「──そこのあなたっ!ぬぁんて美しいっ!」
「はっ?」
オレとリナは食後のデザート争奪戦をしていた手さえ止め、いきなり話しかけてきた男をぽかんと見上げた。
そこは、旅の途中に立ち寄った街の食堂。
オレ達はいつものようにメニュー全ての食事を制覇した後、デザートに取り掛かっていたのだが。
オレ達に声を掛けてきたその男は、痩身でダークブラウンのぼさぼさとした髪を無造作にうしろでくくっている。そして頭には小さい帽子……ベレー帽っていうのか?それをかぶっている。顔はまぁ普通なんだが、その白い細面はどことなく不健康なイメージを湧かせた。今はなんだか興奮していて鼻息も荒いけど、なんなんだコイツ?
唐突な発言にオレ達が固まっていると、男はリナの手をがしぃ!と握り、熱弁する。
「あなたっ!ぜひモデルになってくださいっ!」
「モ、モデルぅ~っ!?」
「あなたこそ私が捜し求めていた人物っ! ぜひとも! あなたをキャンバスに残したいぃ~!」
「はぁ!? あ、あんた急に何言ってンのよ!?」
リナはそう言って男の手を振り払った。
「ああ、自己紹介が遅れました! 私はヴイというしがない画家です。作品のモデルを探していたのですがイメージ通りの人がなかなか見つからなくって……相応しいモデルを探していたところだったのです!」
男……ヴイとかいう奴は感激に目を潤ませる。
そして再びリナの手を握り締めようとしたがリナはそれをするりとかわした。
しかし、リナを描きたいとは──どういうイメージなんだ?
「相応しいモデルがリナだっていうのか? こんな胸ナシのどこが……うぐぁっっっ!!」
「あんたは黙ってて。へ~それで……ヴイさん、あたしをモデルにしてどんな絵を描くつもり?」
「そうですねっ! 構想はおぼろげにあったのですが──あなたを一目見たときからっ! 私のインスピレーションがびしばしと刺激され! 今は壮大なイメージが膨らんでいますぅっ!」
あぶない電波でも受信しているのか、ヴイは両手で己を抱え、悶えている。
「──破壊神の絵でも描くのか?」
「夜空をお散歩したいのガウリイ?」
リナの顔が破壊神もまっつぁおの表情になる。
オレはぷるぷると顔を横に振り、ごめんなさい、と謝った。
「というかこんなところで足止めくらってもねぇ……。あたしたち旅しているから、そんなにゆっくりはしてられないんです。路銀も稼がなくちゃいけないし」
リナが話を断わる方向へ持っていく。
それがいい。オレだってこんなアブない奴とあまり関わりたくないぞっ!
しかし、ヴイはリナの言葉を聞くと少し考え込み……
「それでは私が貴方を10日間雇う、と言ったらモデルを引きうけてくれますか?」
と言った。金の話が出るとリナは目をきらっと光らせる。
「あたしを雇うのはあまり安くないわよ」
「では10日で金貨100枚はどうですか!?」
「「──どええええええっっっっ!!?」」
リナとオレの声がハモった。
モデル……モデルだろっ?
室内でぼけぇっとしているだけでそんな大金を払うもんなのかっ!?
「お、おい……リナ。モデルの相場ってこんなもんなのか?」
オレはリナの服をくいくいと引っ張ったが、リナの瞳は驚きのあまり焦点を失っている。
しかし口では「金貨100枚……」とぶつぶつ呟いていた。
ふいにリナははっと我に返り、指をびしい!とヴイに指す。
「あんたっ! そんな甘い言葉で契約させて、あたしを、ぬ、ぬうどにするつもりでしょっ!?」
な、な、なにいぃ~っ!!
オレでさえまだちゃんと見たことないっていうのにっ!
暗がりで覗きしかしたことないんだぞっ!(泣)
なのにリナを脱がせて、ぬ、ぬ、ぬうどにしてじっくりねっとり観察したあげくリナのぬうどを描くっていうのかっ!
あまつさえ報酬にものいわせてあ~んなことやこ~んなことまでするつもりだろっ!!
──オレがショックで硬直していると、ヴイは苦笑し否定した。
「違いますよっ。今回のテーマは裸婦画ではありませんし、ヌードの依頼をするなら最初からそう言いますって!」
「……本当でしょうね。しかし金貨100枚っていうのは話が上手すぎるわ」
リナはいぶかしんで疑いの目でヴイを見る。
「──実は私の絵は世間ではかなり評判が良く、売れているんです。しかし芸術界からは『売り目的で描かれている』『芸術性がない』とか批判的な評価ばっかりでまだ認められていないんです……」
それまでとはうってかわりヴイはうなだれた。
「私だって芸術家のはしくれ。世間や狭い地方だけでなく広く長く、後世にまで伝わる画家となりたいんです! その勝負を賭けた作品を、あなたをモデルにして! ぜひ描かせて欲しいんですっ!」
「あたしをモデルに大作ぅ? う~ん……」
リナはぬうどじゃないということと、ヴイの真剣さに次第にその気になってくる。
あの報酬じゃ、折れるのも時間の問題だな。
「……あたしでいいんなら、モデルになるわ」
ほらな。
「ありがとうございますっ! この作品のモデル足り得るのはあなたしかいませんっ! あなたこそ私の探していた人材なんです!」
ヴイは何度も礼を言う。
「リナのどこが……」
「何か言った? ガウリイィィ~~~」
「いえなんでもないです……」
翌日、オレ達は朝飯を食べてからヴイの屋敷へ向かう。
ヴイの家はすぐにわかった。
街の人に聞くと誰でもその屋敷を知っている。
実際にヴイの家に着くと、なかなかに立派な屋敷だった。
貴族でもない画家がこんな家に住んでいるとは……かなり儲かっているな、あいつ。
屋敷につくと使用人ではなくヴイが直接出迎えてくる。
「ようこそおいでくださいました! さっ、どうぞどうぞ」
「あのヴイさん、こいつまでついてきちゃったんですけど……」
リナはオレを示す。
──ったりまえだろ!
依頼主になったとはいえこんな変な奴とリナをふたりっきりにさせられるか!
「ああ、全然かまいませんよっ! リナさんもそのほうがきっとリラックスされるでしょうし」
ヴイはさほど意にもかいせず、屋敷の中へオレ達を招き入れた。
屋敷の内装は外見と同じく立派だ。
廊下の壁には鮮やかな色合いの絵がいくつも飾られており、調度品もごてごてしたものはなく品良くまとめられていた。
「わぁ、綺麗な絵……これは全部ヴイさんの絵なんですか?」
リナが感嘆の声を出す。
「はは、恥ずかしながら、そうです」
へぇ……
その飾られている風景画の場所はどこにでもありそうなものなんだが、その配色がとても鮮やかだった。
街並みをプリズムを透してみたように、きらきらと一つ一つの物の色が輝いている。
たくさんの色彩が己を主張している。
なのにそれぞれをうるさくも感じず、ぞれでいて全体で躍動感を表現していた。
──こいつの目には世界がこんなふうに映るんだろうか?
画家という職業の人間の感性にオレは驚いて──少しならリナを描かせてやってもいいかな、と思った。
しかしよく見たら絵は風景画ばかりだ。
人物が描かれたものは見当たらない。
オレ達はアトリエらしき部屋につく。
中に入ると油絵具独特の匂いが鼻をついた。
手前のほうにはテーブルとソファがあり、中央には台座があった。
台座の上にもソファがあり、それは白い布で全体を覆われている。
おそらくそこにリナを座らせるのだろう。
そして、部屋の奥のほうにかなりばかでかいイーゼルとキャンバスがセットされている。
あんなでかいキャンバスに描くつもりなのか?
これって10日で間に合にあうのか?
「あたしはここに座るんですか?」
「はいそうです。が、とりあえずこの衣装を着ていただけないでしょうか」
ヴイはリナに袋を手渡した。
「着替えるんですか?」
「その方がイメージも湧きやすいので……あ、着替えはそこの部屋でどうぞ」
リナは手渡された袋を手に隣の部屋へ向かった。
リナが着替えている間、ヴイはもくもくと準備にとりかかる。
「衣装って前からあらかじめ準備しておいたのか?」
「いいえ、昨日リナさんと会ってから──イメージに合うものを探し、すぐに仕立てさせたんです」
「昨日あれから!?」
「はい。仕立て屋には少々無理をさせましたが──リナさんのためだったらっ!いくら金を積んでも不可能を可能にさせますっ!」
ヴイは筆を握り、あらぬ方向を見て叫ぶ。
なんかこいつむやみに熱いなぁ。
その時、隣の部屋から着替えたリナが出てくる。
「え~と……こんな着方でいいの?」
リナの姿を見て──オレは絶句した。
赤い、光沢のある生地。
光のあたりぐあいによってかすかに色がきらめいている。
金糸が折り込まれているようで、生地は動くたびに赤と金の波紋を描く。
そうとう高価な生地のようだった。
そしてなによりも、その丈の長いドレスのような服はリナの細身を──
「おぉっ! サイズもぴったりですね~よかった! 着方も間違っていませんよ♪」
「ほんとにぴったしね。なんか、高そうな服」
サイズがぴったりで身体の線が出てしまう服にリナはちょっと恥ずかしそうに身をよじり、手には服と同じ生地のショール持って台座へ歩いた。
軽やかで薄い生地はリナの体型をうっすらと描き出す。
起伏を描く曲線が「リナはもう子供じゃない」という事実をオレにつきつける。
ごく、と自分の唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。
呆けたように見入っていたオレは、ふと振り向いたリナと目が合った。
とっさに無表情を装ったが、リナはオレの注視に気付いたのか気付かなかったのか、顔を赤くしてむくれるとぷいっと顔を逸らした。
リナは白い布の敷かれたソファに横になる。
「いや~っ! リナさん美しい! そこでもうちょっ~~と顔を斜め上に向けてくれますか?」
「えと…こう?」
「はい! それで右足をもっと曲げて…」
ヴイの指示に従いリナが体を動かす。
そのたびに軽い生地の服はさらさらとリナの体のラインに沿って軌跡を描き、少し上を向くとかるく結わえた髪の隙間から、細い首とうなじがちらりとのぞいた。
上を向いているため、リナが正面のキャンバスを見ると伏目がちになる。
その表情を見て──オレは目をそらす。
リナを、見ていられない。
その艶っぽさを見慣れなくて──