってのは──
「二人でいられるだけで、幸せだったな。オレ、お前のこと尊敬してて、本当に大好きで……だから辛いけど、約束を果たしに来たぞ。
リナが魔王に乗っ取られたら、オレが殺してやるって、約束」
ぶわっと炎が大きく揺れて、中心に立つ人影がはっきりと見えはじめた。それは……炎を衣のように纏ってやさしい笑みを浮かべる、女だった。
あれが……あれが魔王だと?
魔王の口が動くのが見える。声は聞こえないが何を言ったのか、はっきりとわかった。
「待ってたよ」と。
男は疾りだす。
全てを焼き尽くす、赤い炎の中へ。
終
……って尻切れトンボで_| ̄|○
だって続きどう書いても悲しいんだもん。・゚・(ノД`)・゚・。
まあこういうの書いてますが、リナ=魔王説はないよなあと。
ただの人間だけどちょっと強いリナとガウリイがただ旅してるだけなんですよね…本編。