傭兵ガウリナ

 一緒に戦えと誰かに指示されたわけでも、自分で決めたわけでもない。なのに、気付いたら自分の前や後ろにいて、なぜか一緒に戦っているのだ。
 金の長髪が目立つ剣士で、戦うさなかにもリナの視界にその髪がちらりと見えたら、「来たな」とだけ思う。ときにはリナから剣士のもとに進み、並んで戦った。彼を守りたいといったわけではないし、彼の側にいたほうが安全とか楽できるという理由でもない。むしろ彼と自分はアタッカーとしてライバルみたいなものだ。
(彼に前線を譲っちゃったらあたしが目立てないじゃないの!)
 そんなことを考えながらリナは今日も魔物を狩る。
(まあ、確かに、彼と一緒にやったほうが効率いいけど)
 思うにこの剣士とリナは『強さ』が同じなのだ。どちらかが足を引っ張るということがない。リナは魔道士にして剣士、そして彼は剣士。戦い方に差異のある二人が揃うと魔物の駆除がめっぽう捗った。
 言葉を交わしたことはほんの数回しかないが、名前くらいは知っている。
 だから、偶然酒場で見かけたときにも名前が口をついて出て、思わず声をかけてしまったのだ。

「あなた……ガウリイね?」
「ん? あ、お前さんは」
 驚きの表情のあと、彼は立ち上がる。
「……こんなときなんて挨拶すりゃいいんだ? 初めましてじゃないし、久しぶり、でもないし。いつもお世話になってます?」
 礼儀正しいけれど、どこかズレている。リナはくすりと笑った。
「こういう場で会うのは初めてね」
「ああ」
 勧められて、リナは同じテーブルについた。正面から視線がぶつかる。妙な居心地の悪さを感じながらリナは飲み物と食事を注文した。戦いのクセや太刀筋や気合の声、怪我を負ったときの苦悶の顔――互いのそんなところは知っているのに、平常の顔で向き合うのは初めてでどこかぎこちない。
「自己紹介もまだだったわね。魔物退治で毎日ってくらい会ってるのに、ね」
「オレ、お前さんの名前知ってるぞ。確か――」
 平素のガウリイは穏やかな物言いをしている。威圧感や居丈高なところなどもない。戦いの場ではあんなにきびきびとしていて隙のない剣士なのに、と思いながらリナは興味深い瞳でもって彼を見た。
「名前は、リナドノだろ?」
「……は?」
「だから、『リナドノ』。隊長さんがお前さんをそう呼んでた」
「それは『リナ殿』よっ! 名前に敬称くっつけるな!」
「あ~そっか、なるほど」
「あなた……もしかしてひどい天然?」
「いやあ」
「誉めてないし!」
「リナ」
「なによっ」
「覚えやすい名前だ」
 柔らかい声音で言われて、リナは言葉を詰まらせた。
「これからもよろしくな」
「あ……うん」
 なんだか気がそがれてしまった。テーブルに届けられた飲み物を大人しく飲んで、リナはガウリイをねめつける。
「意外だわ。あたし、あなたはもっとストイックな人だと思ってた」
 リナのこれまでの知るガウリイは、動きに無駄はなく、後ろに目がついているかのようにリナや周囲を把握した判断をする凄腕の剣士というものだった。しかしここでの彼は穏やかすぎるというか、どこか抜けている。
「普段はいまいち頼りない感じなのね」
 そう親しくもないのについ軽口をたたいてしまう。
「オレは逆だな」
「……なにが?」
 『逆』の意図がわからず、リナは首を傾げた。
「オレは今日ここでお前さんに会って、意外としっかりしてるんだなと思った」
「へ? それって……戦闘中のあたしはしっかりしてないってこと?」
「ああ」
 頷くガウリイに冗談を言っている素振りはない。
「オレをあてにした戦い方をしたりするじゃねーか。『一か八か、でもできるよね』って行動だ。いくらなんでも危なっかしいだろ。だからオレはたまにお前さんと違う場所に出陣させられたときは、あいつ大丈夫かなー無茶してねーかなーって気がかりだったんだぞ」
「あう……そ、それはすみませんでした……」
 心当たりはある。彼なら避けられるだろう、彼ならここでとどめを刺すだろうと――リナからの一方的な信頼で動くことがよくある気がする。
「お前さんのこともっとハチャメチャな人間かと思ってたんだが、意外と会話できるから驚いたぞ」
「あたしのこと一体なんだと思ってたのよ!?」
 声を荒げるリナにガウリイは肩を揺らして笑っていた。
「もっとリナのこと詳しく知る必要があるよなあ」
 今度はあからさまに冗談めかした口ぶり。
 じゃあ知ってもらおうじゃないの、とリナは不貞腐れた顔でウェイトレスを呼び止めた。このテーブルいっぱいに料理を並べて食事をすれば、きっと互いのことが今までよりもわかってくるだろう。見せるし、見せてもらおう。戦場とは違う顔を。

■ 終 ■


ビジネスライクな戦場で出会うガウリナってのもいいよね…すき…
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