可変のモノ 6








 翌朝、リナはいつもどおりの装備を身に付けて朝食に現れた。ガウリイを見ると頬を赤くしてぷいと顔を背ける。「おはよう」と声をかけると、逡巡しながらもガウリイと同じテーブルに彼女は座った。

「……おはよ」

「今日は森に行くつもりか?」

「当たり前じゃない。報酬をまた引かれたらたまんないわ。体調ももう大丈夫よ……まあ、万全というわけじゃないけど」

「わかった。
 じゃーオレはリナが帰るころ森に迎えに行く」

「へっ? いいわよ! そんな、子供じゃあるまいし」

「別に子供だからって心配してるわけじゃないぞ」

 意味ありげに言うとリナは昨日のことを思い出したのか俯いて押し黙る。そのあまりにも初心な反応が新鮮すぎて、ガウリイは彼女をまじまじと見ながら自分の中にくすぶる感情をどうぶつけていこうか、考えあぐねる。
 リナは嫌がってはいない――嫌だったらこの場に現れることすらないだろう。でも、彼女のひねくれっぷりは一筋縄ではいかないのだと長年の付き合いでわかっている。
 そうこうしているうち、注文したモーニングセットが次々と二人の前に置かれていった。





「じゃ、行って来るわ」

「おう気をつけて」

 宿屋の戸口で――少しだけ悩んだが、見送りついでにガウリイは指先でリナの頬をするっと撫でた。それだけでもびくっとして身を竦めるリナに笑う。そして、悪戯を思いついた時の顔をしてリナの背中に手を回した。

「……すりすりしていいか?」

「ぎえっ! だ、だめっだめだめ!!」

「ちゃんと剃ったぞ〜?」

 抵抗を気にしないでなおも詰め寄ると、リナは不思議な奇声を上げながらガウリイの顔面にパンチを見舞う。

「ひ、人前でなんってことしようとすんのよ! 最低!」

「痛って〜……人前じゃなかったらいいのか?」

「違うぅっ! そんなんじゃない、ああもうっ! じゃあねっ」

 鼻を押さえてうずくまるガウリイをそのまま置いて、リナは森へ出発した。
 見送りながら手を振るが、振り返ることもなくずんずんと早足に去って行く。

(惜しかった、あともうちょっとで――いいさ、続きは帰ってから)

 遠くなっていくリナの背を見ながら、こんなことはまだまだ序の口だぞとガウリイはほくそえんだ。「ガウリイとだってずっと永遠にいるわけじゃない」なんて冷たいことを、もう二度とリナが言えなくなるようにしなくては――そのためには、どうにかしてあのユニコーンと差別化を計ることだ。

(でも、やっぱりあれこれ考えるのはオレに合ってないよなー)

 思うままに行動したほうがリナにもどれだけ本気なのか伝わるだろう。
 自分の気持ちにはっきり気付いてしまったからには、リナに覚悟してもらわないといけない。

 リナの動揺っぷりを思い出しながらガウリイは戸口から宿屋に入ろうとした。
 そこで――ふと、気配を感じる。
 こちらを見る気配ではない。それは、どこからかリナを見る視線。

「……なんだ?」

 さっと目を走らせると、近隣の家の影にほんの僅か、ちらつく人影をガウリイは見つけた。そこにいる人間が去っていくリナの様子を伺っている。

「――ええ、はい。今宿泊場所から出たところです。しばらくしたらそちらに着くと――わかりました、後から向かいます」

 隠れながら魔道士が『隔幻話』を終え、隣に立つゴロツキ風情に顎で合図をする。二人は頷いてその場から立ち去ろうとしたが。

「おい。そこで何してる」

 ガウリイが鋭い声で話しかけた。
 道を塞ぐようにしながら二人を見て、魔道士の男に見覚えがあるのに気付く。彼はたびたび魔道士協会を訪ねるガウリイの対応をする、受付のあの若い魔道士――

「ちぃっ! おい、行くぞっ」

「……待て、こいつはあの女魔道士の連れだ! 放っておいて面倒を起こされたら困るんだ!」

 逃げようとするゴロツキを引き止めて、魔道士はゴロツキをガウリイへとけしかける。
 のっぴきならない状態に息を吐き、ガウリイは斬妖剣を抜き放った。

「こいつの分、報酬は上乗せしてくれるんだろうな?」

「……上に掛け合う。とりあえずこいつを始末してくれ」

「というわけだ。悪く思うなよ、兄さん」

「一体どうなってんだ?」

 協会から依頼を受けているのはリナのほうだ。なのになぜこの魔道士とゴロツキはこそこそと見張っていたのか。リナがまた変な恨みでも買ってしまったのだろうか――首を傾げて考えるうち、ゴロツキが鉄でごてごてに装飾されたこん棒を掲げてガウリイに襲い掛かってくる。

「何が何やら、わからん、が!」

「う、うわああ!」

 攻撃を軽く二回、三回と避け、隙を見つけて背中を強く押すとゴロツキは壁にべちん! と当たってすぐノビた。

「なんだ……ぜんぜん手ごたえないな」

 ぶっ倒れたゴロツキの腕を取り、ぐいっと捻り上げる。

「い、いってぇええ!」

「どうしてリナを見張っていたのか、言え」

 次の瞬間、あらぬ方向に飛んできた短剣をガウリイは弾き飛ばす。大して威力もなかった短剣は軽い音を立てて地面に落ちた。『影縛り』を狙っていただろう、若い魔道士がへなへなと座り込む。どうやら攻撃魔法までは使いこなせない実力のようだ。

「ぼ、僕はただ命令されて見張ってただけで……!」

「誰にだ」

 評議長に、と泣きべそをかきながら言われた言葉にガウリイは青ざめる。

「何が狙いだ……まさかユニコーンなのか!?」

 ユニコーンという言葉に反応した魔道士にガウリイははっとした。
 いつものリナだったら、こんな奴らが束になってもどうということはないしガウリイだって心配しない。逆に返り討ちされる連中に同情するところだ――しかし、今の魔法の使えない状況のリナだったら――

「しまった! お前ら、この機会を狙ってたのか!」

 リナを使っていろいろ調べ上げた挙句、さらにリナをエサにしてグローバをおびき寄せる。
 はたしてその憶測が当たっているかはわからないが、とにかく一人で行かせるべきじゃなかった、と強い後悔が押し寄せた。
 ガウリイは慌ててその場から駆け出した。あんな雑魚にかまっている場合ではない。

 森を目指して一目散に駆け――湖の方角に立ち昇る微かな黒煙を見て、ガウリイはとてつもなく嫌な予感がした。

 森に踏み込むと何も変わってないようにも見えたが、湖の周囲は一変していた。
 鬱蒼と茂っていた木々が焼き倒され、あたりに立ち込める煙と熱気で息をするのも苦しい。あの、静かで清々しい湖は見る影もなく荒らされていた。

 まだ炎を上げる木々を避けて湖に近寄る。
 遠目に、魔道士のローブを着た男とゴロツキ数名が倒れたユニコーンをぐるっと囲んでいるのが見えた。そして連中の足元に――見慣れた手袋を嵌めた、細い腕がくたりとしているのを見て、ガウリイは全身の血の気が引いていくのを感じた。











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