誰のために咲いたの 1

2020年にゆばさんサバ缶さんが発行されたガウリナ合同誌「glhf-jirejire-」に寄稿した話です

 貴賓館の一室でゆっくりとティータイムを楽しんでいるのはアメリアとリナの二人。
 昨日の『フォレストハウンド』との闘争がはるか遠くに感じられるほど、時間は穏やかに流れている。差し迫った危機はもはやなく、メイドからの質問を遮る者もいないので給仕は実にスムーズだ。
 ほんの少し前まで、リナはアテッサの街周辺の安全確認をして回っていた。担当した区分には問題は見当たらず、やるべきことはすませ、こうして報告がてら貴賓館で寛いでいる。勘と視力の良いガウリイは警護兵とともにさらに広い範囲を見回っているため、別行動だ。
 アメリアと二人でいると、次から次へと話が湧いて出て途切れることがなかった。旅路を分かれてからどれほどの月日が経ったことだろう。積もる話は山ほどある。あちこちの名物料理や景勝地、そしてアメリアの興味を最も引くであろう各地の情勢についてどんどん話して聞かせた。もちろんアメリアからも国家間の状況や魔道士協会、神殿の活動について情報を提供してもらう。
「やはり、自身で見聞きした情報は貴重ですね。わたしも前のようにリナと一緒に正義執行の旅に出たいんですが……今は、やるべきことが多くて」
「正義執行の旅て」
 苦笑しつつ相変わらずねえ、とアメリアを見る。
 一緒に旅をしたあの日々から時間を経ても、アメリアの正義オタクは変わらない──でも明らかに変わってきているところもある。
 香茶の入ったカップを口に運ぶアメリアに視線をやりながら、リナはわずかに唸った。
「ふむ……」
 カップを持つ優美な手つきには、隙と無駄というものがなかった。再会した時のようなドレス姿ではなく、待機中である今は動きやすい軽装になっているが、ドレスでなくとも彼女の振る舞いからは身分の高さがにじみ出ている。それに加えて、つやつやと光るピンク色の爪、透明感のある肌、キューティクルの完璧な黒髪──
「再会した時はドレスを着ているからそう見えるのかなと思ったんだけど……」
「何がですか?」
「なんというか。アメリア、綺麗になったわね。その、失礼に聞こえたなら謝るけど」
 元気娘な印象はそのままに、以前よりも綺麗になっている気がするのだ。
「当然ですっ!」
「うおっすごい自信」
 謙遜はみじんもなく、アメリアは拳を握って高らかに言い切った。
「努力してますから!」
「ど、努力……?」
「ぼけっとしてるだけじゃ綺麗になれないわ。いつでも誰にでも、一瞥して『こいつはあなどれない』って印象になるように気合入れて手入れしまくっているんです」
「え、それは美容に興味があるってわけじゃなく?」
「多少はありますけど。義務感のほうが勝ってますね」
 アメリアは後ろに控えるメイドに「わたしのメイクボックスを」と指示した。二人がかりで運ばれてきたのは立派な装飾の施された頑丈そうな箱で、蓋をぱかりと開ければ、スライドするインナートレーに隙間なくみっちりと化粧品が並んでいた。そのどれもがきらびやかに光っている。
「うはあ……さすが王女さま……」
 これを全部売っぱらったらいくらになるだろうか。
「どれもかなり高価です」
「………………」
 リナの思考はすでに読まれていたらしい。
「わたしの美容には、セイルーンの、国としての威信がかかっていますから」
「そんなおーげさな……」
 言いながらもリナは再考した。
「いや──大袈裟でもないわね」
「でしょう?」
 にっこり笑うアメリアの白い歯がきらりと光る。これも手入れをしての成果かもしれない。
「王族の在り方は、その国力を体現しているとわたしは思います」
「まあ、そうよね」
 アメリアが強く美しくあることは、現在のセイルーンがどれほど豊かであるかという証左になっている。
「綺麗になるのもだけど、こんなに質の高そうな化粧品をたくさん揃えるのも大変そうよねえ」
「これ、ほとんど国産ですよ」
「ええっ! セイルーンの?」
「国の全面バックアップのもと、生産に取り組んでいるのです。化粧品の安定供給は、ほぼ全ての産業に注力しなければ成り立ちませんし」
「全て? そんなに?」
「そうです。材料に必要な植物や鉱物を継続して採取できるようにするための基盤作り。精油抽出の研究所も作りましたし、それらを配合、加工する技術力と工業力も重要です。あと材料調達や販路のために安全な交易路を構築しなければいけません。カラーや容器のデザインに最新流行を取り入れたいので、情報収集、分析能力に秀でた人材も必要になってきます」
 その規模の大きさにリナはぽかんとする。
「はあ……想像以上だわ」
「ここにあるのは容器にもこだわりぬいた富裕層向けの化粧品ですが、購入しやすい普及版も販売しています。多くの方々に喜んでいただきたいですから」
 アメリアの所持している容器は伝統工芸も取り入れたものになっているのだろう。それだけでも高値がつきそうだ、とリナは感心して頷いた。
「で、事業として成功しそうなの?」
「好調でいい影響ばかりですよ。産業が拡大すると職が増えるし、ついでにセイルーンに美人が増えます」
「それがついで?」
 二人して笑う。
 アメリアは自分が綺麗になるよりも、セイルーンの安定と繁栄を第一に考えて行動しているのだ。
 ──さすが正義の人。
「それに、交渉相手によっては好印象を与える贈り物にもなります。男性でも『妻や娘がとても喜んでいた』とおっしゃるかたもいますし。『もっと欲しいですか?』って取り引きの材料にできるんで、本当に優秀です」
「なんつーか……あくどいというか……」
 支配者階級の交流は一筋縄ではいかない。アメリアくらいのしたたかさが必要なのだろう。
「化粧品へのイメージ変わるわー」
「よかったら、それ差し上げますよ!」
「ええっ?」
 きらびやかな化粧品に目をやっていたリナに、いくつか手に取ってアメリアが勧めてきた。
「余分に持ってきてますし」
「……あなた、あたしになにかさせたいの?」
「違いますよう! 無償の好意くらい素直に受け取ったらどうです」
「本当に? タダで? ……でもやっぱり……荷物になっちゃうからいらないかな」
「とかいって、宝石とか貨幣はじゃらじゃら持ち歩いてるじゃないですかっ!」
「あれは必需品なのっ」
「化粧品だって乙女の必需品ですっ」
「旅路で化粧品なんていつ使うのよ?」
 リナだって時と場合によっては化粧くらいする。しかしそんな機会は滅多にない。
「ええい、基礎化粧品も付けますよ!」
 アメリアはリナが反論しにくいようにと、手頃な大きさのものから次々に取り出した。
「これとこれと、これもおまけにつけましょう! 綺麗になったらガウリイさんも喜びますよ」
「なんでガウリイのためにってなるのよ。それにあたしはもとから美少女だから必要ないわっ!」
「はい、そうですね」
 簡単にあしらわれた。
 アメリアがメイドに命じて、袋に化粧品をまとめさせている。
「余裕があれば使用感を手紙で教えてくださいね。あとあちこちで『セイルーンの化粧品はすごい』って口コミをよろしくお願いしますっ」
「もう、ちゃっかりしてるんだから」
 したたかさと行動力では、アメリアに負けている気がする。
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