後宮伝説 21

 捕らえている皇帝の腕が立つことは知っていたし、彼が逃げ出そうと思えばいつでもそうすることができるのは承知の上で幽閉していたのだ。なので、閉じ込めた部屋から脱出した皇帝が剣を手にし、大勢の兵士を相手に抵抗しているという報告を受けてもゼロスはたいして驚かなかった。本当のところ、本国にいる君主ゼラス=メタリオムからの使いを待たずに皇帝と後宮を片付ける口実ができ、手っ取り早くていいと思った。
 しかしながら──その現場に訪れ、後宮にいるはずの正妃を見つけた時はさしものゼロスも驚いた。

「これはこれは、リナ正妃様じゃないですか! 後宮からよくここまで来れましたね」
「あん時はよくもやってくれたわね! あんたが来るのを待ってたのよ」
「また僕と遊んで欲しいんですか?」
 三叉路の二方向から敵は来る。二人が戦ってきた廊下には倒された兵士達が転がり、ときおり呻き声を洩らしていた。ガウリイは一方に向かって次から次へとやって来る兵士を相手に戦う。その背後でリナはゼロスと対峙する。
「リナ! そいつから離れろ!」
「いいんですか? 正妃様がここを引いたらあなたの背後ががらあきになるんですよ」
「くそっ!」
 ガウリイが一薙ぎすれば、最初の一太刀と返す刃、最後に繰り出される蹴りで三人の兵士が倒される。余波に後続の兵士も倒れるが、それを乗り越えて新たな敵がどんどん湧いて出た。
「きりが無い!」
「ガウリイの背中ぐらい、あたしが守るわ。それにゼロスには殴られたお礼を返さなきゃなんないし!」
「ああ、殴られたことを根に持ってるんですか?」
「あったりまえでしょ!」
 ひゅっ、と剣を振ると微かに付いていた血糊が床に転々と弧を描く。
「怖いですねえ──でも、前みたいに手加減しませんよ? あなたたち二人には利用価値はありませんし、ここで死んでいただきます」
 ゼロスが笑んで細く瞳を開く。剣を手にし、供の部下を下がらせた。
「また一対一で相手をしてあげます。手を出せない皇帝の背後で正妃を屠るというのも、またオツではありませんか」
「お生憎様、あたしは、負けない!」
 今度はガウリイが側にいる。彼の背中は自分が守る。それだけでリナはどこまでも強くなれる気がした。

 ガウリイは絶え間無く襲ってくる敵兵を倒しながら、背後で展開されている戦いの仔細が見れないことに歯軋りしていた。隙を見て振り向こうとするが、奥の兵士が繰り出してきた槍を脇の横でぎりぎりに避けた。そのまま槍を腕で挟んで奪い取り、居並ぶ敵を殴打した。そこでリナの掛け声と剣戟の音が響く。
「リナぁっ! 無事か!」
「だい、じょーぶ! ガウリイこそ、よそ見しちゃ駄目よ!」
 リナは突きの一撃を腕を絡めるように防いで、剣で弾く。さっと引いて破れた袖を肩から引きちぎった。浅く切れた二の腕に赤い線が浮かび、じわりと赤い玉が作られる。
「あなたは皇帝のためにわざわざここまで来たのですか? それは、なんとも美しく、泣かせる話ですね! でもご存知でしょうか。美談とは悲劇に終わる事が多いのですよ」
 くすくすと笑い、ゼロスは刃先を指で撫でる。リナの背に悪寒がざわりと走る。とっさに剣を持つ手を引いて横に構えると、ぎゃりっと音を立ててゼロスの刃がぶつかった。
「速い!」
「あなたが遅いんですよ。よく防ぎきれましたね」
 瞬きをする間をも与えず刃が襲い、リナは辛うじて剣を合わせる。見えているのか、いないのか、自分でもよく分からない。次第に悪くなる状況を覆そうとリナは一歩詰めより大きく薙いだ。続いてぱっと上体を引けば、下段から剣先が跳ね上がり鼻先をぎりぎりに過ぎていった。体勢を直しゼロスの開いた懐を狙うが柄で弾かれる。
「正妃様、良い顔をしてますね。不思議と前と違って『女』の顔をしていらっしゃる」
「うっさいわね!」
 二人は向かい合う。リナは息を整え、柄を握り締めた。足に力を入れて踏み張るとゼロスが意味ありげににやりと笑った。奇しくもこの場面はリナが不覚をとった前回と似ている。
「やあぁっ!」
 リナは躊躇することなくゼロスの間合いに飛び込む。ゼロスの剣でその攻撃は正面から止められた。打ち合ったまま、鍔まで刃を滑らせた。押し合いの力勝負ならリナに分は無い。容易くゼロスはリナを押し飛ばす。しかし、そこで力を殺さずに流れに乗って──リナはくるりと体勢を変え、迫る壁を蹴った。
「なっ!?」
 威力と速さを増した剣はゼロスの剣を弾き飛ばす。喉元を狙って寸分の狂いも無い剣先が──皮膚へと突き刺さる直前でぴたりと止まった。
「あたしの、勝ちよ! ゼロス!」
「……くっ」
「あんたたち、これが見えないの? ガウリイから離れなさい! 大将の首が飛ぶわよ!」
 剣先を僅かに皮膚に沈めさせる。侵略軍総督の危機にガウリイと戦っていた敵兵は潮が干くように離れていく。慌てて駆け寄るガウリイに怪我が無いのを見て取り、リナは安堵した。
「リナ! 無茶しやがって……」
「大丈夫、たいしたことはないから。それよりもこいつが抵抗できないように腕を縛って。すぐに!」
 今回の侵略は女帝ゼラスの懐刀であるゼロスが核となっている。見捨てるという選択肢はとても思いつかず、敵兵達はこの状況に手を出しあぐねる。
「この僕を利用するつもりですか」
「ええそうよ。十分に礼を返させてもらうわ。さあ、こいつの命が惜しかったら、後宮までの道をあけて!」



 砲弾や火薬も尽きかけて、どのようにしてここから落ちのびようかとゼルガディスが頭を悩ませていたところで敵の攻撃がいきなり止んだ。大砲の砲門が向けられている瓦礫の山の上から、ガウリイとリナが堂々と帰還してきた。そしてもう一人、剣を突き付けられて人質とあいなっているゼロスも連れられている。
「……あんたらの行動には驚かされない、ということがないな」
「何淡々としてんのよ。すぐにみんなを集めて! ここから脱出するわよ!」
 リナは『即決しないとゼロスの指を一本一本削いでいく』と悪党も真っ青の脅しで、後宮の安全解放を承諾させた。千人が移動できるだけの馬車と馬も要求している。ゼロスを人質に取られ、青ざめたメタリオムの部下たちは今頃手配に奔走しているはずだ。
「いやあ、なかなかに卑怯な脅しっぷりでしたよ」
「あんたに言われたくないわ!」
「というか、お前人質だって自覚あんのか?」
 ガウリイが咽元に突き付けていた剣の刃をひたりと皮膚に隙間無く合わせる。リナが負わされた傷を思うと今すぐにでも斬り刻んでやりたくなる。
「殺されないのはわかってるんですよ。僕は脱出の要ですから」
 平然と言い放つ。
 憎らしいが、真実だった。

 用意させた馬車に宮女たちは次々に乗り込み後宮から出発していった。美しい獲物達を目の前にしながら、ゼロスを人質にとられているために敵兵は指をくわえて見送るしかない。先に出た全ての馬車を確認し、リナ達は人質を連れてしんがりの馬車に乗り込んだ。
「僕をどこまで連れていく気ですか」
 いまだに、ゼロスにはガウリイの剣先が向けられていた。少しでも油断してはならない相手と判断してのことだ。
「そうね、みんなを無事に帰して、それからあたし達に追っ手がつかないところまで来たら解放してあげるわ。抵抗できない人質を殺す趣味はないから安心しなさい」
「……調子に乗らないでくださいよ。僕がこの状況に甘んじているのはあなたがたをたいして脅威と思ってないからです」
「あら、優しいのね。取るに足らない連中だからこうして逃がしてくれるのね」
「後ろ盾のない皇帝や正妃が逃げても痛くも痒くもないですから、我々は」
「オレはもう皇帝じゃないぞ──やめちまったからな」
「……は?」
 リナとの火花が散るような対話を遮って言われた言葉に、ゼロスは目を丸くする。
「やめるって……生き延びた皇帝が、皇帝をやめてこれからどうするんです?」
「そうだな、帰る家もないし、とりあえずリナのお婿さんにしてもらおう」
「ガウリイあんた何言って……にゃあっ!」
 空いている片手でリナを掴み寄せると、ガウリイは頬を摺り寄せた。一瞬で顔を赤くするリナがいとしくて自然と顔がほころぶ。
「バカっ! 人前でんなことするなぁああ!」
「うわあっ! 剣を突き出したままでじゃれあわないでくださいっ! 刺さったら死にます!」
「そん時は事故と思って諦めろ」


 後宮脱出の行軍は道中にさほど問題もなく無事であった。
 宮女たちはあるものは実家へ、または街で働き口を見つけたり、その秀麗さから嫁ぎ先を得たりして、三々五々に市井の人へと還っていく。わずかとなった行軍の足取りがついえたところで、やっと解放されたゼロスがメタリオム軍に現れた。

「ゼロス様! ご無事でしたか!?」
「すぐに追っ手を差し向けて……」
「よしなさい。彼らはもう馬だけで逃げてます。それに彼らを逃がしたところで、どんな影響が出ると? ……だいぶ仕事が遅れてしまいました。すべきことは他にたくさんあります。放っておきなさい」
 ずっと拘束されていた腕を軽く振り、ゼロスは兵士に指示を下した。
 そして、ふと彼らが去って行った方角を見やる。先ほど自分が兵士に言った言葉を反芻し、ゼロスは自分を納得させた。


 それから──かつて皇帝と正妃であった二人の行方は、ようとして知れなかった。



 十数年後、一人の青年が率いる解放軍によってメタリオムの属国となっていたこの国は解放される。彼は圧政を強いるメタリオム軍を破竹の勢いでことごとく打ち破り、さらにその後は四分五裂の状態であった各自治区を纏め上げて悲願の天下統一を果たした。自ら新皇帝に即位した彼の長い統治は、以後続く王朝の基礎となっている。
 若く強い新皇帝の側には、鬼神のように強い将軍と知略に長けた女性の参謀がいたらしい。建国のために裏に表に多大な貢献をしたといわれているが、それがあの二人だったのかどうか、残念ながら正確には伝わっていない。
 しかしながら俗説では彼らは亡国の皇帝と正妃であり、そして新皇帝の両親でもあると言われている。民衆には歴史的な正誤は関係ないのだ。新皇帝とともに、二人の活躍は芝居や唄、本などで広く知られ、時代とともに褪せることなくいまだ根強い人気を誇っている。
 が、これはまた別の伝説なので「後宮伝説」はこれにて幕を閉じさせてもらおう。







・元ネタ
原作小説→酒見賢一氏「後宮小説」
アニメ →「雲のように風のように」

アニメを中学生の頃に観て、とても印象に残ってました。
んで、原作の小説を読んでみたらこれがおもろいんだわ。
「ニヤリ」って感じで。いや、「ニヤニヤ」か?
アニメは子供向けに話が変えられます。それもそれで面白いです。
アニメのタイトルは主題歌を覚えていたおかげで思い出せた。
ありがとう佐野量子。

原作で主人公の描写が。
童女」「美少女」「柔らかい栗色の髪
聡明さをたたえ眩しさすら感じさせる瞳」…等々。
あああああ。リナさんがこんなところに(笑)
皇帝も「美麗」とか、とにかく美しいって書かれてて
なによりも彼「生殺し」なんですよ!!
ぐはぁ――――!!(大喜び)
も~、妄想が止まらない。
いろいろ無理矢理こじつけて、ガウリナ変換。てきとーに(笑)
本当に長々と駄文にお付き合いいただきありがとうございました m(_ _)m
それでは、また!
Page Top