リメインズレイダー

番外編 あるオフィスの日常 2

 ──そして数日後──
 すっかり平常通りとなったガウリイは確かな足取りで廊下を進み、オフィスのドアを開けた。そこにはルナに呼び出された一同がすでに集まっている。ガウリイは当然の顔をしてリナの隣に立った。そして正面に立つルナを見るが、彼女が遺物らしきものを持っている様子はない。
「ガウリイさん。もう具合は大丈夫なの?」
「ああ、リナの『あの日』は終わ……」
「よけいなこと言うなああ!」
 すぱあああん! と雷光の素早さでリナにはたかれる。「いてえ」と頭をさするガウリイは、いつの間に取り出したんだとスリッパを凝視した。スリッパを握るリナの手──彼女の付けているブレスレットがきらりと光る。
「お前さん、そういうの持ってたっけ? 初めて見た」
「ヘンなところで目敏いわねえ」
「それが、ガウリイさんを助ける遺物よ。リナ──付けてあげて」
 リナがガウリイの手を取ると、まったく同じ形をしたブレスレットをもう一つ取り出し、彼の手首に巻いて付ける。
「なんだこれ?」
「それはね、魔力伝達の魔道具なの」
「へえ?」
 ガウリイはいかにもわかってないという表情になった。
「以前、その魔道具を手に入れたときに詳しく調べてみたら、二つの魔石間で魔力の伝達をするということがわかったの。そのときは、こんな機能があっても何に使えるのやら……と思ってたんだけど」
 ルナはリナのブレスレットを指差す。
「こちらには、自動で地脈を探して魔力を拾い上げる機能を埋め込んでおいたわ。でも自動とはいっても、魔力探知は魔道士の能力がないとできない。だからこのブレスレットを起動できるのは──この部屋でいったらリナとゼルガディスくらいね」
「俺にガードはいらない。そんなのは着けんぞ」
 わかってる、とルナが頷く。
「そして、こっちのブレスレット。これは片方のブレスレットから流れてくる魔力の受信機になっているの。そうね、Wi‐Fiで例えれば、リナのは世界中どこでも電波をキャッチすることのできる端末。ガウリイさんのは、リナからテザリングを受ける専用端末ってこと」
「ちっともわからん」
 ルナは最初からガウリイの理解は求めてなかったようで、説明を続けた。
「とにかく、これでリナの体調に左右されることなく、ガウリイさんは安定して動けるようになるってこと。でも魔力を中継しているブレスレットとテザリングし続けるために、リナから遠く離れちゃ駄目。どう? これでガウリイさんの希望通りじゃない?」
 ガウリイはブレスレットの存在を確認するように、己の手首に触れた。
「よくわからんが、これでリナに迷惑かけなくてすむんだな」
「迷惑って……あの体調不良は、べつにあんたのせいじゃないんだからね」
「おう」
 ばつの悪そうにするリナに構わず、ガウリイは彼女の手を取ってぶんぶんと縦に振った。
「これでずっとお前さんを守れる!」
「いや、あのね、このブレスレットがあれば、なにもあたしにこだわらなくても……」
「他の人とは嫌だ」
「断る。俺は忙しい」
 ガウリイから簡単に却下され、間髪入れずにゼルガディスからも突っぱねられる。
 モニター画面のアメリアが表情豊かにくすくすと笑った。
『とりあえずは、問題解決じゃないですか?』
「まあそうかもね……そうかもしれないけど……ねえガウリイ、いつまで手を握ってるつもりなのよ」
「えっ。離れちゃダメなんだろ?」
「つーか近すぎ」
 ルナが、ふむ、と頷く。
「確かに離れてはいけないと言ったものね。でも実証実験では、テザリングは半径2キロくらいまでなら大丈夫と結果が出ているわ」
「2キロ……ってこれくらいか?」
「いやそれ一歩下がっただけでしょーがっ! 手ぇ繋いだままだし!」
 今度はリナがぶんぶんと手を振って、ガウリイの手を振りほどこうとする。しかしそのうち諦めて、されるがままとなってしまった。
 ガウリイはにこにこと笑うだけである。
 大義名分を得た彼は、このまま近距離護衛を押し通すつもりらしい。
「さて、リナ。動作の確認がてら、仕事してちょうだい」
 ルナが、ぴっと取り出した飛行機のチケットをリナに差し出す。
「……え?」
「ちゃんと二人分準備しておいたから」
「はあ……あっ!? これって今日じゃない!」
「このあとなにも予定ないわよね。暇でしょ?」
「……はい……」
 ルナへの言い訳は少しも思い浮かばず、リナは承諾の返事をした。
「目的地はここ」
 ルナは壁の世界地図を指差した。大雑把過ぎて地点の詳細は分からないが、とりあえず遠い。
「なんでも、遺跡神殿なのにどこからか謎の電波が発生しているんですって。分析してみたら、女性の高笑いの声紋データが検出されたとか。調査のしがいがあるでしょ?」
「なにその怪しいことこのうえない遺跡……」
「ま、いいじゃないか。行ってみようぜ、リナ」
 ガウリイは、世界地図をいかにもわくわくした視線で眺めた。
 彼の目を通せば、世界中の光景が新鮮なものになることをリナは思い出す。
 どんな些細なものでも興味津々に楽しむガウリイと一緒なら、世界中どこに行ってもきっと退屈することはないだろう。
「……しょうがないわねえ、じゃあ、まずは荷物の準備からしましょうか」
「おっし行こうぜ! めざせ世界征服!」
「なんか違うと思う。あたしは世界中のご飯を制覇するほうがいいけど」
「それいいな!」
「目的地の近くに街があるから、手始めに屋台めぐりして──」
 わいわいと楽し気に旅の計画をしながら、二人はオフィスを出ていく。
 ほどくのを忘れているのか、手は繋いだままだった。
「まったくあの二人ったら……いちおう『仕事』のはずなんだけど」
 ルナはやれやれと息をつくと、「ちょっと秘密基地に行ってくる」とゼルガディスに告げてオフィスを出ていった。
 やっと静かになったオフィスでデスクワークに励むゼルガディスに、アメリアが話かける。
『いいなあ、ガウリイさん。あっちこっちに行けるようになって』
「アメリアだってどこにでも行けるじゃないか」
『行けるというよりは見てるだけです。データを通した世界じゃなくて、アナログに自分で触れてみたいんですよ~』
 人工知能にも欲求はあるのだろうか。それともこれは知識欲の範疇にあたるのか。
「そういった学習も必要だとプログラミングされてるのか?」
『んもう! 違いますよう。データとして世界中を見られるようになりましたけど、実際にその土地の空気や地面に触れるって、どんな気持ちになるのか知りたくなってきたんです」
「実際にか……。ああいうのは時間も労力もかかるぞ」
「それがいいんじゃないですか! アナログの醍醐味ってやつですよ」
 人工知能に醍醐味を説かれてゼルガディスは苦笑する。
「それもそうかもな。なんにせよ目標があるってのはいいことだ。そのほうが義体も作り甲斐がある」
 実験室の中で機械を動かすのと、旅行で運用するのとでは雲泥の差がある。
 システム・アメリアの義体を完成させるのにどれほどの年月がかかるのか、今は予想もつかないが──完成のあかつきには、さぞかし喜んでくれるだろう。
「もし旅ができるようになったら、アナログ世界の感想をきかせてくれ」
『もちろんです!』
「さて……少し休憩するかな」
 ゼルガディスは立ち上がり、ジャケットをひっ掴む。するとパソコンは自動でスリープ状態になり、照明の光量も落ちていった。
『今日はどこのカフェに行きますか? 1ブロック北のカフェは機器の整備で臨時休業、2ブロック西のスーパーはフードがリニューアルしてますよ。あっ、財布とカードホルダーを忘れないでくださいね』
「持ってる」
 ゼルガディスのスマートウォッチからアメリアが情報提供を続けている。
 ドアの扉が閉まると、オフィスはやっと静けさに包まれたのだった。

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