気球 6

 「まいどあり~」の声を背中に聞き、あたしは武具屋を後にした。
 新しいショルダーガードの重さにまだ慣れず、違和感はあるものの、あたしの足取りは軽い。腰回りのベルトや小物入れ、旅には必需品の方位磁石に折り畳みナイフなどなど──いろんなものをアルバイトの給料で新調したのだ。
 以前から下準備をしていたのもあって、旅に必要な所持品は一通り揃った。
 あとは持って行けない大事な荷物を実家に送って、その他は捨てるなり売るなり、処分できるものは処分する。そして部屋を空にしたら引き払い、この街でお世話になった人たちに挨拶回りを済ませてしまおう。
 これで旅立つ準備は万端──なんだけども。

「うーん。ガウリイに連絡取らなきゃ……にしても、ほんとにあたしと一緒に行けるのかしら?」

 昨日、気象観測のアルバイトは全日程を終了した。あたしは最後まで女とバレることもなく無事にお給料をゲットできたのだが……リーダーのデュクリスおっちゃんが「最後だから!」とあたしにかいぐり抱き着いてこようとしたところに、ガウリイが「片付け大変そうですね、オレが手伝いますよ!」と割って入り、二人でなにやらじりじりと牽制しながらの睨み合いを始めたのだ。

 これ以上おっちゃんに構われたくないあたしは、ガウリイが引き留めてくれているうちにそそくさと逃げるように去ることができたけども──そのせいで、最終日だってのにガウリイとろくに話をすることができなかったのだ。
 帰り道の途中でガウリイが来るのをしばらく待ってみたけど、本当に片付けを手伝わされているようでちっとも来ないし!
 仕方なく一人で街に帰り、こうして翌日を迎えたってわけ。

 ガウリイと住んでる場所は互いに教え合ったけど、いつ彼に連絡したらいいだろう……?
 というか、ガウリイが同行を言い出したのも即決すぎで、あたしの旅についてくるってのがどの程度の本気なのかわからなくて不安である。
 その場のノリで発言しただけで、「やっぱ行けない」なんて言いだす可能性も十分にあるわけで。ガウリイが行きたくても仕事とかの関係でどうしても無理、なんてこともあるかもしれないし……。


*****


 悶々と考えながら歩いていると、あたしの住むアパートメントの前で誰かがうろうろしているのが見えた。
 その不審者は見覚えのある長い金髪に長身の青年──だけど、彼の格好はアルバイトをしてたときの見慣れたものとは違ってて、軽装鎧に長剣といういかにも旅の傭兵の風情である。

「ガウリイー!」
「あ、リナっ!」
 駆け寄るあたしに気が付くと、ぱっとまぶしい笑顔を見せてくる。
「よかったー! まだ出発してなかったんだな!」
「昨日アルバイトから戻ってきたばかりよ? すぐに出発するわけないじゃない」
「いや、お前さんせっかちだからオレを置いて行きかねないと思って、急いで準備してきた」
「……置いていかないわよ」
 くすくすと笑ってガウリイの軽装鎧を指先で突っついた。
 彼の旅装は初めて見たけれど、よく見れば装備も荷物も使い込まれている様子があるし、佩く剣にもぎこちなさというものがなく、やたらなじんで見えた。
「その格好だとすごく旅慣れて見えるわね」
「だろ? お前さんが思ってるよりもオレは役に立つぞ。というかお前さんのその魔道士っぽい格好も新鮮に見えるなー」
 ガウリイはあたしの頭をくしゃりと撫で、ついでに長く伸ばしたままのあたしの髪を確認するように指で梳いてくる。それがこそばゆくて、あたしは小さく笑った。

「……でも、ガウリイ。本当にあたしと一緒に行けるの?」
「へ、なんだ今更? とっくに決めただろ」
 これはもう決定事項らしい。当たり前の顔で、むしろ確認されたことに少し憮然としながらガウリイは言ってくる。
 迷いのないその様子が──嬉しかった。


「んじゃ、出発するか! 最初はどこ行くんだっけ?」
「はああ!?」
 すぐにでも歩き出しそうな勢いである。
「あのねえ……昨日、自分ちに戻ってきたばかりなのよ! まだ全然準備できてないの! 出発まであと数日はかかるわ」
「ええ! そうなのか!? てっきり……すぐ旅に出るもんかと……」
「んなわけないでしょ。どっちがせっかちなのよ!」

 そうかあ、出発はまだ先なのか……なんてつぶやきながら、ガウリイはぽりぽりと頭を掻いている。そして気まずそうにあたしに告げた。
「リナ……オレ、もう部屋を引き払っちまって、住む場所も寝る場所もない」
「……でえええ!?」
 それ、慌てすぎでしょ……。
 というか、こいつ、ただ考え無しなだけじゃ?
「ほんとに身一つでここに来たのね……」
「おう。だから出発するまでリナの家に置いてくれ」
「もー、仕方ないわねえ……狭い部屋だけど、宿舎のあの部屋ほどじゃないから、まあなんとかなるでしょ。置いてあげるかわりに掃除や片付けを手伝ってもらうかんね!」
「わかった!」

 ガウリイが自身の荷物を持ってついてくる。
 あの宿舎の──狭い部屋でガウリイと窮屈に過ごしていた一週間を思い出しながら、あたしはガウリイと連れ立って部屋に向かった。

 なんだか、こうして彼がそばにいるのがとても自然に感じる。
 長いようで短かった一週間だけれど、彼と『一緒にいること』がもうすっかりあたしに馴染んでしまっていることに気が付いた。
「ガウリイ」
「なんだ?」
「これから、よろしくね」
「おう、こちらこそ」
 少し照れた微笑みを交わして、あたしは部屋のドアを開けた。

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